第21話 安直と狂信

「今すぐ、神の能力を使える輩を避難させろ! そして何としてでもエギラの救出をしろ! 下手すると……死ぬぞ!」


 ヴォルヘールが叫ぶ。現場には混乱が巻き起こっているが、それでもなお避難する者は素早く避難している。

 黒い怪物——ファルバラータに類する何かと思われる——は、今だ不気味に足を震わせ、黒い靄を放出し続けている。現場の一部の人間は、頭痛を訴えたり、ふらつき始めている。量子車で移動しようとする者もいるが、どうにも動きが悪い。


「ヴォルヘールさん、あれは何なんですか!?」


アルボーグが走って来、ヴォルヘールに話しかける。


「あのエネルギーは反クアンタムとでも言ってな、簡単に言うと、クアンタム・エネルギーを無効化してしまう」

「だから頭痛を訴える物がいると言うわけですか……ちょっと待った。となると、エギラは……」

「まあ大方予想通りだ。失神する可能性は高い。それで終われば良いんだが……おい、待て!」


ヴォルヘールが話し終わる前にアルボーグは建物に向かって走り出した。と、その直後ツギの隣に何者かがやって来た。そこにいたのはヴィーラント・スミートであった。


「まずいねあれ! よく分からないけど」

「ラント様!? ここに居ると危険ですよ!」


ツギは少し声を荒げ、慌ててそう言う。


「あの靄を喰らうと貴方であっても命の危険があります」

「まーそんな気はしてたから、こうするんだよ」


そう言ってラントは周囲にに立方体の巨大な金色の枠を生成し、その枠にピンク色の半透明な層を面貼りした。


「それも効果があるかどうか……」


 その時、丸まっていた怪物がガタガタと震え始め、周辺の靄が吸収され消え去った。ヴォルヘールが叫ぶ。


「来るぞ! 伏せろ!」


怪物が暴れ始め、靄が猛スピードで広がった。ツギ、ヴォルヘールはすぐさま伏せたが、ラントは素早く反応できなかった。靄が迫る。ラントが貼った膜は、靄と相殺し、多少は防いだが、それでもなお相余る靄はラントを直撃した。


「えっ……? ううっ……グォゲハッ!」


ラントはガクリと膝から倒れ、失禁し、四つん這いになった状態で震えながら激しく嘔吐した。咄嗟に口を押さえたが、時すでに遅く、手からすえた匂いのするドロドロとしたものが溢れ、四つん這いからさらに体制を崩し腹ばいになった。顔面は、涙と鼻水と吐瀉物で汚れている。


「だから言わんこっちゃ無い! ツギ、ラント様を避難させろ! ラント様の吐瀉物だったらむしろ喜ばしいだろ!」


そう言われ、伏せていたツギは起き上がる。


「こんな時ですらつまらんジョーク言うんですね、先生。所でアルボーグはどうするんですか?」

「彼とも通信は出来る。後は私に考えがあるから、君はさっさとラント様を連れて行け」

「了解しました。処理開始!」

「処理開始! さて……」


未だ伏せているアルボーグに、ヴォルヘールが直接話しかける。


「おい、アルボーグ、聞こえるか」

「聞こえてます」

「そのまま伏せていろ。ヴェドが君が気を失ったと思ってくれれば都合がいい」

「しかし、助けにいかなくては……」

「気づかれないように、こっそり侵入しろ。大丈夫だ、いざとなったら、私がいる」




 ビルの三階、ここはヴェドが立てこもっている部屋である。物はほとんど置いておらず、やたらと水が入ったパックが置いてある程度である。角に、縛られたエギラがぐったりとしながら座っている。


「はぁ……はぁ……ざまあみろ、クアンタム・エネルギーなんかに慢心してるからだ。さすがの姉貴もこれは想定外だろう。なあ、そう思うだろ?」


ヴェドはエギラに声を掛ける。しかし、エギラは見るからに気分が悪そうであり、反応をしない。なお、ヴェドも少々息が上がっており、多少は不調を感じている。


「おい、聞いてんのか!? おい!!」


ヴェドがエギラの髪の毛を引っ張り、顔を近づける。エギラは反応こそしないが、目はしっかりと、ブレる事なくヴェドを見続ける。ヴェドは一旦髪の毛を離した。


「そうだ……その態度だ。自分が良い人間だと信じて疑わない。ロクでも無い人生歩んできてるくせにな! 分かるか? 私はやましいことをしないように、無難に堅実に生きてきたのに。それでもなお犯罪ばかり犯してやがった方が優秀だと褒め称えられる。実績を盾にしてな! 挙げ句の果てに私ですら助け舟を出してしまった。クソッ、あの時の私は何をやってるんだ、今考えたら馬鹿でしか無いだろうが!」


ヴェドが声を荒げる。


「そうだ……私は気付いたんだ。あの方がそうさせてくれた。最後に、もう一度聞いておこう。どうだ? こっちの味方になると約束するなら解放してやってもいいぞ?」


ヴェドはエギラの顔を覗き込む。その表情は怒りを、どうにかしてギリギリで蓋をしている。


「どうなんだ?」

「……ない」

「は?」

「しない、そんな事する訳がない!」


混濁する意識の中、エギラははっきりとその意思を発する。エギラは右の口角を不自然に挙げ、震えている。


「これで……これで三度目だぞ!? これだけ言ってやってるって言うのにな!!!! この亜眷にもなりきれない模造品!!!!!」


ヴェドがエギラの腹を蹴る。ファルバオーグである故多少の強化はなされているが、それでも怒り狂った人間の制御しきれないエネルギーという者は恐ろしい。その上、そもそもの肉体はやはり少女である。呻き声をあげながらそのまま転がって行くが、ヴェドは足で踏みつけ、また髪の毛を鷲掴みにする。


「未だに希望を持ってやがるのか……馬鹿か? 助けられるわけが無いだろうが!!!!! 賢くなれよ、はい、って言えば済む話だろ!!??」


ヴェドはエギラの顔面を殴る、何度も、何度も殴る。顔面の皮膚は赤と紫色が混ざり合い、鼻から出血している。

 その時、部屋のドアの方から光線が数発飛んできた。ヴェドはエギラを放り投げ咄嗟に伏せる。見ると、ドアに穴がいくつか開いている。それらを結ぶと四角形の形状になる。そのドアは蹴られ、穴が空いた。そこにいるのは、片手に銃を持ったアルボーグ、いや、オートマタ・スペクトルを使用している、メグレズ・オッゼマイヤである。

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いつぞやの非完全奇譚 さンノぜ @Sanjose

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