終話 予感と決意
まだ暗いうちに目覚めた。
身を起こして周囲を見る。
今いるのは家の2階、広いリビング。
真ん中に薄いシート2枚を広げ3~4人用テントなら2張りくらいのスペースを確保。
その上に更に各個人用にマットを敷きその上に寝袋という形で皆さん寝ている。
マットと寝袋にはそれなりの格差がある。
○ 結愛 エアマット&ダウン
○ 美愛 エアマット&化繊の3シーズン用
○ ちひ 銀マット&化繊の夏用
○ 僕 銀マット&シュラフカバーにアルミを蒸着したような超小型・盛夏専用
ただ夜でも気候的に気温は暖かめ。
いざとなれば魔法で冷暖房も出来るので生命維持に問題は無い。
寝心地にはそれなりの差があるだろうけれども。
こうやって皆で同じ部屋で寝るのは久しぶり。
だからか結愛が大変にご機嫌だった。
ひょっとしたら寝袋で寝るなんて珍しい体験のせいか、はたまた初めての家で寝たせいか。
これら全部の要因のおかげかもしれないな。
さて、今日は忙しい。
まず朝、船で拠点に戻る。
この際ちひだけはMTBで自分の土地に移動し、網をセットする予定。
ちひが別行動するのは、船よりMTBの方が遙かに速いから。
ヘラスからでも1時間あれば余裕で自分の土地まで行けるらしい。
船なら2時間かかる。
網を仕掛けるにはこの時間差が結構重要との事だ。
昼までにはちひがMTBで僕の拠点にやってくるので、引っ越し荷物その他を持って全員でちひの土地に船で移動。
ある程度潮が引いた時点、概ね午後5時くらいに仕掛けた網から魚を回収。
あとは船でヘラスまで戻ってきて、この家に船を横付け。
荷物を各自運び込み本日終了という予定だ。
更に明日、ある程度味噌醤油甜麺醤を仕込んだ後、僕はイロン村までMTBで往復。
公設市場でグラハムさんに挨拶してこようと思う。
その間、ちひ達は街の探検&買い出し。
引っ越し関係の予定は以上だ。
昔懐かしい形の据置型目覚まし時計によると今は午前3時。
本日の起床予定は4時。
街門が開くのが午前5時だから、それに間に合うよう支度するという事で。
あと1時間あるから寝ておこうか。
そう思った時、ふっとちひの気配が動いた気がした。
僕の動いた気配で起こしてしまっただろうか。
「あ、先輩、おはようございます」
どうやら目覚めてしまったようだ。
「悪い、起こしたか」
「いいえ、ヒラリアについてから毎日早く目覚めるんですよ。楽しいからですかね」
そう言って彼女は身を起こす。
「先輩も楽しんでますよね」
「ああ」
この世界はゲームではない。
だから生きていかなければならないし、その為には稼がなければならない。
大丈夫かという不安は常にある。
それでも不安ばかりかと言えばそんな事は無い。
むしろ楽しい事の方が遙かに多い。
自分で工夫して麹を育てる事から始まった醸造事業は順調。
エビ養殖場もこのままならうまくいきそうだ。
ちひが隣にいてくれるし、美愛も結愛も可愛いし。
生活水準も日本と比べて悪くない、いやむしろいい位だし。
自然が豊富で自分専用の海辺なんてのまである。
ただもし、気になる事があるとすれば。
「美愛と結愛か」
ちひは頷く。
「結愛ちゃんは大丈夫だと思うんですよ。万が一学校になじめなくても、私もいるし先輩もいる、もちろん美愛ちゃんだっているんです。それにこのくらいの子供は順応力が高いですから。
気になるのは美愛ちゃんです。美愛ちゃんにとって此処が楽しい場所になってくれるかどうか。
結果として先輩を選んでもいいしそうでなくてもいい。でも美愛ちゃんなりに楽しいと思えるものを自分で見つけられるか。いいなと思えるものを見つけられるか。
私や先輩はここに来る事を自分で選んだじゃないですか。惑星オースという場所、ヒラリアという場所と環境を知った上で納得して、自分の状況と比較した上で納得して来ているじゃないですか。
でも美愛ちゃんや結愛ちゃんは違うんです。
結愛ちゃんはまだいいんです。美愛ちゃんがずっと守っていてくれたから。それにこの環境にも慣れてきたし、世界に対する認知もこれからですから。
でも美愛ちゃんはきっと苦労してきた記憶しか無いんです。結構話もしたんですけれどね、楽しい話が無かったんですよ、思い出の中に」
ちひが言いたい事はわかる。
気にしている事もわかる。
もっともだと思う。
ただ僕はある予感がするのだ。
予感というか、思いだけれども。
「多分、大丈夫だろうと思う。勿論此処ヘラスでどうなるかはまだわからないけれどさ、それでも多分」
僕は美愛の、つい昨日の台詞を思い出す。
更にその前の台詞も、そして……
「それでも美愛は言ってくれたんだ。ちひが来たその後、2人になった時だけれどさ。こうやって暮らして行けたらいいなって、ずっとこうしていければいいなって」
厳密にはちひが来た後、更にイロン村に行った帰りの時だ。
『こうやって暮らしていけたらいいなって。ずっとこうしていければいいなって』
この後、『だから不安になった』という話が続くのだけれども。
「昨日も言っていたしさ。海辺のあの家での生活が楽しすぎたから、引っ越しが不安になったって。
これって逆に言えば美愛なりに此処での生活を楽しんでくれていたって事だろ。だから多分、大丈夫だ。この先どうなるかはわからないけれど、それでもきっと」
「言いましたね」
このちひの台詞、どういう表情で言っているのかすぐわかる。
今は暗くて見えないけれど、それでも。
「何やかんや文句をつけたり注文したりするけれど、先輩の能力、知識と思考力については信頼しているんですよ。何やかんやぼやきつつも結果として絶対に何とかしてくれるだろうって。
まあ動きそのものは鈍いですけれどね。こっちから思い切りつっついてやらないと動かない。なまじ能力が高いから、どういう状況でも何とかなるという自信があるから、かもしれないですけれど」
ちょっと待て。
「そんな能力ないぞ。毎回けっこう目一杯だしさ」
「悪いですがそういう言い訳は却下です。絶対的に信頼しているんですからね。私だけでなく、美愛ちゃん結愛ちゃん含めてお願いします」
何だかな。
しかしまあ、仕方ないか。
「何とか期待に応えるよう努力はするよ」
「先輩に努力という言葉は似合わない気もするんですけれどね。それじゃ時間まで二度寝しますので、あとはよろしく」
「はいはい」
ちひの奴、言いたい事だけ言って寝てしまった。
何だかな、本当に。
随分と重い期待を背負わされてしまった気がするが、まあ仕方ない。
それに今の生活そのものは僕も気に入っている。
だからまあ、頑張ろう。
美愛や結愛の為ではなく、もちろんちひの為でもなく。
この今が好きな僕自身の為に、僕自身の意思で。
移住記録 ~異世界移住・Series 2 和樹編~ 於田縫紀 @otanuki
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