第3話

第三章 沙久良

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私は都内の短大へ入学し就職した。同期の紹介で今の旦那と知り合い、結婚した。これといって親孝行もできず、孫の顔を見せることもできていなかった。定年した父はいつも優しく見守ってくれた。旦那は転勤族で数年すると新しい土地へお世話になる。それぞれの土地で毎度同じ話をして慣れたら転勤だ。今年は、福井県へ決まった。


私は転勤が決まるといつも思うことがある。40を手間に焦っていた。私の不安を特に気にする事なく、旦那は40代で出産している人もいるだろうと暢気だ。医師によって方針も多少異なるので治療が思うように進まない。


三方五湖が良く見える老人ホーム。新しい就職先だ。私は介護職員として働くことになった。

コロナ禍で家族の受け入れはしていない老人ホームは、ほぼ同じことの繰り返しだ。昨日と同じことをしている、同じ話をしている、と思うことも多い。そして今日も車椅子に乗ったか細い女性が窓の外を見ている。

「いつも外を見ているよね、若狭さん。」

「よく飽きないよね。」

若年性アルツハイマー病。重度の認知症状態で、日常生活ほぼ介助を要している。時々話しができることもあるらしく、それ以外は湖を見て過ごしていた。

「また日にち聞いてみる?今日は何日になるかな?」

日誌には、毎回同じ日を答えることが記載されていた。

4月24日、キーパーソンは一人娘の陽葵さん、発症は60歳頃…。


「若狭さん、何を見ているのですか?」

「…。」

若狭さんの目線に合わせて外を見てみる。そこにはここの施設の絶景シンボル「五大湖」がある。湖のまわりには梅の木が囲ってあり、花びらが舞っていた。

 次の日も定位置に彼女がいる。小柄で背を丸くして何かを見つめている。


物知りでお世話好きな齋藤さんがいつものうんちく話を始めた。幼い頃からこちらで育ち知識が深かった。担当の日は、ご家族のことから燻製の作り方まで幅広くお話をしてくれた。私の知らない事ばかりで、この土地にも馴染めていなかった私にはこの時間が楽しかった。

「2015年4月24日に日本遺産になってね。その時は報道人でごったがえしよ。」

 齋藤さんのここが好きすぎる県民のお話が始まった。

「その日、私の誕生日ですよ。」

「そうかそうか。それはめでてぇな。」


五大湖とは、美浜町と若狭町にまたがって5つの湖が存在する。面積が大きい順に水月湖、三方湖、久々子湖、日向湖、菅湖。5つの湖は、淡水と海水と汽水で、同じ汽水湖でも海水と淡水の比率が異なる。そのため、レインボーライン展望台から見える湖の色は微妙に異なるブルー色に見える。湖には、ウナギ、海老、ワカサギなどが生息しており釣りも楽しめる。ジェットクルーズ船では、水月湖と久々子湖とつなぐ浦見川から日向湖以外を航路できる。日向湖の日向橋では毎年1月に行われる「水中網引き」が有名だ。またドラマのロケも行われたらしい。

週末に旦那と湖の周りをハイキングすることにした。梅の花が満開で5つの色違いの湖といったらとても綺麗だった。


4月になりコロナ禍も徐々に緩和し、来客者の受け入れが始まった。今日は特に来客が多い。ランドセルを背負った子供がキャッキャと賑やかだ。こんな日は特別で利用者さんの目の輝きが違う。


「私、子宝に恵まれなくて。もう40前で焦ります。」

不妊治療もそろそろ苦しくなってきた私は思わず口にしてしまった。いつものように遠く見ている若狭さんは口角を上げ、

「そう、4人子供がいるの…。」

「種が違ってもね、育ったところは一緒だったのにね。」

と、窓のそとに大きく5つ湖を指して言った。

「そ、そうですね。」

若狭さんがしゃべった。驚きすぎて私は理解するのに時間がかかった。

「そうですね。ここには、いろいろな植物がありますよね。」

話しがかみ合っているのかいないのか。4人って40代と聞き間違えたのか。それが若狭さんにかけてもらった最初で最後の言葉だった。


「お久しぶりです。一ノ瀬です。若狭がお世話になっております。」

「あら、いらっしゃい。」

「去年結婚しまして。母、どうですか?」

二十歳くらいの娘さんだろうか。目立ちがはっきりしていてハキハキした明るい雰囲気のかわいらしい子。先月入籍をしたらしく、左薬指にはキラキラした結婚指輪が輝いていた。

引継ぎを終えた私は来客を若狭さんの元へ案内した。最近喘息発作が増え、一番近くの部屋へ移動した若狭さんは夜間だけ酸素吸入をするようになっていた。それから数ヶ月若狭さんは肺炎で亡くなった。


 葬儀は娘さんの住んでいる長野県で行うらしい。貴重品は全てお持ちいただき、衣類などの荷物はこちらで処分させてもらうことになった。若狭さんの部屋の片付けているとベッドの隙間に風呂敷が挟まっていた。包まれていた物、それは母子手帳だった。もしかしてこれ娘さんの。先月、少し大きくなったお腹を優しく見つめる若狭さんが目に浮かんだ。連絡するのに慌てた私は大切な母子手帳を床に落としてしまった。表紙を見ると、そこには数十年前の交付日が記載されていた。


3                                                    

父からいつもの荷物が届いた。定年退職後、畑を始めた父は自慢の野菜を送ってくれる。それは、80近くにもなる父の趣味でもあった。その中には珍しく手紙が入っていた。


「お前たちの母親が亡くなった」


血のつながった身内が亡くなったとゆうのになぜか悲しくなかった。私たちを捨て出て行った女のことだ。若い男と一緒になった女のことだ。父がいたし、どうでも良かった。そこには長文が書かれていた。


「沙久良へ」

 そこには父と母の馴れそめが記載されてあった。


福井大学出身の父の趣味は登山と釣り。同じ大学出身でサークルが同じだった2人は趣味が同じだったせいか、11歳の年の差にも関わらず気が合う間柄だったらしい。定期的にキャンプをしながら仲良くなり、将来の話もそこでするようになった。建築関係の仕事をしていた父は自分の家をもつのが夢だった。庭には梅の木を植え、畑や庭もある木材をあしらった隠れ家的な家。子供は男の子も女の子もほしい。自然いっぱいの中で考えたことは無限の夢となる。看護師の母は有言実行タイプでやるとなったら実行にうつすまで引かなったらしい。父はそんな母を見て自分にはないものを感じ引かれていったという。  

父の仕事関係で長野県に引っ越すことになったのを期に2人は結婚することになる。その春、父の長年の夢だった家が完成する。そう私が住んでいた賑やかだった家だ。数年後、長男菅一が生まれる、そして2つ違いで私が生まれる。5年後三女葉月、その4年後四女三久が生まれた。共働きで仕事に忙しかった両親だったが、休日にはキャンプへ行きよく遊んでくれた。家族間も仲が良かった。そして美久が4才の時、突然壊れた。その時私の中で母は死んだ。

若い奴と不倫した結果出ていった母。そこにはその人の苦悩も書かれていた。私と一緒で母も子宝に恵まれず精神的に病んでいた時期があったようだ。医療の知識のある母は病院を熱心に通い、父にお前さえいればいいと言われても、子供がどうしても欲しかったようだ。母は早くに父親を亡くしており、物心がついた頃には母子家庭で一人っ子だったらしい。もしかしたら賑やかな生活が母の夢だったのかもしれない。

「母子手帳…」

 忘れもしないあの年、父は身の覚えのない母子手帳を見てしまった。話し合いの結果、母は家を出て行くことを決めた。母がいなくなった後、美久が情緒不安定となり、夜になると泣きじゃくる日が続いた。母が美久と住んでいたのはそうゆう理由だった。その後、安定期にまで成長したその子は死産となった。そう、美久が帰ってきた時期だ。そして、この話には続きがある。母はその2年後44歳で女の子を産んでいた。妊娠初期から切迫流産の可能性を指摘され、妊娠中は入退院を繰り返してやっとの思いで産みおろしたらしい。そこまでしてあいつの子供が欲しかったようだ。最後に見覚えのある名前が記載されていた。気づくのが遅かった。


「浦見陽葵」


「浦見菅一、浦見沙久良、浦見葉月、浦見三久」「陽葵」

「浦見」「若狭さん」

はっとした。

「菅湖、久々子湖、水月湖、三方湖」

「日向湖」

「浦見川、若狭町」


それは母が成し遂げたかった父との夢だったのか。母は絶対に5人の子供を授かりたかったとゆうことか。

父が母と連絡をとっていたこと、そして陽葵とゆう子供がいることを父が知っていたことには正直驚いた。そこには理由があって二十歳になるまで苗字を貸してほしいとお願いされたからだった。母は父に世界一優しい嘘をついていた。

「種がちがってもね、育った場所は一緒だったのにね。」


医療はどんどん発展している。人口受精、代理出産、妊娠24ヶ月での超低体重児でも助かる時代になった。


愛する人の子供が欲しいと願うことは女性の絶対的本能なのだろうか。母のしたことは愛だったのだろうか。父はどこまで知っているのだろうか。私たちの幸せと孫の成長を楽しみに彼は生きている。

その時、私のお腹の奥底でトクンと愛する子が確かに動いたのを感じた。                                                                 

                                  完



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4人のこして離婚 東海林凛 @syouji-rinn8

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