第2話妻の提案

じゃんけん。

貴美は言った。

それは運だけではない。

高度な駆け引きが要求される心理戦なのだ。

ぐー、ちょき、ぱーから一つを選ぶ三すくみの戦いである。

どれが強いというのがないのがみそだ。

そして何かを決めるのにはうってつけの方法と思えた。

それにはやく決めなければ赤いきつねと緑のたぬきの食べ頃をすぎてしまう。

三分よりも長く待つ人もいるらしいが、僕は時間ちょうどで食べたい。

なら、はやく決めなければいけない。

「わかった、いいよ」

僕は言った。

「じゃあ、私ちょきをだすわね」

貴美は言った。


その言葉を聞き、僕の夜勤で疲れた体に電気のような衝撃が走った。

これはかなり高度な心理戦を仕掛けられた。

もはや運だけではすまなくなってしまった。

相手が何をだすかを言ってきた。

これを信じるなら、僕がぐーをだせば勝てる。しかしながら、これが嘘だったら。

貴美がちょきを出すと言い僕が勝つためにぐーを出す。だが、その裏をかき貴美がぱーを出すかもしれない。

なら、さらに僕は裏をかきちょきをだせばいい。

だが待てよ。

ここで一つの問題が浮かびあがる。

あなた私の言ったことが信じられないのね。

そう言う貴美の声が脳内をよぎった。

僕は緑のたぬきを食べたいがために妻の信用を一つ失うかもしれない。

それは代償としては大きすぎる。


さて、どうしようか。

僕が悩んでいると貴美は笑みを浮かべた。

な、なんだ、この笑みは。

これが不敵な笑みというやつか。

その笑みを見て、僕は完全に混乱した。

僕は何をだせばいいのだ。

貴美は何を考えているんだ。

そしてその笑みの意味はなんなのだ。


「さあ、いくわよ」

貴美は小さな手を握り、ふりだした。

我が妻ながら、このゲームを完全に支配している。

僕はあとわずか数秒で何をだすか決めなければいけない。

さすがだ、もしかすると貴美はゲームの天才かもしれない。

たしかにテレビゲームも上手い。

カードゲームもなかなかのものだ。

じゃんけんという一見単純なゲームをこれほど高度なものへとわずかな時間で変えてしまった。

「じゃ~ん~け~ん」

貴美が言う。


く、手をださなければいけない。

後だしは無条件での敗北だ。

それが我が家のルールだ。


僕は何を出すか決めなければいけない。

もう考える残りの時間はほぼない。


その時、僕の脳裏に天の声のようなものが聞こえた。

これを天啓というのだろうか。

人を信じなさい。

そうだ、貴美のことを信じたといえばどちらを食べることになっても後から、あなたは私を信じられないのねという嫌味だけは言われずにすむ。

それに僕はもともとうどん派だ。

お稲荷さんと味がかぶるとはいえ、ことあるごとに嫌味を言われるよりはるかにましだ。

「ぽいっ!!」

僕たちは同時に言い、手を出した。


貴美はちょき、僕はぐーをだした。

僕が勝った。

貴美は言ったとおりの手をだしたのだ。

「あなた、好きなの食べていいわよ」

貴美は言った。


はっもしかして貴美はわざと負けてくれて、僕に選択肢を与えてくれたのか。

なんという優しさだろうか。

「じゃあ、赤いきつねにするよ」

僕は言った。

「あら、お揚げさんとかぶっちゃうけどいいの」

貴美が僕の目を見る。

「いいよ、僕はうどん派だからね」

「そう、なら遠慮なく緑のたぬきをいただくわね」

貴美はにこやかに言った。


僕たちはちょうど食べ頃になった赤いきつねと緑のたぬきをすすった。


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赤と緑の選択 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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