第2話

「お邪魔します。アルバイトに来ました」


 突然現れたその娘は、とても色白で、頬がほんのり色づき、ふっくらした唇が可愛い、まだあどけなさが残る少女でした。


「ありがたいけど、かなり短期のアルバイトよ。それでもいいの?」


「もちろん大丈夫です。さっそく働きますね」


 春野はるのはなと名乗った少女は、2週間の間、笑顔で働きました。

 温かくなっていく風が、花びらを少しずつ運んで行き、花見に来る人々は、いなくなりました。


 お客さんが、めっきり減ったお店を見て、花の方から、言い出しました。


「アルバイトも要らなくなりましたね」


「ゴメンね。花ちゃんは、お客さんにも好かれているし、私もいて欲しいんだけど、お店がこういう状態だからね。こんな時期なのにね」


 とっても良く働いてくれた花ちゃんに、頑張って奮発した今までの給料を渡そうと、小さな手提げ金庫を開けました。


「気にしないで下さい。来年も私の妹が来ると思うので、アルバイトに雇ってやって下さい」


 そう言うと、ドアを開ける音も聞こえないのに、花ちゃんの姿が消えてしまいました。


「妹?何のこと?」


 お給料をまだ渡していない事に気付いた澪さんは、慌てて、花ちゃんの後を追いましたが、どこにも姿が見えません。

 いつも、駅跡の方に帰るので、とりあえずそちらに走ってみました。


 桜の下に少女はいました。


「待って。お給料をまだ渡していないわ」


 強く吹いていた風が、急に止まりました。

 すっかり花の散ったしだれ桜は、緑色にその身を染め変えています。


「お給料なんて要りません。澪さんには、2週間のお手伝いでは、とても足りないくらいお世話になっています。私はもう行ってしまいますが、来年もその次の年もこれからずっと私達は、澪さんのお手伝いに来ます」


 止まっていた風が、動き出しました。風は少女の身体を空に持ちあげました。


 店主は、手を差し出しましたが、その時少女の身体は、たくさんの花びらに変わりました。


「澪さん、いつまでもお元気で。思っていた通りの優しい人でした。私を忘れないで下さい」


 最後に確かにそう聞こえました。


 風は、どこまでも空高く花びらたちを運んでいき、やがて見えなくなりました。


 飛びそうになったベレー帽を押さえて、澪さんは、花ちゃんにお礼を言いました。


「ありがとう」


 それから澪さんは、しだれ桜に近づき、その樹に触れると、


「来年もよろしくね」


 そう言ってお店に戻っていきました。




 物語は、ここで終わりです。


 奈良の駅前からほんのわずか外れた船橋商店街は、少し前まで、本当にシャッター通りでした。しかし、最近おしゃれなお店が、増えてきています。


 人通りも…。残念ながら人通りは、相変わらずの様。


 それでも、魅力的お店が少しずつ増えるのは、このお話の様に、誰も知らない不思議な秘密があるに違いないと、私は思っています。

 

 では、そろそろこれで。

 今週末は、澪さんのランチを食べに行く予定です。



          本当に、終わり


 







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シャッター通りの美味しいランチ @ramia294

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