第12話 安曇海→星月宙
できるかできないか分からないことをやってみる、というのはとても勇気がいることだ。できることだけをやっていても成長しない、挑戦もしないといけない、分かってはいるけれどそれでもできるならやりたくないし、そういうことには向いていないとも思ってる。
そういう意味ではやらなくてはいけない羽目に陥ることが多いヒーローである現状は長い目でありがたい状態なのだろうし、ヒーローになって二番目に良かったと言えることなんだろう。
それでも見ず知らずの相手なら──上手くできるかどうかはさておき──ともかく、見知った人相手の交渉を行うのはやはり土生先輩のほうが良かったと思う。宙さんに好まれてないにしても、土生先輩だったら何らかの手段でどうにかしてうまく事を運べてしまうだろうし、そうならない画が浮かばない。
……とはいえ当の土生先輩に頼まれてしまったからには、それこそ何とかしてやり遂げなければいけない───
足音が聞こえてきて顔を上げる。
雲居先輩に気取られる前に相談したくて、今日が金曜日だというのをいいことにアポイントもとらずに待ち伏せのような形をとってしまった。まずはそれを謝らなくてはいけない。
視線を向けて、宙さんの顔が見えたタイミングで声をかけようとして、
「……お前、今週も来たのか?」
かける前に声をかけられてしまった。
"お前"という言葉が僕を指している訳ではないのは考えるまでもなく分かることで、つまり。
───あの人どれだけここに通ってるの!!!!
思わず声に出してしまうところだった。
「───悪かったな。階段の下にいるからおかしいなとは思ったんだけど」
作りおきらしい麦茶を入れてくれながら謝る宙さんに、慌てて首を横に振った。元はと言えば連絡をしなかった僕が悪い。雲居先輩に間違えられる可能性を考慮してなかった……考慮なんてできなかったとしても。
コップを目の前に置かれて、こういう時は手土産を持ってくるべきなんじゃないかと思い至ったけれどもう遅い。初手から失敗を重ねてるじゃないか。……駄目じゃないか。
「で、どうしたんだ?」
テーブルを挟んで反対側に宙さんが座る。
そうだ落ち込んでいる場合じゃない。まずはやらなきゃいけないことをやらないと。
「……」
「……」
「……その、」
「うん」
「…………あの」
「うん?」
そういえばどう切り出そうかみたいなのを何も考えていなかった。どう切り出せばいいんだろう。言い出してしまったのにその後が続かなくて視線が下る。宙さんの顔を見られない。
どうしたら。
どうしたら。
「……言いづらいことなのか?」
「いっ、いいえっ、そんなことはっ!」
内容は多分、そういうものじゃない。これはただ僕側の問題だ。だからこそどうしていいのか、どうすればいいのかが分からなくなる。
窺うように見つめられる。土生先輩に頼まれたのに。上手くいけば雲居先輩も喜んでくれるのに。
どちらかでもここにいてくれたら、なんてつい考えてしまう。
どうしたら。
どうしたら───
「安曇海?」
ガシッと肩を掴まれてびっくりして顔が上がった。今までに見たことがないような真剣な顔をしていたからまたびっくりしてしまう。
「大丈夫か?なんか嫌なことでもあったのか?雲居太陽にもうついていけないとか土生緑に何かされたとか、ここでしか言えないようなことがあったんじゃないか??」
怒涛の勢いで言われたのは確かに僕を心配してくれてのことで、だけどその心配はとても見当違いのでまるで明後日の方向を向いたものだったからついぽかんとなってしまって、うまく言葉を繋げなくて……困ればいいのか笑えばいいのか、よく分からなくなってしまう。
「……安曇海?」
困惑している。そりゃそうだろう。真剣に考えてくれたというのに僕はきょとんとしてしまったし宙さんと僕との印象の差が驚くほど違いすぎるし原因の所在の認識も違ってるし、まるでコントみたいになってしまってる。
僕が変にグズグズしているから。
「違うんです、ごめんなさい」
「違う?」
すっとんきょんな声。どれだけ雲居先輩と土生先輩のせいだと思ってたんですか。
「僕が上手く言い出せなかっただけで、その……宙さんにお願いしたいことがあるんです」
「……。何?」
閉じようとする口を必死に開ける。
「その……、また。一緒に戦ってくれませんか?」
「は?」
すっとんきょんな声。鳩が豆鉄砲を食ったような表情。
それはそうだろう。あの時は”一回だけ”という約束でゴリ押ししたようなもので───ああそうだ、言葉足らずだった!
「違うんです! や、違わないんですけれど、その、怪人たちの動きが鈍っていて多分後数回で襲撃が終わると考えられてるんです!なのでその中の一回か二回でいいんです、本当に見ているだけでも構わないので参加してもらえたらって───」
必死に説明している最中に今までにないほど難しい表情をしている宙さんが目に入って、言葉が止まった。視線があちこちに彷徨って留まろうとしない。
だめなんだろうか。もっといい言い回しがあったんだろう。やっぱり土生先輩の方が良かったのでは……
「……どうして?」
そうやって考えていたから、一瞬「何が?」と思ってしまった。何がじゃない、どうしてそんなお願いをしたか、だ。
土生先輩は「ご褒美になるから」と言っていた。でも「なんのご褒美なのか」を僕から言ってしまうのはちょっと違う気がする。とするとそもそもそのワードを言えないわけでええとつまり……。
「……。雲居先輩のため、です」
「え?」
何で?という色が増している。それもそうだ、何でここでいきなり雲居先輩ぎ出てくるのかという話になる。
「……それは雲居太陽に頼まれてのことなのか?」
「そっ、そんなまさか! ただ宙さんがいてくれたら雲居先輩きっと喜ぶと思って!」
慌てて首を横に振る。一瞬背筋が凍えた気がした。嘘ではない。頼まれたのは土生先輩にだ。
大体、もしそうだとしたら人になんか頼まずに自分でちゃんと頼みに来るに違いない。
「そうだよなぁ…」と首をひねっているところを見るに宙さんも同じ見解なのだろう。頭をガシガシと掻いている。嘘ではないけれど嘘臭かっただろうか。だとしたらどう言えば良かったんだろう。これ以上どう言えばいいんだろう?
大きなため息をついたのが見えて慌てて顔を伏せる。ああどうしよう。折角───
「一回か二回でいいのか?」
それは正しく天から降ってきた声のようだった。顔を上げると宙さんの顔はこちらを向いているとは言い難い状態ではあったけれど。
「それでいいなら、まぁ。いいよ」
「ありがとうございます宙さん!」
それでいいならも何も、それが十二分だ。突然やってきて突然突拍子も無いお願いをしてそれを受け入れてくれるだなんてやっぱり優しい人だ。その優しさにつけ込んでしまった気もしなくはないのだけど、でも、うん。いいって言ってくれたことが、ちゃんと果たせたことがとても嬉しい。
「それだけか?」
「えっ?」
「えっ」
思わず聞き返したら驚いた顔を返されてしまった。ええと、どうして。
「それだけの為にわざわざ来たのかと思って」
それだけも何も大事な話だったと思うのだけど……もしかして宙さんは雲居先輩の振る舞いに慣れすぎてしまっているんじゃないだろうか。本当にどれだけあの人───とまで考えて、ふと疑問が浮かんだ。そんなに通ってる感じなのに土生先輩や僕はともかく、雲居先輩も未だにフルネーム呼びなの???
「……」
「……なんかあるのか?」
「……。……名前、」
「え?」
思い浮かんだことが一つ、ある。もし上手くいったらこっちの方が喜んでくれるような気がする。ただ一つ懸念はあるんだけど、だけど───…。
「安曇海?」
どうしたんだと言わんばかりの声。少なくともさっきのお願いよりはずっと聞いてもらえるはずだ。多分。……多分。宙さんは優しいし、多分、きっと。
ぐっと唇をかみしめて気合を入れる。ええい、ままよ。
「宙さん!」
少し声が大きくなった。そのせいか驚いたように目を丸くしている。
「宙さんこそ僕らのこと名前で呼んでくれませんか?」
「は??」
「宙さんが名前で呼んでほしいって言ったから名前で呼んでるんです。なのに宙さんがそんな呼び方をしてたらこっちが一方的に馴れ馴れしくしてるみたいじゃないですか。確かに雲居先輩は自分から"宙さんって呼んでいい?"って言ったと思うんですけれど、その雲居先輩だって名前で呼ばれたほうが嬉しいと思う───…」
必死に説明しているさなかに呆気にとられたような宙さんの顔が目に入って咄嗟に口を手で覆った。ままよとは思ったけれどこれじゃあただ詰っているだけじゃないか。そんなつもりなんて全くなかった、のに。
「……すみません、余計なことを……」
本当に余計なことをした。さっきのお願いも気が変わってしまうかもしれない。いいやそうなっても不思議じゃない。僕のせいで───
「海」
名前。
急いで顔を上げる。怒っていない。宙さんは怒っていなかった。
「……改めてだとなんか照れるなこれ」
切り替えるタイミングなかったんだよな、と苦笑を浮かべている。ああ、本当にこの人は優しい。
「雲居先輩にも、呼んであげてくださいね。絶対喜びますから」
「……お前の中で雲居太陽はどういう扱いなんだ」
どういう扱いも何も、理解できないほうが不思議なんですけれど。でも、当の本人はそんなものなのかもしれない?とも思う。
「……。ところでこれ、土生緑にもやらなければいけないのか……?」
呻くような声。なんだかすごい表情を浮かべているのを見て、土生先輩の見立ては確かだったんだなと複雑な気持ちになる。なるけれど。
「こういうのもなんですけれど、土生先輩は宙さんのこと名前で呼ぶ気がなさそうなので、その……しなくていいと思います」
「マジか……」
それはそれで嫌なんですね、と天を仰ぐ様子を見て思う。
だけど懸念はひとまず懸念で済みそうなことに胸を撫で下ろして───そうして。
二つ結んだ約束の内容を知ったら雲居先輩はどんな反応をするんだろう。
なんて、数時間後のことに思いを馳せたりしたのだった。
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