やさしいキス

 腹のあたりに丸まっているぬくもりを、前脚でぎゅうと押さえ込んだ。

 穏やかな眠りのなかにあってさえ、彼女は逃げ、僕は追う。

 お互い、それしか知らないみたいに。


 押さえつけ、のしかかり、牙を立てる。

 彼女をつなぎとめておく方法を、僕はそれしか知らない。

 昔からそうだった。こんなふうにもふもふしたものに生まれるより前から、ずっとずっとそうだった。

 他人の望むものになれないからと自分を厭い、他人の願いに応えられないからと自分を疎んじて、彼女はひどく卑屈に生きていた。望んでも願っても手に入らないものを追いかけ、追いすがり、追い求めて。

 情けなく、哀れで、惨めで、でも、その姿がたまらなく可愛かった。

 はじめから叶うはずのない願いを抱いて、それでも必死に現実と戦う彼女に惹かれた。

 いつか僕を振り返ってくれればいい。いつか僕を見てくれればいい。いつか僕を認めてくれればいい。

 そう思いながら、ずっと傍にいた。

 ただひたすらに彼女を想って、彼女を追って、ここまできても、――まだだめだった。


 身体の下でもがくぬくもりが、やさしいまどろみを追い払ってしまう。

 鼻のあたまに皺を寄せ、僕は牙を剥いた。

 おとなしくしててよ、ほんとにもう。ひどくしたくないんだよ。わかってよ。

 獰猛な我儘に任せ、彼女に覆いかぶさろうと、僕は目を見開いた。


 そんな僕の顎の下を。

 いま、まさに彼女に突き立てようとした牙をおそれもせずに。


 夢と現の狭間から、ちいさな舌をのばし。

 彼女がそっと舐めてくれた。

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やさしい牙 三角くるみ @kurumi_misumi

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