最終話

「お前は神の右腕の天使族のゼクス! てめぇ! なんで悪魔界に! まさか雨狩の心臓に細工をしたな!?」


 ゼクス。


 雨狩の心臓に注射器の様な痛みを与えた謎の男。


 ゼクスと呼ばれた男はそれには答えずに右手を天に掲げた。


「負の人格から出でた異形どもよ。愛を持ったのに卑下したお前たちが許せん。負の人格は今善の心を下回るように細工した。今こそ想像主たる神の怒りを知るがいい!」


 ゼクスの掲げた腕から眩い光が輝く。


 周りにいた雨狩達の顔見知りの姿をした悪魔たちがヘドロのように溶けていく。


 出石眞だった悪魔が消えていく。


「ちくしょう! 最後の最後で誤算があるなんて! 俺達が接触する前に細工をしてくることに気付かない俺たち悪魔の……ぐわああああああああああああああああ!!」


 悪魔界はゼクスの掲げた光に包まれた。


 全てが白に染まり、悪魔界は消滅した。







「ここは? 一体? 僕は確かに那内さんのモータルブレイクザワールドの効果とあの悪魔に喰われて?」


 雨狩は光の中でいつかの能力を借りる前の青の空間のように宙に浮かんでいる。


『気がついたか人の子よ』


 白の世界の中に優しい緑の光が炎の様に球体となって浮かび燃えている。


「まさか、悪魔ですか?」


『否、彼らはゼクスの力で滅んだ』


「ゼクス?」


 その時にその球体の横にゼクスが現れる。


「貴方はあの時の!? まさか悪魔なのか?」


『悪魔はゼクスとお主によって滅んだ。ゼクスはチキュウの管理者である私の右腕だ。天使族のゼクスだ』


「天使族? 貴方は一体何者なんです?」


『チキュウの創造主である神。人の子よ、悪魔たちが言った言葉を思い出すように現代に言語化された文字を脳内に送る』


 神と呼ばれた緑の球体はどこから聞こえてくるのか分からない口の無い声で、雨狩の五体満足な体の脳に情報の概念を入れてくる。


 そこには悪魔が話した全ての内容が入っていた。


 雨狩が流し込まれてくる情報を分析する中で、ゼクスは緑の輪を作る。


 輪の穴から制服姿の那内が眠ったままゼクスの両手に抱かれる。







「理解出来ました。要するに貴方達の不始末をとばっちりで僕達にこんな酷い目に遭わせたわけですね」


 雨狩はそう言い、ゼクスと緑の神を名乗る球体を見る。


「那内さんに触れないでもらえませんか?」


『ゼクス、離してやれ。君の心臓にこうなることを予測して、君が消滅する前に保険でゼクスを呼ぶスイッチをゼクス自身で体内に入れるように頼んでおいた』


「貴方達で直接悪魔に挑めば済む話じゃないですか! 僕達を巻き込む必要性が無い! あまりにも説明不足です!」


 雨狩は怒鳴る。


 ゼクスの手から離れた那内が浮かんだまま雨狩の近くに辿り着く。


 眠り姫の様に綺麗に寝ている。


 神と言う概念は答える。


『我々は他の星々の神々との邂逅の時もあり、宇宙が生まれる前からはさらに上位の神がいるのだ』


「こうして無事なら痛い思いはしましたが、もうしなくても良いわけですね?」


『すまない』


「いいですよ。済んだことだし……元の世界に返してくれれば……」


「わかった。そのつもりで今返す魔法を使っている」


「どうして僕たちが儀式の対象になると解っていたんですか?」


「悪魔の狙いは君の持っている適性と言っていたセレナード召喚に必要な極めて希少な穢れ無き魂を持っていたからだ。それを悪魔から召喚妨害をするために、天使族である代表の私が現界出来る制限された時間の中で、見つけられたこと自体が奇跡だった。猶予が無かったのだ」


 ゼクスが表情を一切変えずに淡々と話す。


「その割には二回出てましたよね?」


「那内が君と同じく適性があるということが判明したこと。まだ我々の世界に現界しているかを確認して対策を練っていた。人間は我々神や天使でも大幅に改善することは出来なかった」


 神は話を聞いたのか聞かないのか、一方的に話を進める。


『元の世界に戻すが、君以外の記憶を改竄させてもらう。君たちの世界の人の作った文化の電子掲示板の情報と同じように変える。彼女には私と悪魔たちの記憶を消し、君たちは私の指定する場所に転移する』


「その場所は? 那内さんの友人たちは僕のことをどう思うのですか?」


『転移している間にその改竄した記憶を君に送る。それで理解できるはずだ。ゼクス、後は頼む。私は宇宙創造神との邂逅が待っている』


「かしこまりました」


 ゼクスは機械的に無表情で答える。


「皮肉ですが悪魔側で僕たちは結ばれました。貴方達の負の疑似意識で形成された悪魔によってね。僕はそんな事に頼らずに、自分自身で自信を持って那内さんを愛したい」


「それは出来ない。調整が狂うのだ」


「……僕の心臓はどうなるんですか?」


「君の心臓は私の召喚で意味を成さずに消滅している。今君の肉体を保っているのは、我々天使側が製造した極めて人に近い心臓だ。絶対長寿の保証がある心臓だ。那内とは告白をしている状態に戻す。せめてもの詫びだ」


「わかりました。感謝すべきかどうか困惑しますが、感謝しておきましょう」


「人類の平等の為に元世界に戻っても、誰もこのことを信じないようにする」


「そういうことも出来るんですか。凄いですね。神と言うのは……愛を持てば神になれる。愛を持った神はあらゆることが出来るですか……」


「……時間だ。戻らせよう。人間達の負の感情で新たな悪魔が生まれるやもしれん。人間は原始の時代の様に単純であるべきだ」


「勝手ではありますが巻き込まれた僕は神を嫌いになりました。すいませんね。それでは……今後あなた方に会いたくもないので早くしてください」


 ゼクスは静かに手を挙げて周りに青色の光が生まれる。


 光が雨狩の視界を奪う。


 手前に浮かんだ那内が雨狩と同じくゼクスの出した光に吸い込まれるように白い空間から消えていった。







「……狩君っ! 雨狩君っ!」


 真っ暗な中で、那内の声が聞こえる。


 瞼を開ける。


 朝日の光が差し込む。


「ん、んんっ! ここは?」


 雨狩は辺りを見回す。


 ゼクスが雨狩達と二度目に対面した場所。


 自動販売機の前に雨狩は座り込んでいた。


「んも~! ビックリしたよ~。急に倒れ込むんだもん! 貧血なの~?」


 那内に手を握られて雨狩は起き上がる。


(戻ってきたのか? 今はいつなんだ?)


「すいません。今いつでしょうか?」


「学校帰りの水曜日だよ~。 記憶喪失になっているの? 頭打ったわけでもないし、心配だよ~。あっ、ケイちゃんだ~」


 遠くにいる北井に手を振る那内に、北井は手を振り返す。


「すいません、那内さん歯を見せてくれませんか? しょ、食欲とか無いですよね?」


 雨狩はあの悪魔界の出来事がトラウマになったのか、那内に怯えつつも問う。


「えっ? いいよ~。ニンッ♪」


 那内は笑顔で歯を閉じた状態で見せた。


 白い健康的な人の形をしたサメの歯ではない綺麗な歯だった。


「あ、ありがとうございます。安心しました」


「キスしてよ~」


「ええっ!? て、照れますよ~!」


「んじゃ、えいっ♪」


 そう言って那内は北井が傍に居ながら雨狩に唇を合わせた。


「うわぁ……友達の彼氏との壮絶ないちゃつきに、私はエルボー物の一撃を喰らった気分だわ。普通友達の前でそれする?」


 辿り着いた北井はやや引き気味にそう言う。


「……責任は取りますよ」


「やったね♪」


 那内は思いっきり大げさなガッツポーズする。


「それじゃあ初カップル成立記念に今度の日曜日に映画見に行ってとその後カラオケ行けば?」


 北井が腕を組んでそう言う。


「あっ! それいいね~。雨狩君、私カラオケ大好きで結構上手いんだ。J-POPなら大体歌えるよ~」


「まー、あんたそれは毎回百点行くもんね。私はプロレス関係の熱いのしか歌わないけど……」


「ケイちゃん達も行こうよ~」


「あのね、彼氏とのデートに私らが言ってもムードぶち壊しでしょ。私は遠慮しておくわよ。その代わり、あんたがイチャついている時にネットでプロレスライブ試合見て忘れるからね」


「そうだ一つ我儘をいいですか? 僕たちが付き合う上で、毎年これだけは一緒に行けなくなって……」


 二人の会話に雨狩が入り込む。


「何々~? その我儘絶対に守るよ~!」


 雨狩が自信を持った凄く良い笑顔でこう言った。


「―――初詣です」




END




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埼玉一自信のない秀才高校生 碧木ケンジ @aokikenji

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