第二十五話 嵐の前の静けさ。
あらすじ:激しい一夜を越えた二人、父親が嫌悪するのも納得なまでに仲睦まじい状態にまで回復した二人は、手を取り合って演劇部三年生の追い出し会へと参加するのだが。そこで言われた言葉は、那由と道長の事を部長、副部長と声たかだかに伝える船田の姿だったのだが――
――
「おお! 来たねぇ! 次期部長と――――次期副部長殿!」
お昼時を避けた日曜日の朝十時ちょい過ぎ、モーニングとランチの隙間時間を狙っての追い出し会は、お客さんもまばらなレストランで開催された。高校のある駅であるが故に、あまり迷惑を掛けてしまうと学校にクレームがいってしまうのだが、この時間帯ならば文句は出ないだろう。
四十名の演劇部で数多の席が埋まり、皆のグラスには様々なウェルカムドリンクが用意されていて。既に談笑していて賑やかな店内ではあるのだが、主役の二人の登場で皆の視線が一挙に道長と那由へと注がれる事に。
「何を固まっているのさ、ほら、主役が乾杯の音頭を取らないと皆が飲めないよ?」
「え? いや、今さっき何て……」
道長の手を取りながら自分の席へと招き入れる船田に対して、道長は少々挙動不審な態度を取った。海道道長は弓道部の次期主将、物語にはあまり関わって来なかったが、現主将である田辺からも信頼を寄せられている人間なのだ。
「ん? 何って決まってるじゃないか。来年から演劇部を取り仕切る部長の道長君に、副部長の那由さんの事を呼んだだけの事だよ? 何かおかしかったかい?」
「いやいやいや、船田先輩、俺、来年の弓道部を任されてるんですよ? しかも演劇部なんて経験も何もほとんどないのに、そんな――」
道長の言葉を遮るように、船田はスマートフォンを取り出した。そして糸目を歪ませながらボリュームを最大にして画面をタップする、すると――。
『俺は誓う、今後君が演じる時、もし恋人役が必要になった場合、その全ては俺が演じてみせる。誰にも譲らない、誰にも渡さない、世界で一番愛しているのは……那由、君だけだから』
「うわあああああああああああああああああああああああぁ!」
告白とは、第三者視点で見てしまうと恥ずかしくて死にそうになってしまうものである。
スマホを奪おうとする道長の手をかいくぐりながら、船田は語る。
「君がこの告白を、したのは、三百人以上の人がいる、体育館での事だ! 言い逃れは出来、ないよ道長君! 那由さん、が演劇部にいる以上、彼女がヒロインの役は、必ず回ってくる! その全てに君は参加、するんだろう!?」
ひょろりとしたスタイルの船田は、道長の猛攻のすべてを躱し続けた。
あの日見せた筋肉は嘘ではない、意外と出来る男、それが船田だ。
「くっ、意外とすばしっこい! 那由、那由も手伝ってくれよ! 船田先輩からスマホ奪うのを……って、那由?」
ちょこんと席についた那由は、そのまま頬を赤らめながら固まってしまっていた。
「え? あ、あはは……あのセリフって、結構ヤバいよね……」
「言われた張本人のくせにぃ~」
「そ、そうなんだけどさ……いま思うと、凄いこと言われたなって」
女子部員と楽し気に会話してる那由の脇から、にゅっと現れた船田が手にしたスマホの画面をぽちっとタップした。
『……絶対、絶対にもう、私を離さないでね……』
「きゃああああああああああああああああああぁ!」
『ハッピーエンド以外認めないんだから……。愛してる道長、世界の誰よりも、一生愛し続けるからね』
「やめてえええええええええええぇ!」
完全に玩具である。
船田の事を追いかけている道長と那由の夫婦であったが、ついぞ船田を捕まえる事はできず。はぁはぁと息を切らせながら距離を取る二人を、せせら笑う様に船田がスマホをポケットに仕舞い込んだ。
「そもそも、あの舞台は文化祭での映像として学校保存されるものだからね。那由さんも知っているだろう? 歴代の文化祭の劇のデータは全て保管されているって」
「そ、そうですが、そうなんですが……」
「え、ってことは何? もしかして俺の告白って」
「うん、未来永劫残り続けるよ。ああ、ちなみに弓道部の田辺主将もあの劇を身に見ててね……えっと」
船田がフリック操作をすると、次に現れた動画は角刈りの眉の太い田辺主将だった。
何故か少し頬を赤らめて、目に涙を溜めながら田辺主将が語る。
『……俺からは、何も言えない……お幸せにな、道長。主将は青木に任せる事にしたからな』
「は、はああああああああああぁ!? 青木って、えええええええええええぇ!?」
「う、嘘だろ……」
「残念ながら嘘じゃないんだよ、道長君。いやぁ、ずっと君の事を狙ってたんだ。昨年のクラス発表会で君の演技を見た時から、ずっと。どうにかして演劇部に来てくれないかと試行錯誤してたんだけど……ようやく夢が叶ったよ。残る数か月、僕と沢山一緒に舞台に立とうね」
「え? 船田部長は引退しないんですか?」
船田の言葉を聞いて、側にいた女子部員が質問する。
綺麗な髪を肩口で揃えた可愛らしい子、メイク担当の女子、
彼女が目指すはメイクアップアーティストであり、三年生にして卒業間近である一人の先輩を目標として頑張ってきた女の子である。舞台に上がる直前にヘアースタイルを整えた三年生の女の子こそが、彼女の目標の子なのだが。
「無論、引退するさ。でも、部活に来てはいけないとは聞いてないからね。顔は出させてもらうよ。大学受験も控えてはいるけど、推薦だからね、余裕さ。だから宜しくね、道長君」
ぽんっと肩に手を乗せた道長の顔には、既に魂は無くて。
それを良しと見たのか、船田の手はヘビの様に道長の腹部をまさぐり始めた。
「……あぁ、やっぱり凄い、何て良い肉体なんだ。ダビデ像の様に割れた腹筋に、艶やかな肌……首筋の筋肉も鍛えられていて。はぁ、いい、いいよ道長君」
「――、な、何してんすか先輩!」
「ん? ああ、これから一緒にやっていくパートナーの肉体を知るのは当然の権利じゃないか。ほら、僕も脱ぐから君も脱いでくれたまえ」
冬場だというのに上半身裸になった船田は、そのままの勢いで道長の新品のセーターをたくし上げようと必死だ。そんな船田を見て、数人の女子生徒がひそひそ話に華を咲かせている。前からそんな気はしていたと、船田先輩って絶対にそっち系だよね……と。
かくしてグラスを持ったまま放置された約四十名は、賑やかな主役たちを笑顔で迎えいれていたのだが。全員が全員笑顔と言う訳ではなかったという事を、ここに付け加えておきたい。
突如現れた道長が部長になる事に反対した人間は少なくない。
それに副部長ではなく、部長として迎え入れようと言っているのだ。
二年間頑張ってきた演劇部員としては、やはり面白くないのだ。なぜ部外者である道長が舞台に突如立ち主役になったのか。そしてそれを容認した小森先生も、船田先輩も認めたくない。
それに、彼等が聞いていた次期部長は出牛那由だ。何故那由が副部長なのか、納得のいかない部員が船田に問いかけるも「
平和そうな雰囲気の中に漂う剣呑とした空気に、道長たちは気付くことは無く。
更に輪をかけて他校へも不穏分子は飛び火していく。
高校野球は夏の甲子園、高校サッカーは夏のインターハイ、ラグビーは花園と言った様に、弓道にも目玉とされる『全国高等学校弓道選抜大会』が存在する。道長は各種大会にて成績を残し、その名を既に轟かし、天宮高校に海道ありと言わしめる程の実力者なのだ。
そんな道長を好敵手として認めている者も多い。夏の大会、決勝、道長と
練習を終え、弓道着の上衣をはだけさせながら、加島は後輩へと怒鳴りつける。
「海道道長が弓道を辞めただと!? そんな訳あるか! アイツは俺と夏の大会の後に約束したんだぞ!? 冬は絶対に俺が勝つって、それなのに!? なんで辞めたんだよ、怪我とか、そういうのっぴきならねぇ理由なんだろ!?」
「それが……女の為にだとか、しかも演劇部に入部したって」
ブチッって音が帝都弓道場に響き渡ると、後輩の襟首を加島は掴みあげる。
「アイツがッ! 女の為に俺との戦いを辞めるだとッ! んっな訳あるかアホンダラァ!」
「ひいいいいいぃ! だって、嘘じゃないですもん! 天宮の田辺主将が連絡寄こしてきたらしいですから! だから間違いなく本当に海道道長は弓道を辞めたんです! で、でも、これはチャンスです加島さん! アイツがいなければ個人優勝は間違いなく加島さんですから!」
射詰で十九射目で外した事を、加島はこの半年間ずっと後悔してきた。
個人で団体と並ぶ二十射目を当てた海道道長に負けない為に、ずっと練習をこなしてきた。
なのに。
「勝ちたいのは、試合じゃない」
ドサリと後輩を落とし、加島は呟いた。
「海道に勝ちたかったんだよ……俺は」
不穏な空気は、どこまでも波及していく。
道長を素直に受け入れられない演劇部員たちに、弓道を辞めた道長を許せない加島。更には語られなかった雪華の中学時代の出来事が、那由の年明けのオーディションにまで影響を及ぼす事になるのだが。
けれど、今の道長と那由の二人には、それらを感じる事はできず。
今はただ仲直りした幸せを噛み締めて、三年生の追い出し会を楽しむ二人なのであった。
絶対にハッピーエンドしか認めない彼女!! ――勘違いから始まる大喧嘩! 浮気もNTRも無い二人なのに、どうしてこうなった⁉―― 書峰颯@『幼馴染』12月25日3巻発売! @sokin
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