後日談〜イザベラ視点〜

卒業パーティの日の午前中、殿下が私に急遽、会いに来ることになりました。


きっと、学園で噂されているように私と婚約破棄して、アイリス様と婚姻したいとのお話に違いないと思いました。私が殿下に愛されないのは、自分の努力不足だと感じ、不甲斐なさと深い悲しみを感じてました。


しかしお会いすると殿下はなんと、私の顔を見て涙を浮かべ、突然抱きしめてこられたのです。


混乱する私をよそに、殿下は人が変わったかのように今までの自分の行いがいかに思いやりに欠けていたかを、深く深く謝罪されました。地面に這いつくばるくらい、頭を深く下げられるので驚いてしまいました。

そうして、殿下は私の目を見て真剣に言ってくださったのです。

「君の努力家な所を誰より尊敬する!君の清い心を誰より愛している!」


私の胸の中に彼の言葉が染み込むと共に、ボロボロ涙が溢れて止まらなくなってしまいました。


母亡き後、父からも兄からも愛されず自分が嫌いだった私は、ワガママで自分大好きな殿下を眩しく感じていました。

彼の周囲は嘘で充ちていましたが、彼自身は嘘がなかったので、彼に『愛している』と言われたらどんなに幸せだろうと思っていました。

そしてそんな日は絶対に来ないだろうと諦めていたので、彼の言葉が本当に嬉しかったのです。


それから、殿下は卒業パーティ前にアイリス様や側近方と話し合ったそうで、アイリス様や側近の方々はゲッソリとした表情で卒業パーティに参加されてました。


殿下は私を宝物を扱うかのような丁寧さで、卒業パーティのエスコートをして下さりました。

卒業パーティの最中に、殿下が体調を気にかけて腰のあたりを温めようとしてきたり、温かい飲み物をわざわざ用意してくださったりしたことには驚いてしまいました。


本当に殿下は人が変わったかのようです。

殿下の以前の態度も、純真な子供のようで可愛らしいと感じていました。未だに彼の純真さが窺える言動も時折ありますが、本当に大人の男の人に成長されたかのような器の大きさを感じることの方が多いです。

それどころか時々、殿下は大人の女性のような仕草さえ見られます。この前、指先をそろえて口の前において「うふふ」と笑っている様子を見て、驚いてしまいました。

また、殿下は国守りの精霊神への信仰がとても深くなられたようで、毎朝精霊神の像の前で祈りを捧げていると伺いました。それを聞き、私もご一緒させて頂くようになりました。


殿下の成長は留まるところを知らず、この前は大臣達相手に「他国や、歴史から分かるように、民の幸福のためには民を富ませることが必要だ。そのためには緩やかなインフレを起こす必要がある」などと、王太子教育をサボってばかりいた殿下がどこで学んだのかという知識を語っていて耳を疑ってしまいました。


その後、殿下は国の重鎮達にも認められてきたようで国の施策に関わることが増えてきました。最近の殿下はよく人の話を聞き、人の立場を考えて言動をとるので、地の底にあった彼の評価は急上昇しているのです。


また、施策を考える際に、よく私の意見を求めるようになりました。

私が拙いなりに自分の意見を述べると殿下は、「イザベラはこんな事も学んでいたんだね。君の努力を本当に尊敬するよ。愛しているよ」と甘い言葉を囁いて下さるので、私は過去の苦しかった思い出や、惨めな自分が癒されていくのを感じました。


ある時、殿下は私に「修道院の援助についての施策を任せたい」とおっしゃいました。

「俺が担当すると、私心が入りすぎる·····イザベラになら安心して任せられる」と小声で殿下が言っていたのは気になりましたが、任せてくださったのが嬉しく私は張り切りました。

修道院の屋根の修繕から始まり、刺繍の販路拡大、女性にとっての救う道がある事の周知にも励みました。修道院はあまり世間一般には知られておらず、家を出された令嬢の中には、逃げ道がないと思い死を選ぶ人も多いのです。

私ももし王子に婚約破棄されていたら、死を選んでしまっていたかもしれないと思うと、他人事には思えず、施策には力が入りました。

しばらくして、修道院へ視察に行くことになりました。ですが、困ったことになんと、殿下が視察について行くと言い出したのです。

駄々っ子のようにごねる殿下に、私は言いました。

「今回はお忍びの視察なので大掛かりには出来ません。令嬢の中には男性へ恐怖心を抱いてる方もいます。殿下がいらっしゃるのは難しいと思うのです」

私の言葉に、殿下は「分かった、ちょっと待っててくれ」と言って部屋に戻られました。

分かってくれたのかと安心したのも束の間、戻ってきた殿下の姿を見て唖然としてしまいました。

なんと、殿下は金髪ロングヘアでドレスが似合う美女になって登場したのです。

「これならば、お忍び視察に同行しても問題ないだろう。ふっふっふ、こんな事もあろうかと用意しておいたのだよ」

そう、殿下は自慢げに仰るので、仕方なく同行して頂くことになりました。

殿下は男性にしては線が細いせいか、女装がとても良くお似合いでした。殿下はヒールが低い靴を履いているせいか、身長の高さもそこまで気になりません。

何よりドレスの足さばきなど、淑女の仕草がしっかり身についていらっしゃるので驚きました。

「俺の大事なイザベラに恥をかかせないように、令嬢としての仕草を必死に身につけたのさ」

私は殿下の仰る意味がよく理解出来ませんでしたが「俺の大事なイザベラ」という単語に、顔が火照ってしまいました。

そうして、馬車で修道院に到着しました。お忍びなので、出迎えはないです。

私達は修道院に入り、客間で修道院長を待つことにしました。

間も無く、客間に修道院長が現れました。とても痩せてますが、とても慈愛に満ちた瞳をなさっている方です。

殿下は院長が現れた途端、金髪ロングヘアを振り乱し院長に駆け寄り、その痩せた手を両手で握り「院長·····」と掠れた声で呟いて涙を流しました。

護衛も私も殿下の突然の行動に、呆気に取られて動けないままでした。

院長も、初めて会った謎の令嬢に手を取られて泣かれて、驚いたように目を丸くしましたが、彼が涙を流し始めると優しい顔になり頭を撫でて上げていました。

慈愛に満ちた院長と、美しい令嬢の姿で涙を流す殿下の姿は、客間の窓から差し込んだ光に照らされて、まるで1枚の神々しい絵画のように見えました。

それから、殿下は涙を拭きながら院長や私達に、自分の突然の行動について謝りました。殿下は「泣いてしまったのは、院長の慈愛に満ちた雰囲気に感動した為」と説明していましたが、私にはもっと深い理由があるように感じました。


***

殿下の不思議な行動は他にもあります。殿下はなぜか私の月のモノの周期を把握していて、夜会の日程をズラしたり、食事を温かいものにするように指示して下さるのです。殿下は私の体調が辛い日には、腰のあたりを温めて下さったり、私が休めるように調整して下さったりしました。

殿下の温かい思いやりや優しさに、心打たれる毎日です。


殿下は私の家族関係にも心を砕いて下さりました。私の父は、卒業パーティー後しばらくして病に倒れました。お医者様いわく、もう完治は見込めないとのことです。

ある時、殿下は私がいない隙に私の父に見舞いに行ったようです。後日、父は「殿下から、お前が今までどんな思いをしてきたか聞いた·····本当に·····本当にすまなかった」そう言って言葉をつまらせながら涙を流し私に頭を下げました。私は冷たかった父の変わりように、とても驚いてしまいました。父に心から謝られ、私の心の中の暗い部屋で泣いていた幼い自分が、少し癒されたかのような心地がしました。

また、そんな父の様子を見ていた兄のオリバーも、何か思うところがあったようです。最近私への冷たい態度がなくなり、私に福祉事業の施策の意見などを聞いてくるようになりました。きっと殿下が何か働きかけて下さったからなのだろうなと、思います。本当に殿下への感謝の思いが溢れ続ける毎日です。


それから数年経ち、前国王が崩御されて、殿下は国王陛下となられました。

陛下は多くの施策を実行しました。その中には、産院の設立や、孤児院の建設、修道院の資金援助など、女性のための事業も多く行いました。


一部の男尊女卑な貴族から「国王はフェミニストだ。本当はオカマなのではないか」などと、揶揄されていたそうです。

実は私も、女装が完璧で、時々女性的な仕草をなさる陛下に一抹の不安を感じてました。ですが毎晩のように愛でてもらい、2人の王子と1人の姫を授かり育てている今では、陛下が男性であることに、何の疑いも抱いてません。


ある時、議会でブライブ卿という男尊女卑の貴族から、陛下の施策にダメ出しが入りました。その時は、ちょうど別の外交の議案の関係で、私も議会に同席しておりました。


「女に金を使うのは馬鹿げておる」


ブライブ卿は、禿頭を撫で付けながら言いました。


「俺は全ての民を尊重しているだけだ、それとも女子供は国民ではないというのか?」


「女は無能なバカばかりだから、金を投じるだけ無駄だというのだ」


「ほう、貴方は俺の愛するイザベラのように、6ヶ国語を話せるのか?」


「ぐっ·····だが、女性は数学に疎いものが多いし、論理的思考が欠如しているのは事実だ」


「それは教育の問題であろう。それに、数学が出来ようと、その思考が自分がいかに得するかという悪知恵ばかり働くやつがいては国が疲弊する。それが分からないのかブライブ卿!おまえが工事施工業者から賄賂をもらっていることは調べがついている!」


青白い顔で連行されていくブライブ卿を見ながら、議会を見渡して陛下はよく響く声で言いました。


「国政とは想像力を働かせることだ。同性の方が想像しやすい、それは分かる。だが、国を治めるものがそれではダメだ。女性のことを蔑ろにする奴は『想像力』という国を担う重大な資質を欠いているということで、今後査定を厳しくするつもりだ。今後は実力主義に切り替えるから、想像力不足なものの昇進は遅くなるだろう。覚悟しておくように!」


本当に日々私は陛下の器の大きさ、カッコ良さに惚れ直し、隣に立てる喜びを噛み締めています。


有言実行な陛下は、その後『この国の民の一人一人の過去現在未来を、自分事として思いやり、政策をつくる。そして、私欲なく実直に取り組むもののみを評価する制度』を作り上げました。

この制度は長く、この国の繁栄をもたらすことになるのでしょう。

私はそう信じています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

婚約破棄を宣言した王子と、悪役令嬢は階段から落ちた·····そして2人は叫んだ「私達、入れ替わっている!?」と 夕景あき @aki413

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ