24 そして始まる物語
またガレージに遊びに来てよ、と学校の教室で柴森君に誘われたので、その週末に迎えた日曜日の朝に私は久しぶりに彼の部屋を訪ねた。
親の都合で年末には使えなくなるらしく、そのための準備なのか、前に来ていたころよりも荷物が少なくなって綺麗に片付いている。もし乱雑に散らかっているままなら掃除を手伝うつもりだったけれど、その必要はなさそうだ。
とりあえずソファにでも座ろうと思って足を進めると、普段から柴森君が使っているのか、数か月前まで私がいつも触っていたパソコンがそのまま置かれていた。いつもの癖でちらりと見ると、その視線に気づいた柴森君がくすりと笑みをこぼす。
「久しぶりにここでゲームやる?」
「いや、いいよ。パソコンなら私の家にもあるから」
「そっか、そうだよね。でもさ、今になって思うと、有末さんがゲームをしているのを見るのって意外と好きだったんだよ」
「本当?」
「うん、まあ、もっと本当のことを言うと寂しかったけどね」
照れくさそうに頬をかく柴森君だけど、からかって彼を笑うことはできない。その寂しさは私にも共通のものだ。しかも、どちらかというと私に原因がある。
申し訳なさと気まずさを誤魔化すために顔をそむけると、テーブルの脇にあった棚の上に二台のゲーム機が置いてあるのが目についた。一つは柴森君のもので、もう一つは私のために新しく買って用意してくれていたのかもしれない。ずっと前に柴森君が貸してくれると言ってくれた記憶がある。
あの時は私がFPSにはまっていて他のことをやる気分ではなかったけれど、今は違う。
私たちの関係も違えば、たぶん柴森君の気持ちだって変わっているはずだ。
変に意地を張らず、ぎくしゃくもせず、二人でなら何をやっても楽しめるはずだから。
こほんと咳払いをして、それとなく提案してみる。
「そのゲーム、やらない?」
「いいの?」
「うん、やってみたい」
「そっか、じゃあやろう。買ったのは半年以上も前だけど、実はずっと有末さんとやりたかったゲームなんだよね」
そう言った柴森君はすぐに立ち上がってゲームの準備を始めた。自覚がないのかふんふんと鼻歌交じりなので、やりたかったのは本当らしい。
私も同じだから嬉しく思う。
「ちょっと難しいかもしれないけど、少しずつ慣れていこう」
「そうだね。ゲームのジャンルは違うけど、FPSで鍛えた腕を見せてあげるよ」
なんてことを言いながら、ソファに並んで座ってゲームを開始する。
通信機能を使って、二人で協力するゲーム。すでに発売から半年が経っていて旬は過ぎているけれど、期待していた通り、やっぱり楽しい。ゲームそのものがよく出来ているだけでなく、やはり柴森君と一緒にプレイできているからだろう。
もしも同じゲームを一人でプレイしていたら、ここまでは楽しめなかったはずだ。
「あれ、もうこんな時間? そろそろ帰らなくちゃ……」
ほんのちょっとだけのつもりが、気が付けば日が暮れかかっていた。時間を忘れるほど楽しかったとはいえ、思いのほか熱中していたようだ。
「そうだね。本格的に暗くなる前に帰ったほうがいいと思うよ」
「うん、そうする」
残念だけれど、悲しくはない。今日が終わっても、また明日や明後日にでも遊びに来ればいいだけだから。
こんな、どこにでもありふれた何でもないことが宝物のように思える。実際には平凡な日常が過ぎ去っているだけだとしても、貴重な時間を過ごせているように思える。
だから本当はこのままでもいいけれど……。
もっと近づきたい。これまでがずっとそうであったように、これからも彼のそばにいたい。
ただのクラスメイトではなく、ただの友達ではなく。
特別な関係になりたい。
伝えるなら今だ。チャンスを逃せばいつまでも先送りになる。最悪の場合、また関係が悪化して二人の距離が離れてしまう可能性だってある。
言いたいことは言えるうちに、誤解のないように伝えておくべきだ。
当たって砕けたいわけではないけれど、意を決した私は彼に声をかける。
今までみたいに名字ではなく、より親しくなれるようにとの願いを込めて、彼の名前で呼びかける。
「た、た、た、武虎君……!」
「……ど、どうしたの有末さん? いきなり名前で呼ぶなんて」
「え、いや、ごめん、迷惑だったかな?」
「そんなことないけど……。ただ、あまりにも突然だったからびっくりして」
「確かに……」
言われてみれば、さすがに唐突だったかもしれない。私の中では物事を順序立てていたつもりだったものの、柴森君は何も身構えていなかったはずだ。
だけど、そんなに難しい話でもない。
だって、今からでも気持ちを伝えれば済むのだから。
ただそれだけのこと。なのに私は口ごもった。
今よりもっと、もっとあなたと仲良くなりたくて、と、その一言が言えない。
それはひょっとすると、ほとんど好きと伝えるようなものだから。
いっそさっきの言葉はなかったことにしようと思っていると、柴森君が照れくさそうに口を開いた。
「でも、いい機会かもしれないから俺もそうしようかな」
「え、そうしようかなって?」
「有末さんのこと、俺も名前で呼んでみようかな」
「……う、うん。だったら呼んでみて」
「えっと、じゃあ……。み、美夜さん」
「へ、へえ……」
名前を呼ばれて嬉しい反面、なんだかむず痒い。こんなことをいきなりやられたら、そりゃ私だってびっくりしそうだ。
露骨に動揺するような反応は抑えられたけれど、それでも我慢できずに顔が赤くなっているんじゃないかと不安になる。
「ほら、美夜さんだって恥ずかしいんじゃん。やっぱりやめておく? 今まで通りに有末さんって呼んだほうが……」
「ううん、せっかくだから名前で呼び合おうよ」
「……わかった。じゃあ俺のことは武虎でいいよ。君はいらない」
「本当?」
「本当だよ。その代わり……だけどさ、今日からは俺も有末さんのこと美夜って呼ぶから。……いい?」
「もちろんだよ。むしろ、そうしてくれたほうが嬉しいくらい」
そして私たちは名前で呼び合うようになった。
すれ違いを経て、元の関係にそのまま戻るよりも、少しだけ近い距離にたどり着く。
ひょっとしたら、これからもこんな風にして私たちは進んでいくのかもしれない。
何があっても、何がなくても、私たちの間で変わらない部分と、変わっていく部分を両方とも大事にしながら。
なら、必要以上に未来を不安がる必要はないのかもしれない。
今までの私は相手に嫌われるのが怖くて、拒絶されるのが不安で、真っ直ぐに彼を好きになることを恐れていた。
素直に好意を示せずにいた。
それがわかっているから、なかなか最後の一歩を踏み出せずにいた。
だけど、いつかは歩き出す。
近づくために手を伸ばす。
「じゃあね、武虎! また明日、学校で!」
臆病さがあるから今はまだまだ伝えられないけれど、いつの日か私は武虎と恋人になりたいんだ。
ゆっくりと歩くような速度で、気が付いた時には恋に落ちていたから。
好きになるな、嫌われる! 一天草莽 @narou_somo
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