第20話 半端な人間が登るビル

「今の状況は?」

「現在膠着状態だそうだ」

「了解しました。アルボーグ、少し飛ばすから気を付けてくれ」

「おわっ!?」


 ツギが乗り物を運転している。この乗り物もまたヴォルヘールが製作した物であり、三人乗りの細長い三輪自動車である。動力は彼女がエレクトロと呼んでいる物であり、見た目に反してタイヤは太く、それなりの速度とパワーがある。

 左手でレバーを動かし、ペダルを深く押し込むと自動車が急加速し、山を高速で下っていく。連続するカーブを猛スピードで曲がっていくが、未だ湾曲する道が続く。すると、


「シートベルトは閉めてるな?」

「あ、ああ」

「よし、飛ぶぞ」

「えっ飛ぶって」


ツギはハンドルの右側に置いてあるレバーをガコンと下げ、カーブに差し掛かる前にハンドルを切る。すると自動車は斜面方向に対して垂直に向いた。そのまま道を飛び出し、落下する……と思いきや、自動車の側面に、後部の方向に翼端を向け折り畳まれていた翼が展開した。それと同時に機首に折り畳まれていたプロペラが展開し、回転しながら空中を滑空していく。


「ほらな。飛んだぞ」

「……」

「おい、大丈夫かー?」

「……はっ、うわぁあ、マジで飛んでる」

「このまま現場に向かうぞ」

「ってこれ法律大丈夫なのか?」

「翼は『あくまでただの飾り』って事にしてるからな」

「それもそうだが……勝手に空飛んだら色々とまずいだろ」

「後でいくらでも言い訳できる。非常事態とか正当防衛とかで」

「……やっぱり似るのかねぇ」


 操縦席はアクセル・ブレーキ・クラッチペダル、それにシフトレバーとパーキングブレーキレバーと、基本的には自動車と同じである。ハンドルの形状も円形である。しかし、足元に二つラダーペダルがあり、シフトレバーの下にはスラストレバー、運転席右側にはスピードブレーキレバー、フラップレバーが付いていたりと、やはり飛行用に多分に改造が施されている。


「所で、だ」

「何だツギ」

「答えたくなかったら答えなくてもいいが、被害者のエギラさんの名前に反応してたが、どう言う関係なんだい?」

「あー、何と言おうか」

「別に答えたくなかったらいいんだぞ?」

「いやいや、それは問題ない。まあ、平たく言えば幼馴染だな。彼女はガンテアで育てられててな、こないだのボヤ騒ぎで定型管理委員会に保護されたんだと思うが、俺は暫く消息を知らなかったんだ。だもんで今焦ってるってわけだな」

「なるほど。それは……あれこれ言わないでおこう」



 暫く飛ぶと、下方に定型管理委員会の機動隊がいくらか集まっている様子が見えた。そこには勿論ヴィーラント・スミートも居る。しかし、アルボーグは気がついていない。フルギヌス・テンタは居ないが、関係者の話によると丁度出張に出ているのである。ツギはレバーとハンドルを巧みに操り、旋回効果して着陸した。

 二人は車から飛び降りる。正面には4階建の寂れた、灰色の廃ビルが建っている。その三階から、ヴェド・ルーア——ヴォルヘールの妹——が外を見ている。メグレズ、基、アルボーグは久々に見かけたラントにすら目もくれず、置いてあった拡声器を取り、強い眼差しを向け声を上げた。


「エギラはどうなっている!」

「誰だお前は!」

「俺はア……メグレズ・オッゼマイヤ、研究者だ」

「研究者? 研究者はクズしか居ない。帰れ!」

「帰れと言われて帰る馬鹿が居るか!」

「待て待て、落ち着け」


ツギがアルボーグの肩をぐいと後に引っ張る。拡声器は他の機動隊員が持ち、ツギは半ば不服なアルボーグを嗜める。


「気持ちは分かるが、下手なことをすれば悪手だぞ。エギラさんのためを思うなら辛抱しろ」


 ツギはそう言って拡声器を機動隊員から受け取り、話し始める。今、ツギの後頭部にはポニーテールの様なものが垂れ下がっており、これを接続することによってヴォルヘールはツギをカメラの様に使い通信で様子を見ているのである。

「先ほどは失礼いたしました、ヴェド・ルーアさん。ツギです」

「ツギ、姉貴の所のツギか! ならばさっさと姉貴を出せ! 何処に居る!」


ツギは通信機でヴォルヘールと一言二言会話した後、徐に通信機を拡声器に押し当てた。


「もしもし、聞こえるか、ヴェド」

「姉貴! なぜここに来ない! 来ないとこのファルバラータのガキを解放しないぞ!」

「へえ、来れば解放するのかい? 君は僕を法廷送りにするためにこんな馬鹿らしい事を行ってるんじゃなかったけか?」

「つっ、相変わらずムカつく物言いだ」

「とは言え、僕を法廷送りにした所で意味があるかな? と言うよりもやるならもう少し真っ当な手順を踏んだほうがいいと思うんだ。犯罪を犯罪で掘り出そうなんてね……」

「う、煩い! つべこべ言うな!」

「おいおい、呼んだのは君だろう。どうした我が妹、いつの間にそこまでヨタロー、ああ、間抜けになったんだ?」


ヴェドは顔を強烈に歪ませ、憎悪と羞恥に満たされた表情をしている。


「ちょっと、先生。そこら変で……」

「まあもう少し待て。それでだ、僕は君がそこまで馬鹿じゃないと信じている。何者かに唆されたんだろ? ほら、あいつとか……」

「黙れ! 黙れ黙れ!」

「おーい何だドラマの自己中心的な犯人のテンプレみたいな事を言って……うわぁ!?」


ヴェドが黒い歪な塊を窓から投げ落とした。その塊は形状を変化させ、長々しい、針金の様な足が八つ、しかし動体は豆の様に小さい、2mはあろうかと言う、黒色の煙の様なものを燻らせている怪異な見た目に成り果てた。

 現場にどよめきが走る。ツギが後退りしながら、驚きを声に出す。


「な、何だあれ……」

「まずいぞありゃ……」

「先生、あれは何なんですか?」

「クソっ、話している時間がない! 拡声器に当てろ!」


ヴォルヘールは拡声器から叫ぶ。


「今すぐ、神の能力を使える輩を避難させろ! そして何としてでもエギラの救出をしろ! 下手すると……死ぬぞ!」

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