No.15:『エフェメラさんと組む人って―――――僕である必要はありますか?』
「…………なに、これ」
泥棒の声を聞き慌てて現場に駆け付けた少女が見た光景。
それは少女が想像していたよりも遥かに悲惨で壮絶なものだった。
[私だ!私が捕まえたんだ!]
[嘘をつくな!お前はつったってただけじゃないか!]
[こいつらに騙されないでください!本当に泥棒を捕まえたのは自分なんです!]
エフェメラの姿を見るやいなや、こぞって自らの功績を誇示する、浅ましい成人男性の群れ。
その背後には――――群衆に囲まれ、恐らく暴行を受けたのだろう、息も絶え絶えな盗人少年の姿がある。
[へへ、これ、この袋、貴方様のですよね、あの盗人から取り返しておきました]
そして、中にいた白髪混じりの男が、エフェメラの元にやってくると、媚びた笑みを浮かべて袋を差し出してくる。
恐らくだが、袋に入っていた内容物を確認したところ、想像よりも高価なものが入っていた為、そのまま売りさばくよりエフェメラに恩を売った方が効果的だ、そう判断したのだろう。
「…………ありがとう、これはお礼、関わったみんなで適当に分けて」
そう言うと、エフェメラは財布からいくらかの金貨を鷲掴みにして、袋を持ってきた男へと手渡す。
それは、謝礼には、あまりにも多すぎる額であり――――渡された男は小躍りしながら集団の中へと戻っていった。
[――――][――――][――――]
すぐさま、男から伝播した情報によって、群衆の意識が変化していく。
盗人を捕まえた謝礼に、ポンと金貨を渡す懐の余裕、ある意味では倫理観のなさ。
その場にいる人間の意識は最早、エフェメラと言う来訪者にしか、向けられてはいなかった。
「……ねえ、そこの盗人の身柄だけど、しばらく私が引き取ってもいいかな」
そんな肌にべっとりと張り付く視線を感じながら、エフェメラは不意にそんな言葉を吐き出す。
何人かは言葉の意図に首をかしげ、何人かは意味が解った上で不可解な表情を浮かべていた。
[え、ええと、保護者のいない餓鬼ですし、別に貴方様が引き取っても何ら問題ない筈ですよ]
群衆がに困惑と動揺に包まれる中、エフェメラの質問に答えたのは、先んじて袋を手渡してきた男だった。
先程から率先して前に出てくる積極性、その上で周囲もなんら口を挟まないところを見る限り、恐らくこのスラムにおいて一定の立場を持っている人間なのだろう。
「そ。じゃあ私は今から用事があるから、その間にこの子にこれを飲ませておいて。それから逃げ出さないようにしっかりと見張っておいて。また後でココに戻ってくるけど、死なせちゃ駄目だからね」
そう判断したエフェメラは、白髪混じりの男に無理矢理ポーションと追加の金貨を三枚ほど握らせると、返事も聞かず再びサタンの元へと駆け出すのだった。
――――――
――――
――
「はーっ、はーっ、はーっ――――ただいまサタンくん!」
『おかえりなさいエフェメラさん』
「遅くなっちゃってごめんね……ちょっとトラブルになりかけたけど、なんとか袋は取り戻す事が出来たよ」
全力疾走で戻って来た事もあり、肩で息をしながらニコニコと笑って袋を掲げるエフェメラ。
その顔には、殆ど衝動的な行動だったとは言え、トラブルの種を残した事に対する、仄暗い影が色濃く残っていた。
『それは良かったですね!』
そんなエフェメラに対し、心の底から喜びの声をあげるサタンの態度には、このスラムにおける彼女の失態を咎めるものなど何もなかった。
心の底から同意し、結果を素直に肯定し喜んでくれる彼の優しさは、プラス思考に働く上での最善な行動と唱えれば、聞こえは良いかもしれない。
「…………うん」
だが、一般的な知識、少なくとも貧民街に対して一定以上の知識や感覚を持った人間であれば、スラムに入ってスリから貴重品を盗まれる、という事がどれほど馬鹿馬鹿しく、とんでもない失態である事が解るものだ。
エフェメラ自身、彼らと同じような立場や経験してきたからこそ、ついぞ先程までに通って来た自分の行動が、最初から最後まで徹頭徹尾、あまりにも浅慮で愚策続きだった事を強く理解し意識し、首を垂れる事しか出来なかった。
(不味い……このままじゃ絶対に不味い……なんとかしないと……)
持ち物は、時として言葉よりも遥か雄弁に、持ち主の情報を語る――――それこそ、慣れた人間であれば、内容を軽く把握しただけで、その人物が寄生に値するかどうかが判断できるほどだ。
結果的だけ言えば、手元に袋が戻ってきたと言う副次的な恩恵はあるものの、明らかな私刑(リンチ)がまかり通っているこの街の現状、そして自らの懐情報がリアルタイムで拡がっているだろう現状は、肉体的かつ体力的な意味で大きなハンデを背負っているエフェメラにとって、ある意味で最悪とも呼べる状態だった。
(今頃、私の情報は、スラム中に広がってる筈……私がスラムに入ってすぐスリの餌食になった事も含めて、急いで具体的な対策と手段を用意しないと、次は取り返しがつかない事になる……)
確かにエフェメラ個人は、不死と錬金術と言う、他と比類すべくもないほど圧倒的なアドバンテージを持っている。
ただ、それはあくまでルールとモラルが最低限ある場所でのみ使えるスキルであり、モンスターが跋扈する危険場所や今現在いるスラムのような、生物としての生存力や戦闘力が大切な弱肉強食の場においては、全くと言って良いほど何の役にも立ちはしないのが現実だ。
欲望は簡単に弱者を獣に変える――――先程は、衝動的だったとは言え、多少強気に踏み出した事で、運よく大きなトラブルは回避できたものの、恐らく次はそうはいかないだろう。なにせ向こうからしてみれば今の自分はただの金づるだ。次の襲撃はまず複数人だろう。故に絶対的とも言える自己防衛手段が必要になる。
「サタンくん。さっきの話の続き。してもいいかな」
焦りと後悔を噛み締め、緊張を生唾と共に飲み込み、少女は覚悟を決めて言葉を紡ぐ。
『話の続きと言うのは、僕と一緒にダンジョン攻略に挑みたい、と言う話ですよね』
「うん。それ。その話なんだけど――――」
会話を紡ぎながら、少女は袋に手を伸ばす。
それはハプニングで、ついには使う事の出来なかった奥の手。
カストルとの契約書を握り締めた少女は、勝利を確信しながら眼前の未来を掴もうとして。
『エフェメラさんと組む人って―――――僕である必要はありますか?』
「……………………へ?」
その目が、その手が、その意志が、契約書を取り出すよりも先に向けられた、現実を前にして止まってしまう。
『僕以外にもバベル踏破を目指してる強い人はいますよね?』
「そ、それはっ……で、でもっ……!」
『貴方の相方は別に僕でなくても構わないですよね?』
「っ!そ、そんなことっ……!」
『僕じゃないと絶対に駄目な理由はありますか?』
「っっっ……!」
予測はあった、覚悟もあった、手段もあった――――だけど、少女は圧倒的に、他人とのコミュニケーションが足りてなかった。
「さ、サタンくんくらい強い相方じゃないと駄目なのっっっ!絶対に死なない私と違ってみんなすぐ死んじゃうからコンビを組めないのっっっ!」
事前に起きたハプニングの連続、そして、積み重なった強いストレスもあったのだろう。
完全にメンタルを追い詰められたエフェメラが取った手段は――――奥の手であった契約書を用いた強硬策でも、理路整然と理論で武装する安定策でもなく、胸に去来する激情の赴くまま感情で訴えると言う、自分でも想像していなかったほど無様なものだった。
『ふむ……エフェメラさんは死なないんですか?』
「死なないわっ!首を切られても頭を砕かれても私は死なないっ!ゴブリンも倒せないくらい弱っちいけど死ぬことだけは絶対にないんだからっ!」
興奮で顔を真っ赤にし、目に大粒の涙を浮かべながら、ふーっふーっ、と肩で息を切らして無様に叫ぶ少女の姿は、傍目から見れば完全に頭がおかしいとしか思えないものだった。
『不死になった切っ掛けと言うのは……ダンジョンを踏破した際に手に入る、ギフトによるものなんですか?』
だが、彼は、サタンは、エフェメラの叫びを無視する事はなかった。
あまりにも馬鹿馬鹿しい彼女の叫びは、されど、正真正銘の本音から出た訴えであったからこそ、純粋無垢なサタンの耳に届いていた。
もし、これが、半端な賢しさによって零れたものであれば、エフェメラは元々のコミュ障の分も相まって、間違いなく致命的なミスを犯してしまっていただろう。
「…………わかんない」
『わからない?』
「いつから死ななくなったかは覚えてない……でも、気づいたら、死んでもおかしくない怪我を負っても勝手に治る身体になってた、それがいつからかは覚えてない」
『……ふむ』
混濁した記憶を語る少女の顔には、どこか仄暗い影が落ちていた。
一般的な感覚を持った人間であれば、あまりにも荒唐無稽な発言だと、呆れてものが言えなくなっても仕方がないだろう。
『なるほど。踏破しようと言う意志も覚悟も手段もあるが、ただただ自衛する力だけが足りていない。エフェメラさんが僕と組みたい理由は解りました』
「ッ……!」
『確かに、その言葉が本当なら、絶対的な強さを持つ相手と組みたい、ダンジョンで死んでしまわない強い相手と組みたい、とエフェメラさんが思われるのは、仕方のない事だと思います』
「っっっ……!」
しかし、サタン自身もまた、他とは違う自分が特別な自覚があるのだろう。
エフェメラと同じように、多くの死を見てきた人間として、何か色々と思う事があったのかもしれない。
『では――――僕がエフェメラさんと組んだ時に得られるメリット、を教えて頂けますか?』
「め、メリット……?」
『ええ。僕が貴方と組む事で得られるメリットです。僕が今の生活を捨ててまで貴方と組みたいと思えるメリットを教えて下さい』
「っ……!」
浮かれかけたエフェメラに向けられるサタンの言葉はあまりにも真っ当で、いきなり押しかけてきた相手にする態度とは思えないほど、どこまでも真摯で真剣なものだった。
「わ、私とサタンくんがコンビを組んだらっ……!」
『――――』
契約書で強引にコンビを組む事も可能ではあった。むしろエフェメラ自身そうなるだろうと思って挑んでいた。
だが、全てを見通すようなサタンの眼差しが、鏡映しのようにエフェメラの心を射貫く黄金の瞳が、道理の通らない道を許してはくれなかった。
「私とっ……コンビを組んだらっ……!」
『――――』
契約書を握ったエフェメラの手が、ふるふると袋の中で震えていた。
恐らくは、契約書で強引に彼を縛る事で、パートナー契約を結ぶ事、それ自体は可能だろう。
しかし、その場合、まず間違いなく近い将来どこかで破綻が起き、結果的に自らの夢を叶える事は絶対不可能になる。
礼節を持って対応しなければ、命を賭す覚悟を持って行動しなければ、自分の旅はこの場で頓挫するだろう――――そう、ハッキリと理解させるだけの、圧倒的な格があった。
「っ……」
故に、エフェメラは、魔人との契約書、と言う本来であれば、絶対的に優位な立場で事を運べるアイテムを持ちながらも、ついぞ最後まで強硬策を取る事が出来ず――――それでも、決して止まる訳にはいかないと、強い決意と覚悟を持って口を開いた。
「さ、サタンくんはっ、今よりもっと沢山の人が救えるようになるよっ……!」
『っ……!』
叩きつけるように紡いだエフェメラの言葉に、サタンの意識が惹き付けられたのが解った。
食い付いた――――少女は、自分の選択が間違っていなかったと、内心で興奮と安堵とを半々に、袋の中からとあるアイテムを取り出した。
『それは…………エリクシルですか?』
彼に見せたそれは、カストルに作って貰った契約書、ではなかった。
「うん。エリクシル。凄いね。一瞬で本物だって見抜くなんて」
『大怪我を負った人を助ける時によく使ってますからね』
そう言って、エリクシルを眺めるサタンの目には、ある種の哀愁に似た感情が含まれていた。
「それでだけど……とりあえず、今はこれだけしか用意できなかったけど。私とコンビを組んでくれるならこれ全部サタンくんにあげる」
『っ……!』
そして、そんなサタンを見たエフェメラは、袋の中から残っていたエリクシルを全て取り出し、半ば押し付ける形で手渡していく。
一本、二本、三本と――――クリスタルダイヤモンドより遥かに高価なアイテムの羅列に、初めてサタンの顔にハッキリと困惑と驚愕の色が滲んでいく。
『な、なんですか、このエリクシルの数はっ……!?』
「ポーションとかならもっとたくさん用意できるよ。それこそ百本でも二百本でも三百本でも。サタンくんが望むならいくらでも用意してあげる」
『……ッ!』
サタンの目的は知っている。
人を助けたい。人の命を助けたい。人の未来を守りたい。
それこそが、サタンが人助けをする動機なのだと、ジェミニタウンにいる時にカストルから聞いていた。
しかし、そんな理外の善性と戦力を持つ彼が全力で動いても、決して抗う事の出来ない苦渋の現実を、その存在をエフェメラは知っている。
「でも私と組んだ時の報酬はコレだけじゃないよ」
『…………と言うのは』
だからこそ、少女は更に踏み込んでいく。
自分の存在を彼に強く根付かせるため、多少のリスクを飲み込んだ上で、奥の手を提示する。
「私と組んでる間、素材さえ用意してくれたら、何本でも何十本でもポーションを提供するよ」
『ッ……!』
サタンの額に初めて汗が滲む。
差し出された大量の回復薬、そして少女の言動が一致した瞬間、当たり前の様に出てくる答え。
『エフェメラさん……もしかして貴方はポーションを作れるんですか?』
「うん。作れる。劣化品なんかじゃない。正真正銘の純正ポーションを私は作れるよ」
恐れを知らず育った少年が、生まれて始めてする武者震いと共に紡いだ言葉を、少女はなんら濁す事なく肯定する。
『もしかして……このエリクシルも?』
「私が作ったやつだよ」
『なんと……!』
少年の顔に浮かんでいたのは強い驚愕と感動。
ポーションの有無は、そのままダンジョンアタックにおけるパーティの生存率に繋がる、とされている。
非常に高価ではあるものの、4人パーティに4つポーションがあれば、全員が生存出来る確率が2割も上昇すると言われているほどだ。
しかし、量産できないせいで、安定して手に入らないせいで、自分の力量とはまるで関係ないところで、彼は多くの命が失われる瞬間を目の当たりにしてきた。
「サタンくん。私には貴方が救いたいと思った人を救えるだけの力がある。貴方が唯一足りないと思っていた弱点を補うだけの力がある」
『ッ……!』
それは、あまりにも甘美な、あまりにも出来過ぎた誘惑だった。
無敵とも呼べる力を持ってなお、叶えられなかった夢にようやく手が届くのだ、と。
少女からの魅力的な提案を前にして、少女から出た輝かしい未来を前にして、少年は重たい口を開ける。
『一つだけ――――条件があります』
「ッ……!」
ここが自分の正念場――――確信したエフェメラは、ぐっと奥歯を噛み締め、何がこようと受け入れてみせると覚悟を決め直す。
『エフェメラさんがエリクシルを作るところを見せてくれますか?』
「ッ……!もちろんっっっ……!」
真剣な表情で告げるサタンからの提案に対し、エフェメラは満面の笑みと自信でもって答えてみせる。
「素材さえ用意してくれたら10本でも20本でも30本でも作ってみせるよっ……!」
ようやく輪郭が見え始めた未来――――少女の心に纏わりついていた不安は今や完全に払拭されていた。
ク ソ デ カ ダ ン ジ ョ ン @siro_ohagi
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