第18話 人間と意識論

「あの、この茶色いウシツルンボみたいなものって何すか?」

「あー、これはミソシルって言うんだ」

「ミソシル?」

「知り合いが住んでるところの料理でね、わりかし簡単で美味いからツギに作らせてるのさ。な?」

「先生もたまには手伝ってくださいよ。キッチン微妙に低いので大変なんですから」


 三人は食事をしている。メニューは炊いた白米に焼き魚、豆を発酵させた調味料で作った汁物である。ツギとアルボーグは椀を置いたまま食事をしているが、ヴォルヘールは椀を手に持って居る。猫背な彼女に対してツギはしっかりと背を伸ばして食事をして居る。


「所でヴォルヘールさん」

「何だい?」

「貴方達、俺を匿ってて、大丈夫なんですか?」

「大丈夫って、そりゃあ」

「ふぅー、はははは」


汁物を飲み干し、ヴォルヘールは揶揄う様に高笑いした。


「墳墓発掘罪、死体損壊罪、不正量子機械製造及びその販売と輸出、量子研究保護法違反、とその他諸々の前科持ちとそんな奴の部下に就いてるせいで共謀罪もらった馬鹿の二人だぞ。違法に機械作って売ってたぐらいの犯人隠匿なんて今更じゃないか。なあ、ツギ」

「いやー、完全に賛同はしませんけど、それでもまあ何も無くまともに生きてる人に比べれば抵抗は無いのは確かですけどね」

「今、俺は返答に困っています。とは言え、迷惑をかけるわけには」

「もぐもぐ……あのなあ、君」


ヴォルヘールは頬張った魚と米を飲み込んだ後、半目でアルボーグを見つつ、箸で彼を指した。


「抑、客観的に見れば既に迷惑を掛けてると言えるだろう? 僕らはそう思ってないから主観的には違うけどな。あと、そんなに気にするんだったら捕まった時に僕らを庇えば良いじゃあないか」


ツギはヴォルヘールをちらりと見た後、軽くため息をついてアルボーグに話し始めた。


「すまんな、先生の言い方は悪いが、多分何かがあっても君のこと庇ってくれるぐらいには人間が出来てると思うぞ。あと、私は何があっても先生の決定に従うからな。それと先生、人を箸で指差すのは行儀が悪いですよ」

「一々細かいな。何時の間に向こうの食事マナーを覚えたんだか。キモノの着付けも覚えてくれれば僕がもっと楽できるってのに」

「いやあ、流石に着替えの手伝いはご遠慮させていただきます」

「おう何だい、僕に興奮でもするのか?」

「いえ時々不潔なので」

「おいレディに向かって何だその物言いは」

「レディを自称するなら風呂入って髪の手入れして服着替えてくださいよ」


ヴォルヘールは机に肘を着いてむくれている。しかし、何かを思い出したかの様に表情を変え、後方の扉を一瞥したのちアルボーグの方を向き直った。


「そうだ君。その見た目だと委員会の奴らにバレてしまうだろう。そこで提案なんだが、肉体を変えないか?」

「肉体を、変える?」

「簡単に言うと、意識を別の肉体に移し替える、って事だね。すぐに終わるし、いつでも戻れる。何より僕がこの身を呈して実験したからね、信頼していいよ」

「はぁ」

「まあ百聞は一見に如かずだ。食事が終わったら実際に見せてあげよう」


 ツギが居間の隣にある木製の扉を開け、三人は部屋の中に入っていく。その部屋の内部は異様な光景であった。窓こそあるが分厚い遮光カーテンがかかり、一部黒ずんで居る横向き円柱型の照明等、おおよそこの空間を懐柔し得ることは全く想像が付かない、そう思わせるに足りる空気に満ちている。

 しかし、その空間を生理的に奇妙だと感じさせる大きな要因は、マネキンの様な人型が壁に沿って数体並んでいるのである。造形はかなりリアルであり、皮膚も擬似的な物によって構成されているが、四肢の一部が機械で出来ていたりと、人工的な部分が残されている。特に頭部に関しては、目の部分がモノアイのゴーグルになっていたり、口部から昆虫の足の様なものが垂れ下がっていたりと、日常生活で支障が発生するのではないか、と思わざるを得ない。

 アルボーグはその風景を見て、眉間にシワを寄せ、その後表情を戻し、ヴォルヘールに話しかけた。


「これが変えるための体ですか?」

「そうだよ。オートマタ・スペクトルって言うのさ」

「どう言う意味ですか?」

「どっかのマイナー言語だよ。ま、語感だけで選んだ感はあるがね」


ヴォルヘールはコンコンとそのオートマタ・スペクトルを小突いた。その後、ツギを指差した。


「あそこで突っ立ってるツギも、一部だけだがオートマタ・スペクトルだよ。体がボロボロで死にかけてたもんだから、無理やり体いじくり回して生きながらえらせたのさ」

「おかげで丈夫すぎる体を手に入れた、ってわけだが」

「好きに体変えたって良いんだぞ?」

「いえ、身体酔いを起こしたくないので」


アルボーグは説明を聞きつつジロジロと幾らかのオートマタ・スペクトルを眺めている。


「これって、割と手軽に身体変えられるんですか?」

「勿論。折角だし僕が実演してあげよう。ツギ、用意だ」

「はい」


 ヴォルヘールは肘置きと足置きがついた角ばった椅子に座った。肘置きの先には、半円状のチューブの様なものがあり、そこに腕を差し込む。足置きの先にもスリッパの様なものが付いている。さらに背もたれの先には白色の、H字型のヘッドギアが搭載されている。また、椅子の横にはモニター付きの直方体の金属の塊が置いてあり、それが既に服を着せられたオートマタ・スペクトルに接続されている。ツギはヴォルヘールの足を足置きに固定し、椅子の下部から出ているコードを壁に付いている穴に差し込み、ヘッドギアを金属の塊に接続した。


「これで、このボタンを押すと、僕の意識と記憶がこの四角い箱、コンピュータって言うんだがね、に吸い出される。そこからオートマタ・スペクトルにインストールされる、とそう言う理屈だ。じゃあスイッチを押すぞ」


ツギがコンピュータのボタンを押すと、ブィィィィィーン……と言う音が流れ、ヴォルヘールの身体が少々痙攣した。その数分後、モニターには完了の表示がなされ、ツギがヘッドギアを外すと、ヴォルヘールはガクリと項垂れた。そして、接続されていたオートマタ・スペクトルが動き始めた。


「まあ、こんな感じだ。今僕はこの肉体に入っている。おっとと」


ヴォルヘールがよろけた。ツギがすかさず受け止める。


「失礼。体が変わると感覚の不一致が発生してね。これを身体酔いって言うんだが、まあ、それはそれとして、どうだい? 凄いだろう」

「凄いと言うか……もはや超常現象の部類ですよ」

「そりゃあそうだろう。ここらへんではロクに研究されていない技術を利用してるからな。さて、今日はもう遅いし、明日にでも君にやってあげよう。と、さっさと僕は戻らせてもらうよ」


そう言って彼女は元々オートマタ・スペクトルがあった場所に戻ろうとするが、


「うわあー!」


また何もないところで転倒した。

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