棘
naka-motoo
痛い痛い痛い痛い。痛い
「痛い!痛ーい!」
大声とまではいかないけれども声に出してその痛みになんとか耐えようとしたのと同時にわたしのとった行動は、何が刺さったのかを過去の記憶を元に推測することだった。
いや、これだけならば脳内での活動だから行動という風には言えなくて、その脳内で過去の似たような状況と痛みをたぐってみる脳神経の微弱電流程度の動きで仮説を立てたのは、ステイプラーの針がゴミに混じっていたのではないかということだった。
状況を説明すると、わたしは父親が溜めに溜め込んだ廃材やら一升瓶やらビール缶やらを市が運営する資源ゴミ処理センターまで車に積んで運ぶために汚れたそれらを洗浄したり分別したり栓や包装を取り除いたりして準備作業をしていたんだ。
その時に、右の人差し指の右の側面あたりに、何か極めて細くて硬い、けれども針のようにスムースに体内に刺し込まれる類のスマートな痛みじゃなくて、歪んだような感覚と無理やり押し込むような感覚があったのでやや似たものとしてステイプラーの針をリムーバーかこそいで外したかは別として、ふす、と指の中に押し刺し込まれるああいう感触にやや近いとは思ったんだけど、痛点への刺激が、声を二度出さないと耐えられないようなものだったので、まずはそれで痛みをこらえたんだ。
次に、その刺さった何かを取らなくてはいけない、と感じてようやく眼で指を見たんだけどね。
見えないんだ。
いや、物体としてそこにあるのは目でも見えるんだけど、形状が掴めない。
透き通ってるから。
「ガラス」
それは声に出さず脳内でそう言って見て、実際に眼で形状を見るとどうすればいいのか、ほんのコンマ数秒だけ動きをわたしは止めた。
そのガラスは破片などと呼べるような形状ではなく、旧式の顕微鏡で見るためのプレパラートのあの被顕微対象に被せる極薄いシールのようなガラス板をね、数ミリの棒状に縦に切って、それを、ふす、と指に刺し込んだ状態だったんだよね。
どうやらガラスがガラスの結晶の方向に綺麗に割れたその結果の偶然らしくて。
幅は数ミリだけど長さにしたら恐らく1cm以上。
だから指の肉の中まで切れているはずで、その次にわたしが脳内の微弱電流で空想したのはこんな恐ろしさだった。
「指の中のガラスの先がカギ状だったらどうしよう。そしてそれがもし中で折れて指内に残ったらどうしよう」
それは十分考えられたけれども、わたしは反射で行動してしまった。
抜いた。
わたしは冗談という単語を使うのがとても嫌いなのだけれども、ここではそういう解説の仕方しか思い浮かばない。
冗談みたいに血が出た。
わたしが実家の親の介護のための調理作業をする際に包丁で深く指を切ったことは何度かあるけれどもこんなにも血が出たことはなかった。
あるいは実家の前の用水の水に長靴で、とぷ、と浸かって植木バサミと鎌で生垣の剪定作業をする際に鎌で親指の第一関節のシワに沿って深く切り込みを入れてしまった時もこんなには血は出なかった。
作業をしていた納屋のコンクリート床から立ち上がってわたしは台所に向かう。
向かう途中で母親が難病で足を震わせながら体が動かないために階段にストックせざるを得ないタオルを、リハビリのつもりなのか畳んでは広げを夢遊病みたいに繰り返している姿が右目の視界に入るけれどもわたしは指を隠し、台所の既存の冷水のパイプが錆び朽ちて表面をこそぐと錆びごと管の本体が削れてしまうようなところを通ってきた流水で血を洗った。
台所のステンレスの天板に置いてあった布巾に血がこっぽり垂れて後始末がめんどくさいと思考しながら抜いた部分の傷を見ると、肉を折り畳むようにして絆創膏で覆うというか硬く鬱血するぐらいに三重ぐらいに巻けば止血と肉の融合はできるだろうと判断した。
ガラスが指の中に残っていなければの話だ。
この間の全国版のテレビニュースで重篤な感染症のためのワクチンのアンプルに異物が混入しており、筋肉注射であることからそのロットを打たれたひとは生涯どのような健康上の影響があるかわからないものを体内に入れたまま過ごすことになるかもしれないというようなことを言っていたけれども。
わたしの体内にガラスが残ったかもしれない。
筋肉の中に残るだけならいいけれども、もしもガラスの結晶が血管に入ったならば。
それが心臓に到達したとき、何が起こるのだろうか。
あるいは脳に到達したとき何が起こるのだろうか。
ましてやもしもなんらかのはずみで。
ほんとうにはずみで。
涙に混じった場合、傷がつくのは涙腺だろうか。
それとも眼球だろうか。
わたしはその時、なんと言って痛みを耐えるのだろうか。
二度ではなく、三度言うのだろうか。
痛い、痛い、痛い、と。
ははっ。
痛い三唱だ!
バカが。
棘 naka-motoo @naka-motoo
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