第13話 星月宙→雲居太陽  それと後日談

 

 

 何かが聞こえた気がして目が覚めた。

 外はぼんやりと明るい気がするから朝なんだろう。でも今日は土曜日だし別に起きることもないかと考えて、布団を被り直す。二度寝ができるというだけでも週末の偉大さは計り知れない。大きなあくびをして布団の中で丸くなる。


 コンコンコンコン

 ノックの音が聞こえる。さっき聞こえた気がしたのはこれだったのか。今何時なんだか知らないけど朝早くから大変だな……ああ眠い。


 コンコンコンコン


 コンコンココンコンコンコン


「宙さーーーん!」


 ウチかーーーー!

 よく知った声が耳に届いたのと跳ね起きたのは多分、同時だった。




「だってさー、こんぐらいの時間だったら宙さんいつも起きてたじゃん……」


「それはお前が七時前から起きてたからだろ?」


 残念ながら起きてる人間が身近にいるのに寝ていられるほど図太くはない。

 だから七時頃には起きて朝飯にしていたことが今回は仇になった、ということなんだろう。


「ちゃんとさー、起きてご飯食べて一息ついたかなーぐらいの時間にしたのに」


 なんで責めるような目でこっちを見るんだ。親と一緒の生活を基準にするな。なんなら昼近くまで寝ていられるんだぞ。起きた後の虚無感の酷さったらないんだけどな!

 視線を振り切るように冷蔵庫に向かい、作りおきの麦茶を出してコップに注ぐ。

 昨日寝る前に洗っておいて良かった。自分を褒めてやりたい。


「で、こんな早くからどうしたんだ?」


 コップを出してやりながら問いかける。朝ごはんどうするかなぁ。


「え、早いの?」


「早いよ! 寝てただろ??」


「あー、そっか。宙さんごめん」


 言わなくても察しておいて欲しかった。察せられるようならそもそもこんな時間には来ないんだろうけど。


「あ、じゃなくて! ごめんだけどそうじゃなくて!」


 雲居太陽が勢いよく身を乗り出してきた。なんだなんだ。


「宙さんまた一緒に戦ってくれるんだって!?」


「は??」


 昨日の今日っていうか半日前くらいの話だぞ。耳が早すぎないか??


「海が教えてくれたんだけど! 嘘とか冗談言うやつじゃないのは分かってるんだけど、でも流石に都合良すぎじゃん?ってなったからさ!」


 都合がいいってどういう意味だ。

 っていうか伝えるの早くないか。てっきり次に会ったときに言うぐらいの話だと思ってたんだけどメールかなんかで伝えたのか。で、それを聞いて確認したいからってわざわざこんな早くに……?


「本当、でいいんだよな?」


「ああうん、本当だけど───」


 言った瞬間にものすごい勢いでガッツポーズをされてちょっと、引いた。いや引いたって言うと言葉が悪いんだけどなんというか、なんだ。……安曇海の雲居太陽に対する扱いは完全に正解だったんだなとなんだかしみじみと思う。一緒にヒーローをやってるだけのことはあるんだな、と。


「……そんなに嬉しいのか?」


「嬉しいよ! だって宙さんも同じヒーローってことになるじゃん!」


 一度だけじゃないってことはそうじゃん?!

 満面の笑みを浮かべて答えた雲居太陽に彼なりのこだわりのポイントが分かった気がして、頭を掻く。どうしてそこまで自分にこだわるのかは正直良く分からない。単に記憶を失ったタイミングによる刷り込みの結果なんじゃないかと思わなくもない。

 それでもこんな風に懐いてくれるのは嫌ではなかった。それが拾った犬に湧いたのようなものなのだとしても、なんとなく面映くある。


「……そういうもんか?」


 うん。うん!と大きく頷く様子を見ていや本当に犬みたいだな、なんて思う。思ったついでに昨日言われた言葉を思い出した。


「そうか。じゃあもう少しだけよろしくな、太陽」


 そう声をかけた瞬間に雲居太陽の動きがピタリと止まった。いやこれどういう感情なんだ。こっちは安曇海の見立てが間違ってたんだろうか。フォローの言葉をかけた方がいいだろうか───


「やったーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」


 そう考えたていた最中の大きなガッツポーズと大声に、思わず隣近所が気になってしまった。まだ朝早いっていうのに!


「大声出すなっていつもあれほど──」


「宙さんに名前で呼んでもらうの夢だったから!ごめん!嬉しい!!」


 食い気味に謝罪が返ってくる。

 というかそんなのが夢でいいのか。そういうのは将来とかそういうもののために使う言葉なんじゃないか。ちょっと膝を詰めて話し合う必要がないかこれは。


「お前それが夢じゃ駄目だろ。なんかちゃんとした夢とかないのか?」


「あ、そうだ言わなきゃいけないことがまだあったんだった! 言わなきゃっていうか、相談っていうか」


 お前呼びが不服だったのか一瞬不満そうな表情を浮かべたけれど、すぐに戻ってそんな言葉を口にした。相談、と言われるとデジャヴのように思えてこなくもない。伺うような眼差し。まさか安曇海のことに関してじゃないだろうな。


「無理なら無理って言ってくれていいんだけど。でも、頼みたいことがあるんだ」


 そう切り出した雲居太陽の顔は、今までに見たことがないほど真剣なものだった。










「───いやほんと物凄いみたいですよ、宙さん効果」


「いや効果ってそんな」


 その整った顔立ちで真面目に言うと正式用語のように思えてきてしまうので本当にやめてほしい。思わず首を横に振るとブルーが小首を傾げたのが見えた。

 あの日に約束をしてから今日が二回目の参戦になる。実際にはあの時から四回目の交戦で、今までのパターンからするとこれが最後の戦闘だろうという話らしい。約束どおりに前回はただ見ているだけだったし今回もそんな形になっている。ブルーが一緒にいるのは「念の為」だ。


「どんな授業でも途中で寝てしまうことがなくなったし、テストも途中で諦めたりしなくなって赤点の科目がなくなって成績が半年もたたないうちに並程度になったというんですから。これは間違いなく効果と言えますよ」


「それはどこから仕入れた情報なんだ」


「なにかあったのか?って何人もの先生方が土生先輩に尋ねてきたらしいんです」


 少し向こうでは最初のときと同じように最初のときのような怪獣相手──ただし今回はオウムのような顔立ち?をしている──にレッドが格闘戦を繰り広げている。イエローはハンマーを手に持ってはいるものの、基本的には手を出さないでいる。最後だからレッドのやりたいようにやらせているのかもしれない。


「そこまで効果があるとは流石に驚いた、って土生先輩も言ってて」


「え、土生緑も驚くことがあるの」


「驚きますよ?! 土生先輩をなんだと思ってるんですか?!」


 なんだもなにも明後日が共通テスト本番だって言うのに今普通にああやって戦闘に参加しているだなんて人間離れした心臓の持ち主だと思ってるんだけど。というか人間かどうかすら怪しいと思ってるんだけど。海にはそういう観点はないの。なんで批難されてる感じになってるの。えぇ。


「宙……シルバーーーー!」


 向こうに目を向けるとなんとレッドが怪獣を後ろから羽交い締めにしていた。なんでそんなことに。


「抑えとくからさーーー最後だからトドメさしてよーーーーー!!!」


 ああなるほど───と視線が自分の右手に落ちる。

 あの日渡された銃は一応今日も持っていた。でも大丈夫なんだろうか。またビーム撃ったりとかしてこないか? そりゃあの時みたいに切羽詰まったことにはならないんだろうけれど。

 ……なんて悩んでたらイエローが唐突に怪獣のクチバシをがっちりと掴んだ。怪獣の頭がプルプルと震えている。いいのか。それでいいのか。


「シルバー」


 大丈夫ですよ、と言いたげにブルーが背中をポンと叩く。

 その一連の動きが、やっぱり三人はチームなんだなと思えて。輪の外にいたつもりだったけれど、無理矢理のところは大いにあった気もするけれど、それでも「入れてもらえたんだな」なんて不意に思ってしまったりもして。


 右腕を前に伸ばして、狙いを定めて。引き金を引いた。










 そうして大体一年が過ぎた。

 三月に入ったとはいえまだまだ肌寒く、薄手のコートを着てきたのは失敗だったなと少し後悔をしていた。桜はまだ三分咲きといったところで、卒業式のイメージとしては物寂しさを覚えなくもない。


「今年はまだマシな方だよ。去年は本当に寒かったからね」


 ストーブを点けていても体育館の中は寒くてね。辛かったよ、と昨年卒業生であった土生緑が笑う。

 人間離れした心臓の持ち主は二次試験もなんなく突破して今では立派な女子大生だ。


「……にしても、やっぱりここで待ち合わせでなくても良かったんじゃないか?」


 周りを見渡せば小さなため息も漏れる。「卒業式」の看板が立てかけられた正門の周辺にはそれなりに人がいる。保護者は一名までしか入れないらしく、入れないで終わるのを待っている人たちなんだろう。終わるのを待っている、という事情はこちらも同じではあるのだが。

 土生緑はまだいい。なんせ去年の卒業生だ。だけど自分はどうか。どう考えても保護者というには若すぎる、かといって兄弟だというには年が離れすぎている。そんな年齢の人間は当然ながら他には見受けられなくてどうにも浮いている感が否めない。正直「なんのご用でしょうか?」と詰問されてしまってもおかしくないとすら思っている。


「ここを指定したのは雲居君だからな、無下にはできないだろう」


 それはそうだ、今日の主役だ。それにしても。

 右を見て、左を見て。往生際が悪いと分かってはいつつも、他に一人くらい他にいないかなんて考えてしまう。他にはやっぱり一人もいなかったがちらほら卒業生が出てき始めているのは分かった。太陽の姿はまだ見えない。


「事実は小説よりも奇なり、なんて言葉もある。星月さんと雲居君が十年が離れている兄弟だっていいじゃないか」


「十は離れてない!」


 名字を呼ぶなもそうだけど、勝手に人のことをアラサーにするな。そりゃあ無駄な足掻きだとか言われたらそれまでかもしれないけれど、少なくともまだ違う!


「───遅くなりました!」


 楽しげな土生緑の後ろ側から走ってきたのは海だった。息を切らしながら見渡して「あれ」という表情を浮かべている。


「体育館の片付けが終わってからになってしまったので、てっきり待たせてしまったと思ったんですけれど」


 そうか、卒業式って二年生も出席するんだったか。送辞とかやってそうだとか勝手に思ってしまうけど実際どうなんだろうか。

 せっかくだし後で聞いてみるか。


「雲居君は色んな意味で顔が広いから、最後の挨拶をする先も多いんだろう。……とはいえそろそろだとは思うが」


「色んな意味で」


「悪い意味ではないよ。多分」


 いやなんか余裕で想像できるのが却って怖いんだけど。

 最後に説教食らってしょぼくれた感じで現れたりしないか。大丈夫か。


「おーーーーい!」


 なんて心配が馬鹿馬鹿しくなるほど大きな声が届いた。両手を振って、それから全力で駆け寄ってくる。

 そのまま突撃してしまいそうな勢いだったから思わず身構えてしまったけれど、流石にそんなことはなく急ブレーキで立ち止まった。


「すごいな! みんないる!!」


「お前が集まりたいって言ったんだろ?」


「だってみんなで集まることってなかったからさー!」


 別に繋がりがなくなったわけではない、と思う。太陽は相変わらず月一月二のペースで家に来ていたし、その時に現在進行系の海や土生緑の話を何度も聞いていた。

 それでも海は別の学校の生徒だし土生緑は大学生になったしでひとところに集まることもなくなってたんだろう。

 自分だって実際のところ、海には二回か三回会ったぐらいだったし土生緑に至っては丸々一年ぶりになる。


 ……ああそうか、と不意に理解できた気がした。

 雲居太陽がヒーローにこだわっていたのはこの集まりを失くしたくなかったからなんじゃないかと。

 それを本人が自覚してるかどうかは分からない。だけど彼を見ていればそれはとても分かりやすいもので───そして彼が好きでいるのと同じくらいに好かれていて良かったな、とも思った。足並みがとても、揃っている。


「立ち話はそれくらいにして。じゃあ行こうか」


 そう、今日の本題はこの後。これからの事を話し合いにいくのだ。

 先に立って歩く土生緑が言うには、少し歩いたところにファミレスがあるらしい。


 仕事は今月末付で退職することになっている。幸い貯金は少なくないから暫くは様子を見ていても大丈夫だろう。

 数年やってみて、それでも駄目そうならやめたほうがいいと言える立場の人間はいたほうがいいと思ったのだ。海や土生緑がいるならなんとかなりそうな気はしなくもないが、それだけにギリギリまで粘ってしまってみたいな事態に陥りかねないとも思ってる。

 ……素直に話を聞いてくれるかどうかはまた別なんだろうけど。


「そういえば、名前は決まってるんですか?」


 どことなく落ち着かない様子でいた海が太陽に声をかける。


「名前?」


「仕事として活動するなら団体の名前がいるじゃないですか」


「ああそっか、そうだよな。んーーーー……あ。あれがいい」


 首をひねっていたのは一瞬のことで、すぐに何か思いついたらしく笑顔になった。

 それが何なのかがこちらもピンときてしまったから、たまには驚かせてやろうと口を開いた太陽に合わせて言ってやった。




              「「 ヒーロー! 」」




「なんで?!」と心底驚いたような雲居太陽の声が、よく晴れた三月の空に響き渡っていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒーローに巻き込まれて平凡な日常が少しだけ賑やかになるお話 渡月 星生 @hoshiu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ