通訳者との出会い

 我らは、倒れていた者を見つめたまま、何もできないでいた。何しろ、彼が何を言っているのかまったくわからなかったのである。しかし、しばらくして、その者が正気しょうきになったようであった。

「申し訳ございませぬ。我は、倭にいることを今認識しました」

 その者がやっと、我らと同じ言葉を話し始めてくれた。しかし、その言葉はどことなくなまっているようにも思われた。

「そなたは、何者であるか」

 スジナオが恐る恐る聞くと、その者はゆっくりと話し始めた。


「我は陽蘭ようらんと申します。魏の国から通訳として、倭に派遣されたものの、遭難してしまって他のものとはぐれてしまいました」

 おそらく、これを読んでいる者どもは、当時の魏のことをある程度知っているであろうから、その後の会話は省略するが、その当時我らにとって衝撃は大きかった。そもそも、魏と邪馬台国で違う言葉を使っていることも、通訳なるものがいることも、我らは知らなかったのである。いろいろと状況を説明してもらうだけで、かなりの時間が経ってしまったのであった。


「どうじゃ、もう夜が更けたことであるし、我らとともに休まぬか。魏も遠いことであろうから、しばらく我らと一緒に暮らすぬもよいぞ」

 我は、そう陽蘭に提案した。冷静さを装っておったが、内心は、魏のことをいろいろ学ぶ絶好の機会であると興奮しておった。

其方そなたの親切、身にみます。しばらく、一緒に過ごさせてください」

 陽蘭も、異国の地に来て困っておったであろうから、少し安心したように見えた。

「姉上、やむを得ぬことですが、警戒は必要ですぞ」

 スジナオだけは少し心配はしているようであった。


 それからの生活は、我にとって夢のようであった。陽蘭は、いつも丁寧に魏のことを我らに伝えてくれたのであった。我は、そこで亀卜きぼくなるものが何かを知ることができた。残念ながら、我らの周りには亀がおらなかったため、我にはできぬものであることも理解した。


 一週間ほどして、海の方から大きな船がやってきた。

「どうやら、我を助けに来てくれたようです」

 陽蘭がそういう。確かに、邪馬台国の能力では到底作れないような、立派な船であり、魏からのものだと、我らにもすぐわかった。

「陽蘭どのの話をもっと聞きたかったであるぞ」

 我は、いろいろな話を聞けたものの、邪馬台国を改革するには、あと一歩情報が足りないような気がしておったのである。

「我は、倭にもこのような学習意欲の高い者がいることに驚きました。それも、女子おなごだなんて」

 どうやら、魏も男が中心の社会であったようで、我のようなものはいなかったらしい。

「最後に、これを其方に捧げます」

 そういって、陽蘭は、我に書物を渡した。

「これは、『後漢書』と言います」


 我にとって、文字なるものを身近にした最初の時であった。

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卑弥呼が自伝を書いていた マチュピチュ 剣之助 @kiio_askym

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