第2話 15歳 2月

 初めて死を意識してからしばらく。


 受験も、もうすぐ本番だ。学校の昇降口に「受験は団体戦」なんて大きな紙に書いて掲示してあるのを、ばかばかしいと思いながら見ていた。推薦ですでに進路が決まっている人は授業中もうるさいし、進学校を目指す人は授業なんて聞かずに塾の課題をしている。そんな標語、しょせん保護者会でかっこいい言葉を並べたい大人が考えたもの。私には関係ない。


 勉強に集中しているだけで、死を考える時間は自然となくなっていった。塾の帰り、寒さに震えながら考えるのは、解けなかった数学の問題や英語の文法。しなきゃいけないことであふれた、でも受験生である今年だけの特別な日常は私を密かに死から引き離していた。



 塾の授業を終え、帰宅していた夜10時過ぎ。中学生一人で帰るにはやや不気味な時間だった。帰り道、短い橋の上に人影を見た。毎日通る道で、この時間に人がいたのは初めてだった。そして、橋の上という状況。私の意識からはるか遠くに行っていたはずの死が、また顔を出した。


 近づいて分かったのは、その人影が老齢な男性だということ。年齢の割に高いだろう背を丸めて、川を眺めていた。


 その男性が、死を意識していたかどうかは、私には分からなかった。ただ、決まって週末の夜、そのいびつに曲がった背の人影が橋の上にあった。


2月最後の週末、いつもの人影は橋の上になかった。私は自転車を橋の横において、私は下を見た。冬の夜10時、何も見えなかった。


翌朝のニュースでも、新聞でも、塾に行く前の明るい時間に見た橋の下にも。どこにも老いた彼の姿はなかった。


私は、何度か見かけただけの姿をどうしてこんなに確認しようとしているのだろう。その背が見つからないことに安堵しながらも、見つかるんじゃないかと思っていたのかもしれない。


私の中で、再び居場所を得た死が、少しずつ、意識に入り込んできていた。



冬が終わる。私は今日も、橋の前を通って家に帰った。

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いつかの故人 @yamatsuki_you

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