シャッター通りの美味しいランチ

@ramia294

第1話

 世界を席巻したコロナが下火になり、この古いだけの街にもちらほらと観光客の姿が、見られるようになりました。


 かつての賑わいは、望むべくもありませんが、静かな日常を取り戻せる予感が芽生えはじめています。


 しかし、観光客はおろか、地元の人たちすらあまり見かけない商店街がありました。


 かつてあった駅を失ったことにより、いわゆるシャッター通りになってしまっているこの商店街には、営業しているお店は、数軒しかありません。


 その数軒の中に、そのお店がありました。


 既に二十歳はたちも二回目を、迎え様としているのに、女子高生と時々間違われる澪さん。いつも笑顔の彼女がひとりで、切り盛りしているちょっとおしゃれなカフェです。

 澪さんのお店は、美味しくて、健康的なランチが自慢です。


 白が基調の店内。テーブル席がふたつ。三人も座ればいっぱいの小さなカウンターと、座敷席が、もうふたつのとても小さなお店です。

 壁際には、七十二候やら二十四節気の本が、置かれています。

 

 小さなカフェのランチは、自然な優しい味です。薄過ぎず、濃すぎず、料理というものを丁寧に作るとこういう味になるのかと教えてもらえます。

 特にお味噌汁が美味しく、一度来た人は、必ずと言っても良いほど、もう一度きてくれるのですが、なにぶん街の中心部から離れているうえに、商店街自体の人通りも少なく、お客さんはあまり入りません。


 こんな澪さんのお店に、一年に一度だけ、桜の季節にだけは、アルバイトを雇わなければならない程、お客さんが増えます。


 赤いベレー帽のまだまだ可愛い澪さんは、その季節だけ、てんてこ舞いの大忙し。


 しかし、そのおかげで、お店の事を知ってもらい、リピーターのお客さんが、ちらほら来てくれます。ありがたいと、桜の樹に感謝していました。


 近くを流れる小さな川の土手に、花のトンネルの様に咲く桜。


 とても古く、太く、川の水鳥たちを雨から守るように、川の上に低く広がる枝を持つ桜。


 確かに、お花見に来る価値はある場所です。


 もう一カ所、遠い昔にあったという鉄道の駅跡に、それはそれは、見事なしだれ桜がありました。


 地元の人は、花の季節には、必ずここに訪れ、それから川辺の桜たちに会いに行きます。ご近所の人たちには、ちょっと自慢の桜なのです。


 澪さんは、商店街のすぐ傍にある、この桜の樹を見る度、お客さんを連れて来てくれて、いつもありがとうとお礼を言いました。


 そして、誰に言われるまでもなく雑草を抜き、樹のためになればと、お店の残り物を少しづつ埋めてあげました。

 そのおかげでしょうか、しだれ桜は、ますます、お花を多くつけるようになって、ついにある雑誌の隠れた花見スポットに取り上げられました。


 そうなると、お花見の季節は、お客さんがさらに増えて、お店はますますたいへんになり、自慢の赤いベレー帽が曲がっていても直せない程、忙しくなりました。


「いよいよ、私ひとりでは限界ね。アルバイトを雇いたいところだけど、こんな短期間のアルバイトなんて、誰か来てくれるかしらね」


 


 

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