危機一髪

 少し気性の荒いムサラカが王に変わってから、邪馬台国は少しだけ荒れ始めていた。周りの国を攻撃して、少しでも邪馬台国の領土を広げようと必死になっていたのであった。武力を第一とするムサラカは、遂に側近のミノマタを追放して処刑してしまったのである。

 この出来事は、我にとって大きな衝撃であった。ミノマタがいたからこそ、我は魏などの進んだ知識を盗み聞きできたのであった。文字なるものもミノマタがいれば、我も習得できるかもしれないと考えていたが、武力中心の体制になってしまえば、それも不可能になる。


 魏に行きたいとスジナオに告げた時、我はしばらくは無謀なことだと思っていた。しかし、邪馬台国にいるだけでは何も進展がないと感じた我は、魏に行くことを本気で考えるようになっていた。

「姉上、今はまだ危険です。混乱が落ち着くまでは、ここで大人しく暮らしていましょう」

 我の本気が伝わってしまったのか、初めは我の話を笑って受け流していたスジナオも、徐々に険しい顔で我を諭すようになっていった。


 そんなある日、ミチカナが処刑されるという噂を耳にした。絶縁してから月日が経っているとはいえ、我にとってミチカナは大切な存在であるため、我は居ても立っても居られなくなった。我はこっそりとミチカナがいる処刑場へと走ったのであった。もちろんスジナオには気づかれぬようにである。


「ミチカナ!!」

 処刑場に入ると、我は思わず叫んでしまった。吊るされていたミチカナの姿は、許嫁だった頃と、そして見張の者としていた時とも全く変わってしまっておった。体は全身あざだらけであり、かなり痩せこけていた。

「お主は何者…もしかしてセナか…」

 八年ぶりに会うにも関わらず、すぐにミチカナは我が誰かわかったのであった。そしてミチカナは呆れたように笑ったのであった。

「セナは相変わらずじゃのう。とうの昔に婚姻破棄された我のところに、危険を承知で会いに来るとわな。そもそも、この処刑場には一般庶民は立ち入れないはずじゃ」

 我はミチカナに何か話しかけようと思ったが、気が動転しており何も言葉が出てこなかった。ただひたすら、ミチカナを見つめていたのである。


「いいか、セナ。我が今から話すことを真剣に聞いてくれ。邪馬台国の今後を我はすごく案じているのじゃ」

 ミチカナは、ひどく真剣な顔になって呟いた。我も、思わず背筋を伸ばした。昔の記憶ではあったが、ミチカナがこの表情をするときは、とても大事な話があるときであったからである。

「これからの世の中は知力も重要になる。魏なる国では、文字という特殊なものを使って、長きにわたって情報を正しく伝えることに成功しているらしい。ミノマタ様亡き今、我が国では知力の大切さをわかっているものがいない」

 ミチカナの表情はひどく寂しそうであった。そして、再び真剣な表情で我を見つめた。

「我は、セナが優秀な女子おなごであること、誰よりも知っている。お主のような人がいれば、もしかすれば邪馬台国は変わるかもしれぬ、とすら思っておる」


「セナは呪術なるものを知っているか」

 ミチカナの問いかけに、我は水晶のことを思い出した。まったく効き目がなくなってしまったので、ほとんど忘れかけていたところであった。

「我は、亀卜きぼくなるものが魏では行われていることを聞いた。お主なら・・・」

「何事じゃ・・・!」

 ミチカナが話している途中で、外から大きな声が急に聞こえてきたのじゃ。ミチカナを処刑しにムサラカとその家来どもがやってきたのであった。

「む、お主、どこかで見たことある顔じゃのう」

 ムサラカの隣にいたものが、我の顔を見つめて言った。我には、すぐその者が誰かわかった。我の両親の命を奪った、当時の王マルタコの息子である、サビラメであった。


「お主・・・」

 我は思わず、サビラメの方に向かって突進して突き倒してしまった。

「貴様、何てことをする。ミチカナの後に、貴様も処刑じゃ」

 傍で見ていたムサラカは怒りに満ちた表情をしていた。

 我はもう絶体絶命であった。

 その時・・・


「うああああ」

 何者かが、後ろからムサラカを刺したのであった。後でわかったことであるが、狗奴国からの刺客しかくだったらしい。

 我はとっさに外へと駆けだした。何とか命拾いをしたのであった。


 残念ながら、ミチカナが実際に処刑されたのかは今となってはわからないままである。その後、ミチカナと再開することはなかった。

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