第2話
第二章 美久
1
寒い日ママがいなくなって、幼稚園にパパが来るようになった。
けれど、この日は違った。
「みっちゃん、今日は一緒に寝ようね。」
ママは小さいワンルームの小さいアパートに私を誘導した。久しぶりに幼稚園のお迎えがママだったのでその日はうれしくて舞い上がっていた。キャッキャと走り回った。
「ここはおうちと違って色々な人が住んでいるから、しずかにしてくれると助かるな。さ、ご飯作ろう。」
以前と変わらない口調で淡々と料理を始めた。久しぶりにママと一緒。ご飯も。嬉しくてたまらなくてお兄ちゃんやお姉ちゃんに自慢してやろうと思った。
ママがいなくなってから夜に悲しくなることがよくあった。夜中に鳴いて起きることも多くなっていた。今思えば不安定な私を思ってのことだったのだろうか。日々起こる日常や音に敏感になっていた。ガサガサと物音がするのと、いつも寝ているお布団ではない違和感で、走り回って疲れている身体なのに目が覚めた。私の目の前にはパパの影があった。ヒソヒソと話し声が聞こえて何を話しているのかがわからなかったけれども両親が近くにいることに安心して眠りについた。
翌朝、天気がすごく良くてまぶしい光で目が覚めた。パパはもうお仕事に行っていた。部屋中に広がるお味噌汁の香り。ワンルームではダイレクトに漂ってくる。母が傍にいるのをすぐに感じられた。身支度をして幼稚園へ向かう。今日は母が送ってくれる。
「みっちゃん、今日も迎えにくるから。いい子にしているのよ。じゃあね。」
以前と同じように母は職場へ向かった。ただ昨日寝たところが違うだけであとはいつもと一緒だった。それからママとの生活が始まった。夜にはパパが帰ってきていた。ゆっくりと眠りにつく。パパは遅くまで働いて帰宅する。そうゆう毎日でなかなか遊んでもらえなかった。
寒くて毛布にくるまって、はーってすると白い息になる。ふわふわの毛布が気持ちいい。少し薄暗い月明かりの下で吐息がゆっくり、ゆっくり…。時々、ママの息詰った甘い声が聞こえてくる。
2
ママは時々急にトイレへ篭ることがあった。お腹をさすりながら横になることもあった。
「ママ、大丈夫?」
「ごめんね。しばらくお休み取れたから、ゆっくりできるよ。早く治すね。」
少し痩せたママが苦笑いしながら言った。
幼稚園のクラスが変わり、新しい先生がになった。新しい環境に少し慣れた頃、ママが入院するからとパパが迎えにきた。帰りの車中で菅ちゃんが家にはいないことを教えてもらった。
「長い休みになれば帰ってくるからね。」
その言葉で救われた。
「ママ大丈夫かな?」
「少しだけ入院するだけであとは心配ないよ。」
それから迎えにくるのはいつもパパで、ママとはそれっきり会えなくなった。
3
「お母さんはお星さまになったらしいよ。」
葉月ねえちゃんが教えてくれた。
「もう会えないけど、お空で見てるって。」
「そっか。お星さまになっちゃった?」
よくわからなかった。母と会えないとゆうことだけは理解ができた。
小学校へ入学した。想像していたより狭い部屋。特殊学級。
いつからか情緒不安定になり、落ち着かなくなっていた。中学になり精神科の薬が必須になった。成人前に薬の調合をすることになり、精神科に入院をした。薬を使わなくても眠れることができるのか、深い心地よい睡眠ができるのか…。新しく担当医が変わって、方針も変わった。
夜になると身体が震えてくる。
「やっぱだめだ。」
次の朝、リハビリの一環でグループワークがあった。自分のことを話して共有し、見つめなおす時間らしい。
「私は記憶が飛ぶらしいです。今日は調子が良くて。」
一瞬目が合ったように感じた。目がキラキラしてやさしい表情をした女性。事故での脳挫傷でもしたのだろうか。顔と腕には大きな痣があった。
夜になるとまた震えがやってくる。今まで投薬されていた薬の効果が証明されている。
「半年後は新薬を試してみようか。」
新しい先生は無理もないとゆう顔で言った。
4
半年後新薬を試す為に、1週間だけ再入院した。時々、スタッフと配膳の手伝いを訓練として行う。
「お待たせしました。どうぞ。」
私が背を向けると、後方から優しく強く抱きしめられた。
「さん」
看護師さんが手を解いてくれた。
「美久ちゃん、大丈夫?びっくりしたよね。ごめんなさいね。」
助手さんと看護師さんが謝ってきた。
私は嫌な気持ではなかったけれど、ずっと人と触れ合うことがなかったので身体が強張っていた。触れ合う感触すらとうに忘れていた。
その女性は下を向き、泣いていた。
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