河合さんすみません。河合さんごめんなさい。

「さて先生、本日のメニューは何ですか?」


 立花と並んでキッチンに立つ。

 少しおどけて聞いてみると、立花も乗ってきた。


「まずは湯を沸かす」


「はい。マグカップ一杯分のお湯を電気ケトルで沸かしていきます」


 俺は言葉通りにてきぱき動いている。

 立花は作り方を指示するだけで、動く気はないようだ。

 今作っているのは河合さんの闇落ちを治す“薬”らしい。

 法に触れるものでないことを切に願いつつ、立花の指示通りに作業を進める。


「湯が沸くのを待つ間、マグカップにコーヒー粉をティースプーン5杯分ぶち込む」


「先生。このコーヒー粉、用量はスプーン1杯ですが大丈夫なんですか……?」


「いいから黙って言う通りにしろ。そこに砂糖を同じ量加えて、お湯を注いで粉末が無くなるまでかき混ぜる。お湯の量はマグカップの半分くらいな」


 とんでもないパワハラ薬剤師だ。

 カチッと沸いた合図を上げたケトルから湯を注ぎ、とにかくかき混ぜる。

 量の少ないお湯に大量のコーヒー粉なので、まるで魔界の飲み物のような色と苦みだ。

 これを河合さんに飲ませるとか正気だろうか。


「溶けたら牛乳と生クリームでマグカップを満たす。最後にレンジで温めたら完成だから。アツアツにならないよう、適当なところで止めるんだぞ。出来たらリビングへ持ってきて」


「お疲れ様でした、先生」


「そのノリ、もういいから」


「あ、はい。すいません」


 さっさとリビングへ戻ってしまった立花を追い、温まったコーヒーを持って俺も戻る。

 すると、アイマスクをされ視界を塞がれた河合さんが立花に拘束されていた。


「……何やってんだ?」


「いいから。早くそれをよこせ」


「お、おう」


 俺は恐る恐るマグカップを手渡す。

 立花は河合さんの耳元で低い声を出した。


「百合、薬が出来たぞ。勢い良く飲むんだ。いいな?」


 そう言うなり、立花は河合さんに鼻をつまんだ。

 もがっとうめき声が上がるが、気にせずマグカップを顔へ近づける。

 モ●スターエナジーより魔剤な飲み物が、河合さんの口へと流し込まれた。


「頑張って飲め!根性だ!」


 昭和の体育教師みたいなことを言いながら、派手ギャルが真面目な委員長にひどい飲み物を飲ませている。

 事情を知らない人から見ればただのいじめだな、これは。


「ごくっ……ごきゅ……んぐっ……ぷはっ!」


 強引に一気飲みさせられた河合さんの目には涙が光っている。

 いくら鼻を塞がれ感じる風味が減少したとはいえ、口の中に残る不快感たるやそれはそれはひどいものだろう。

 頭をふらふらと揺らした河合さんは、「はうぅ……」という力のないうめきとともにバタンと倒れた。そしてもう微動だにしない。

 それを見て立花がガッツポーズをした。


「よし、成功」


「成功……じゃねえよ!完全に意識失ってんじゃんか!」


「うっせえなぁ。百合が起きるだろ?ほら、ベッドに運ぶから足持て」


「……犯罪臭しかしないんだが」


「いいんだよ。これしか治す方法がないんだから。つべこべ言わずに持つ!」


 JKに特製ドリンクを飲ませて意識を奪い、抱え上げてベッドに運ぶ。

 この状況に犯罪味を感じない人間は正常じゃない。

 渋っていると立花がすごい目で睨んできたので、俺は仕方なく河合さんの足を持った。


 すみません河合さん。ごめんなさい河合さん。

 僕の意思じゃないんです。やらされてるんです。ごめんなさい。

 短パンがだぼだぼで見えてはいけないものが見えてしまいました。ごめんなさい。

 寝室に入ります。ごめんなさい。

 何か下着とか散らかってますけど目をつむるわけにはいかないんです。ごめんなさい。


「ん、ベッドに降ろすよ」


 立花と息を合わせ、河合さんを慎重にベッドへ寝かせる。

 河合さんはすやすやと幸せそうな顔で寝息を立てていた。

 死んでないようで一安心。俺は一刻も早く、リア充処女にとって不健全なこの場所から逃げ出したい。


「おい、どこ行く」


 部屋を出ようとする俺を、立花が引き留めた。


「まだ何かあるのか?」


「部屋が散らかってる。片付け手伝え」


「……勘弁してくれ」


 今回ばかりは無理だ。

 俺は急いで河合家の寝室から脱出した。

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