可能性の話

帳 華乃

可能性の話

『人間は、あらゆる病原体や細菌に、対抗するすべを見つけた』

 なんて夢は実現していない。毎年気温が下がると流行り病のニュースが流れる。小児科で心細そうにしている子供の映像を、夕方にわたしは眺めていた。

「わたし、病気になったことあるの?」

「うーん、ないなぁ」

 お母さんは少し困り顔だ。

「あなたはね、とても強い身体をもっているのよ」

「そうなの?」

「そうよ。人類の希望なの。いつか、きっとわかるようになるわ」


 十五歳の誕生日。母の言ったいつかは、今日のことだったみたいだ。

「あなたはね、ロボットなの。本当は、科学の子なの」

 私の身体は、分厚い人工人皮と、小型化された無数の機器だけでできていた。その証拠のレントゲン写真があって、ちょっと抜けたところのあるお母さんに吐ける嘘ではないなと、理解した。

「……ごめん、隠していて。人の手で造られていたとしても、あなたは、間違いなく、綺麗な心を持っているわよ。十五年間あなたを愛した私が、お母さんが保証する」

人工脳で私は必死に考えて、「気づいてたよ」と嘘をついた。

 母がしゃくりあげて泣くのを見たのは今日が初めてで、そのことが無性に悲しかった。母の手を握ると、涙で濡れているのに、とても温かかった。


 人間は、あらゆる病原体や細菌に、対抗するすべを見つけた。身体を機械にすることだ。だけど今年も、流行り病のニュースが流れる。小児科で心細そうにしている子供の映像だ。私は、その小さな身体に血が通っていることが、奇跡だと知っている。

 私は科学の子で、生命の可能性の子。だから、看病をされた経験がない。そんな私は、ほんの少しだけ、子供たちのことが、羨ましかったりする。

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