03 ゲームの世界……だと!? ──いやまてこのキャラ……
目を覚ました私が最初に見たのは、赤い布だった。
「……知らない天井だ」
『オタクとして一度は言ってみたい台詞ランキング』上位五位以内には入っているだろうド定番のこのセリフ。実際に口にすると「それどころじゃねぇよ」っていう自分に対する怒りが湧いてくるらしい。新発見だ。
ふざけるのはこれくらいにして、ここは一体どこだろうか。頭や体に触れる肌触りや柔らかさからするに、相当高級な寝具のようだ。赤い布こと天蓋といい高級布団といい、病院では無いのは確かだろう。
「痛っ」
体を起こそうとした瞬間、鋭い痛みが私の頭を襲った。ガンガンと鈍器で殴られているような痛みと同時に、頭の中に一人の少女の記憶が蘇った。
「……そうだ、私は」
サンデュリル公爵家の一人娘、エリウェーラ・サンデュリル。王女のいないこの王国で、皇后陛下の次に最も高貴な女性。それが私だ。
そして、ごく普通の公立高校に通うごく普通の
まあ、あれだ。最近よくある転生ってやつだ。いや、この場合死んだ記憶はないから憑依か? まあそんなことはどうでもいい。
問題は、私がエリウェーラ・サンデュリルであるということだ。
私がどハマりしていたゲーム、『薔薇百合の学園』に出てくる悪役令嬢。それがエリウェーラ・サンデュリルだ。
ノーマルモードでは婚約者である王太子や他の攻略対象に近づくヒロインを虐め、赤or白モードでは同姓愛を気持ち悪いと散々批判する。
ぶっちゃけヒロインを虐めるという点では悪いやつだともムカつくとも思っていない。だって親が決めた婚約ぞ? 政略結婚ぞ?
その相手が政治的になんの意味もない低級貴族の娘と結婚するって言い出すとか、ありえなく無い? 邪魔して当然だわ。
他の攻略対象だってそう、それぞれ婚約者がいるのに、その娘たちを放っといてヒロインにくっついてるとか、ありえなく無い?
攻略対象の腕に抱きついてるヒロインに向かって「婚約者がいる男性に対して接触が過剰でしてよ」って言ってるシーンがあるけど、めっちゃ正論よな??
だから私はそこまでエリウェーラのことは嫌いではない。むしろヒロインと攻略対象の方がキ☆ラ☆イ☆
同性愛をバカにするあの思考は許せないけどね? 折角のいいところを台無しにされた時はキレたけどね? 私の推しを穢らわしいと罵った時はぶっ殺してやろうと思ったけどね?
けどさ、世の中同性愛に対してそういう風に考える人がいるのは知ってる。というかそう考えてる人の方が多いのも分かる。私みたいに「尊いhshs」って思ったり応援してくれる人は少数派だってことも。
だから、やっぱりエリウェーラはそこまで嫌いじゃない。
のだが、だからといって憑依したくはなかった。やっぱり一番嫌だ。こんな死ぬか一生投獄かの二択しかない悪役になんて、なりたくなかった。
「──なんでエリウェーラなのよ……」
そう絞り出すように呟いた私の声は掠れていた。悲壮感に溢れ、強い後悔を滲ませている。あの時、「この世界が『薔薇学』だったらー」なんて呟いた自分をぶん殴ってやりたい。
……いや、この世界に生まれ変わること自体は構わない。
正直、交友関係は狭く深く派の海と違って広く浅く派の私は元の世界に対する執着があまりないのだ。私にとって唯一無二の存在である海は一緒にここに来た。だから私としてはゲームの世界に入り込んでしまったこと自体はさほど悲観していない。
ただ、はやり、エリウェーラであるというのがダメなのだ。このキャラは本当に直ぐ死ぬ。このままでは海がみんなから愛される姿を観察できない。
ハッ、それ以前に、ミシェエルって受けだったっけ。
この時、私は神の重大な過ちに気づいてしまった。ミシェエルは常に冷静冷徹。恋愛ごとでも「あのミシェエルが優しい、だと!?」といったギャップ萌えなどさせる余裕も与えず、あれよあれよという間に一夜を超えてしまうのだ。
──そう、海が成り代わったミシェエル・サンデュリルは、圧倒的なクール攻めキャラだったのだ.......!
私は膝から崩れ落ちた。せっかく、せっかく! うちのかわいい兄がみんなから愛されてどろどろのぐちゃぐちゃにされていく様を見られると思っていたのに!
そのためなら生き延びようと、本来存在しない悪役令嬢not断罪ルートを開拓しようと思っていたのにッ!
「こんなのッ、生きる希望を失ったも同義じゃないのよぉぉぉぉぉ!」
──バンッ
そう泣き叫んだ次の瞬間、体が跳ねるような大きな音がして、勢いよく開かれたドアから銀色の何かが突っ込んでくる。
「宙ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぇっ」
「なんなんだよごれッ、なんなんだよごこぉぉぉぉぉ!!!」
見事に内臓めがけてタックルをかましてくれたソレは、私の腰にしがみついて顔を上げるなり泣き叫んだ。
泣き腫らした目で私を見上げる銀髪美少年ミシェエルは、腰にまわした手でぎゅっと私の服(多分ネグリジェ)を握り、ひっくひっくとしゃくりあげる。
これまでも散々泣いていたのか、声は掠れているし目は真っ赤で少し腫れている。体は不安からかカタカタと震え、縋り付くように私に抱きつく腕に力を込めた。
──ああ、神様。あなたの選択が重大な過ちであったなどと言ってごめんなさい。これは、間違いなく、最善の、最ッ高の選択でしょう!
やはり、私の
兄妹転生〜乙女ゲーの世界に転生したけど恋愛とかしたくなさすぎる〜 波川色乃 @namisiki
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