第19話  一から始まる事件の回

 アルボーグは、布団に寝転がり天井を眺めている。四角い、木と紙で出来た傘がついた電灯に付いている豆電球が、淡い橙色に光っている。建物が木材とトタンで出来ているので、風が吹くたびにガタガタと壁が鳴く。

 思えば、人生で指折りの印象深い1日だったのかもしれない。子供の頃世話になった、現在消息不明だった人間と出会い、同じ窯の飯を食らい居候させてもらっている。しかし、刺激的ではない。むしろ平和である。やましいことを行っているわけでもなし、定住もせずに処方を彷徨いているわけでもなし、少なくとも衣食住は出来ているのだから。勿論、当たり前のことだろうが、アルボーグからすれば、特別なことなのである。

 しかし、それがずっと続くと言う確証もない。彼が犯罪者であると言う事実から逃れることは出来ない。特にラルタルト王国は最近になって違法量子具の取り締まりを強化しているわけであり、一応は大型の団体の支部となると、国の方もそれ相応の対応をするだろう。スツガヴルにまで捜査を広げかねない。

 そうなると、大人しく捕まって罪を精算した方が良いのだろうが、彼はそれをしていない。その理由は、ヴォルヘールを探すのは勿論のこと、エギラが現在どの様な生活をしているのかを知りたい、と言う理由もある。今のところ彼が知っていることとすれば、ラント様が引き取った、と言うだけのことであり、法的問題はどうしたのか、元気にやっているのかなどは知らない。


(自己中心的だ、感情論だと言われても仕方ない。ただ、今は世間の道理から外れたいのさ)


物事は法律に則って行われるべきである。法律上正しくはないことを、他の事情で行うと言うことはそれは反社会的行為である。しかし、彼も反社会的な人間であることは、忘れてはならない。


(しかし、どちらにせよいつかは罪を精算しないといけない。もしエギラがこっちで幸せな生活を送っているならば、その足枷になってはいけないからな)


そのようなことを考えながら、アルボーグは瞳を閉じた。






「一回目は慣れない人も多いんだが、割と何とかなってそうだね。どうだい、実際に使ってみた感想は」

「かなり、動きやすいですね。疲労も感じません」

「僕が作ったものだから上等なのは当たり前さ。ただ、動力が無くなると急に動かなくなって、下手すりゃ意識飛ぶから気をつけなよ」

「私が今まで生きて来て遭遇したことないんですが、それは」


 アルボーグは、オートマタ・スペクトルを使用している。比較的体格が似通っているものをヴォルヘールが工面したのである。モノアイの様なサングラスを付け、マスクの様な形状をした金属製のパーツに口部は覆われている。一見すると、覆面をしたただの人間の様にしか見えない。服装は青色の襟付きのチェックシャツに、ファットパンツである。


「じゃあ、身分を偽るための設定だ。君の名前はメグレズ・オッゼマイヤ。スツガヴルの南の方の出身で、僕の旧友。オートマタ・スペクトルの実験に協力している。これでどうだい?」

「分かりました。メグレス・オッゼマイヤです」

「メグレズな」

「それ、何か意味あるんですか? オッゼマイヤは苗字でたまに聞きますが」

「星の名前だよ、架空のね」

「架空ですか」

「一応、そうなるかな。あ、大切なことがあった」


そう言って、ヴォルヘールは持ち手付きの薄いゴツゴツした箱と太いコードを引っ張って来た。黒色で、それほど重くはない。頑丈な手提げ鞄と言われれば納得出来る。


「これ、腕に差し込む部分があるだろう。勿論食物をエネルギーにする機構ぐらいは搭載してるし、味覚だってあるけど、手っ取り早くエネルギーを補充したいなら、これを使うと良い」

「分かりました。所で肝心の動力って何ですか?」

「エレクトロだよ。知ってるかい?」

「エレクトロ? 知りませんね」

「そうだろう。詳しく知りたいかい?」

「いえ、今のところはいいです。ヴォルヘールさんの作ったものであれば信頼ができるので」

「そりゃあ天才だから、大船に乗ったつもりでいてくれ」

「その船密輸船ですよね?」

「うるさいな、何だツギ」


ヴォルヘールとツギがまたも口論している。しかし二人とも頭がいいためか凄まじくヒートアップはしない。これくらいの喧嘩なら、コミュニケーションの一環として二人には必須なのかもしれない、アルボーグはそう感じた。

 と、部屋に着信音が響き渡った。


「俺が出ます」


ツギがそう言った。


「はいツギです。…………ああ、お久しぶりです。……はい。…………えっ? ちょっと待ってください。先生、機動隊員の方です。スピーカーにしますね」


ツギが通信機をスピーカーモードに切り替える。スピーカーから声が聞こえ、三人が同時に通話可能になった。


「ヴォルヘール先生。失礼いたします」

「やあやあどうした。それで、何だい。事件でも起きたかい。」

「正にその通りでして、アプローライチュース近くの廃ビルで立てこもりが発生いたしまして」

「立てこもり、そりゃあ大変だ。二人を行かせよう」

「ありがとうございます。所で、二人と言いますと、ツギさんともう一人は」

「ああ。メグレズ・オッゼマイヤって言ってね、僕の旧友だ。今オートマタ・スペクトル使ってるけど、気にしなくていい。僕はツギに映像送ってもらって指示するよ」

「承知しました。ですが……」

「何だ、何か問題でもあるのか」

「実は……立てこもりの被害者は、エギラさんで、加害者は……」

「えっちょっと」

「メグレズ、ちょっと今は待て。それで、加害者は?」

「加害者は……ヴェド・ルーアさんです」

「……何だって? 僕の妹が?」


ヴォルヘールの顔色が、途端に深刻になった。刹那、ヴォルヘールはそそくさと居間に走って行き、何やらアルボーグに投げた。


「メグレズ君、これを持っていけ。威力のある光線を放てる銃だ。使い方は移動中話す。ツギ、ケイタイで連絡をするからな」


ヴォルヘールの真剣な物言いは、普段の飄々とした態度とは似ても似つかない。

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