きっとこれでは解決しない
「あんた、やっぱ料理うまいな」
「そりゃどうも」
俺は、寝室の片づけを終えた立花とともに、リビングで余った野菜スープを飲んでいた。
ドタバタした雰囲気がようやく落ち着いたところで、ガチャリと音がして河合さんが入ってきた。
「あれ?どうして璃奈ちゃんと倉野くんが私の部屋に……?ていうか、私はどうして寝てたんだろ……?」
「おいおい、完全に記憶が飛んでるぞ」
俺が立花にこっそり話しかけると、問題ないという風に笑顔で返された。
本当にこんなことで河合さんの闇落ちが治るのだろうか。
「百合、おはよ。よく寝れた?」
「う、うん。頭はすっきりしてる」
河合さんの表情は、戸惑い気味ながらも少し明るくなったように見えた。
「良かった良かった。ほら、こっち来い」
立花は手招きして河合さんを呼び寄せ、河合さんを隣に座らせる。
お茶をコップに注いで飲ませ、それから話を始める。
「彼氏との間に何があった?話なら聞いてやるから言ってみ」
「彼氏……彼氏……あ、あのクソ野郎」
普段の河合さんからは到底想像もできない言葉が出た。
やっぱり闇落ちは治ってないんじゃないか。
そんな不安を抱える俺をよそに、河合さんはぽつぽつと語り出す。
「あいつ……浮気してたんだよ……。それも三股。しかも私が一番優先順位の低い彼女だった……。だけど私は彼が好きだったから、私だけが彼の彼女になろうと思って……」
うん、きっとそこで間違えたんだな。
三股されたことに気付いたから別れるのではなく、他の彼女たちに勝って彼を独占しようとした。
そりゃ病むわ。
「どうやったら彼氏に好いてもらえるか考えて、とにかく好きを伝えようと思って……。毎日彼の家へご飯を作りに行ったり、時間が出来たら電話をして好きだよって伝えたり……。あとは、他の彼女とのデートを邪魔したら嫌われそうだけど、そのデートで幸せな気持ちになられたら困るから、デート終わりすぐに彼と会って思い出を上書きしたり……」
重い重い。それは重いだろ、河合さん。
またまた目の光が消えかかっている。
話しながらどんどん思い出しているのだろう。
それにしても、立花の言う通りこれはかなりのヤンデレだ。
神奈が心配するのも分かるし、春が対処しづらいと言ったのも理解できた。
しかも、本人に重いという自覚がないのがまた厄介なのだろう。
もちろん、重い女子が好きという人もいるだろうが、間違いなく少数派だ。
「なるほど。それは大変だったな。それにしても、本当に百合の彼氏はよく浮気するよな」
「うん……。何でだろ……」
河合さんの目に涙が浮かび、それがあふれて止まらなくなった。
立花が肩を抱いてよしよしと慰める。
河合さんが重すぎて尻軽女に逃げようとするんじゃないでしょうか。
何てことはさすがに言えないので、出かかった言葉をぐっとこらえた。
体を小さくしてシュンとしてしまった河合さんに、立花が優しく声を掛ける。
「気にするなって言うのは酷かもしれないけどさ、気にしすぎるのも良くないと思うぞ。彼がこの世の全てだったわけじゃないだろ?」
「……全てだった」
「気持ちは分かるけどさ。またきっと良い人が見つかるって」
「それでまたフラれるんだよ、きっと」
「ネガティブ思考モードに突入してんな、こりゃ」
立花はため息をつき、そしてなぜか俺の方に視線を向けた。
お前も何か言ってやれという念が伝わってくる。
無茶言うなよ……。
「まあ、なんだ。確かにフラれるのは辛いけどな。いや、フラれたことすらない俺が言うのもアレなんだけど。河合さんならきっといい人見つかるって。立花みたいな相談に乗ってくれる友達もいることだし」
「そうだよ百合。ま、私もフラれたばっかだけどな」
ちょっと引きつった笑顔で、それでも声を上げて笑う立花。
多少の無理をしてでも河合さんを元気づけようとしているのが伝わってきた。
だけどきっと、これも根本的な解決には至らないのだろう。
魔界のコーヒーで記憶を飛ばして眠らせ、落ち着いたところで起きたことを吐かせて泣かせて慰める。
一時的には回復しても、また失恋すれば河合さんは闇落ちする。
そしてまた荒療治で回復させる。
その繰り返しの中でも、心はどんどん摩耗していくだろう。
これは確かに対処が難しい。俺にはとても力が及ばない。
そんなことを感じながら、泣き続ける河合さんとそれを抱き寄せる立花の姿を見つめていた。
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