混乱する邪馬台国

「姉上、何をしているのですか。走ってください」

 処刑場の外で、スジナオが待ち構えておった。スジナオは勘の鋭い男であって、我がどこに行っていたのかすぐに気づいたらしい。我らはひたすら走って、城の外へと出た。狗奴国の刺客が、邪馬台国の城内で暴れており、中はとても危険であった。いや、それほど見張りは手薄であったのであろう。


 刺客は、しばらく暴れまわったところで、我が国の者に取り押さえられたらしい。しかし、ムサラカが倒されたことによって、邪馬台国は更なる混乱におちいったのである。ムサラカの跡を継いだのは、あの憎きサビラメであった。しかし、サビラメも一年ほどした後に、戦に敗れて亡くなってしまった。その後も、武力を一とするものが王になったが、三月みつきほどで倒れた。あまりにも、あっけなく倒れてしまったので、我はその者の名前すら忘れてしまった。


 王が次々と変わることによって、国内はひどく荒れていたが、王が変わるたびに他国へ戦を仕向けるため、邪馬台国の存在感は少しずつ増していったらしい。一時期は多くの国から見放されていたのであったが、邪馬台国は狗奴国や伊都国と並ぶ一つの有力な国という位置づけになってきておった。


 一方で、我らの暮らしは処刑場の時よりは平和になっていた。父上や母上の亡骸なきがらの側にはいられなくなったが、国のまつりごとが荒れていたため、その混乱に乗じて、集落の者と打ち解けることができたのであった。食料に困ることはなかったし、見張りの者どもを恐れた生活をする必要もなくなった。


 我は、ミチカナの言葉を忘れてはいなかった。特に、最後に聞いた亀卜きぼくなるものが気になっていた。今となっては、亀卜の意味するところは十分わかるが、当時は、「きぼく」が何を意味するのかすらわからなかった。我は、すっかり使わなくなっていた水晶も手に取って試してみたが、相変わらず水晶が何かを告げることはなくなっていたのであった。


「スジナオよ、今度海の近くに行ってみぬか」

 我は思い切って、スジナオに提案してみた。海の方に行けば、何か魏を始め、我らの知らぬことを学べるのではないかと思ったからである。

「無茶をしないのであれば、我もお供します」

 スジナオは、思いのほか、あっさりと我の提案に賛成した。


 海の近くに行くといったものの、我らはどちらに海があるのかをしっかりと把握しているわけではなかった。我らは十日ほど、邪馬台国の周りを彷徨っていた。そして、遂に海が見えてきたのであった。

「これが、海であるか」

 我は思いっきり息を吸った。これまでに経験したことのない匂いが鼻いっぱいに広がってきた。

「綺麗ですね、姉上」

 いつもは慎重なスジナオも、珍しくはしゃいでおり、その姿は幼き頃のスジナオを思い出させてくれた。


「むむ、あそこに倒れている者がいるではないか」

 程なくして、海岸に倒れている者がいるのに気が付いた。全く見たことのない服装をしていたため、我らは少し警戒した。

「スジナオよ、我らはあの者を助けるべきか」

「助けたいのはわかりますけど、危険ではないですか」

 我らはしばらく議論を続けたが、やはり倒れている者の命を救いたいという気持ちになり、助けることにしたのであった。


「もしもし、意識はありますか」

 倒れている者は呼吸をしていたが、気を失っているようであった。全身海の水で濡れていたため、我らは布で体を拭き、火を起こして体を温めた。

「ウォーシュー・・・?」

 しばらくして、倒れていた者は意識を取り戻したが、何やら聞いたことのない言葉を発したのであった。

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