第3話 要塞都市③
カギトから聞いたお話だ。
カギトが東の町から今の町に移ったのはトクトが心配で来たのではない。東の町が伝染病で全滅することをいち早くわかっていたからで、一足先に逃げて来たそうだ。
当時同じ職場だった同僚たちが次から次へと感染していく姿を録画していた。気が狂うんじゃないのかと必死で胸に手を置きながら仲間が死んでいくのを黙ってみていたそうだ。
東の町から脱出し、同僚たちが必死で「化け物」と言っていたのは、伝染病からなる幻影のことで、カギトが化け物に見えたことから、彼らはそう叫んでいたそうだ。
東の町を脱出して、トクトに寄り添い、東の町での惨劇をただただ黙ってみている事しかできなかったという。
「――それで、俺はこのことを公表するべきだとトクトと相談したんです。」
「なに? このことは黙っておけ!」
「しかし……」
「もし東の町の惨状をこの町の住民に聞かれてみろ、パニックだ。町長と副長は俺達二人しかいない。つまり代役がいないんだ。そんな状況でこのことを報じてしまえば、いずれ……俺たちは……」
「――俺は恐ろしかった。いつもは明るくて真面目で優しいトクトがあの時だけ、鬼のような形相をしていた。だから……だから……俺は、なにもしてやれなかったんだ…!!」
「それで、私たちに東の町に調査するよう仕向けたのは?」
「トクトだ。俺はなぜそんなことをするのかと聞いたが、トクトは――」
「東の町に行かせている間、伝染病のことを広げておくんだ。もし、仮に発症したとしても奴らのせいにできる。なにせ東の町にさえ行かなければ拾ってくることさえないんだからな」
「――と。俺は止めたんです。ですが、トクトには昔から敵わなかった。喧嘩でも口喧嘩でも俺は必ず負けた。アイツは、あなたたちを感染者にするように仕向けたのです……」
カギトは涙目ながら訴えていた。ずっと堪えていたナニカが溢れてきたのだろう。
「それで、私たちにいったい東の町で何を盗りに行かせたのですか?」
トクトは重い口を開いた。
「本です。ある男から託されたものです。その男はおそらく、あなたたちが探している人物だと思います」
「師匠が、ここに来たのですか!?」
「正確には、東の町です。この町には来ていません。トクトの指示で口を合わせただけです。話しを戻します。その本は”後から来る弟子に渡してくれ”と預かりました。見た目はただの絵本でしたので、図書館に預けておきました。もちろん、ちゃんとした場所に保管させてもらいました」
俺はあの本かとレイに目をやった。彼女の表情は確信に変わった。胸に手を置き、
「すべてはわかりました。カギトさん、あなたの身は私が守ることを保証します。おそらくですが、トクトさんは、あなたを消すはずです」
フッと鼻で笑う。
「分かっていますよ。そんなこと。これもトクトの指示通りです。こんなばからしい茶番までして、本当にトクトは俺を信じているんですよね」
「あなたは……いったい……?」
カギトは立ち上がり頭を下げた。
「申し遅れました。私の名前はカギトではなく、レクイエムと申します。すべてはあの”お方”のためにやったことですよ」
レクイエムはその言葉を言ったあと手を差し伸べる。
「悪いことは言いません。あの本を渡しに返してもらえないでしょうか?」
「レクイエム……? あなたは何者なの?」
「これはこれは申し訳ない。私はこの世界を支配する女王様の配下でございます。もとよりカギトと入れ替わる形で異世界からの来訪者を追い出す仕事をしていたのですよ。もちろん、本物はすでに東の町で亡くなられております」
「それじゃ……トクトは……?」
「あのお方は最初から私の操り人形ですよ。東の町で町長していたので、感染症で死に私が代わりに連れてきたのですよ。もちろん、この町の住民は入れ替わったことなんて覚えていないでしょう」
じゃあ、すべては茶番だったという事なのか。レクイエムが言うように最初から騙していたということなのか?
「師匠から譲り受けた本をどうしてほしがる!? あのとき、お前は本を手に入れたんじゃなかったのか!?」
「ああ、それでしたら……本物のカギトが手にしたのですよ。私はあくまで本人から話しを聞き、回収しに行ったのですが、なにせあのありさま。まして、ゴーレムが徘徊しているうえ、空間が歪んでしまっていました。あのまま探索していれば、女王様の任務に支障をきたしますので、あのままにしていたのですよ。東の町へ代わりに探索してくれる来訪者をずっと待っていたのですよ。何人か来ましたが、皆さん警戒心が強くて、だれも指示に従ってくれませんでした。
今回もダメだと諦めていたんですよ。しかし、トクトの昔の記憶でしょうか……”東の町”のことと”師匠”という言葉を口にしてくれたおかげで、あなたたちは協力してくれました。あのときは焦りましたよ。なにせ、トクトから本当のことをしゃべってしまうのではないかとヒヤッとしましたから。おかげで任務を遂行していただき誠に感謝しています」
「――そこまでしておいて、なぜいまさらになって本当のことを話す? それともそれも嘘なのか?」
「いえ、真実ですよ。私こう見えても女王様の前では嘘をつかないことにしているのですよ」
「一つ質問していい?」
レイが冷静に尋ねる。
「なんでしょうレイさん」
「この町はどうなるのです? 聞いた話だと、住民全員を催眠術かなにかで操っているにしか聞こえないんだけど」
「ええ、その通りですよ。ここの住民は他の町からの避難者をかき集め幻を見せているにすぎません。私が少し操作すれば、住民は周りが化け物に見え、怖がるなり襲い掛かるなりパニックになるでしょうね」
クククッとレクイエムは鼻で笑った。
「そんなことはさせない!!」
俺は立ち上がり、タブレットからカードを一枚引き抜く。
「おや? 戦うのですか? この状況で?」
「やめるんだニャ!!」
チノルが俺を止めに掛かった。
「なぜ止める!」
「さすが二足歩行の猫のくせに力量をわかっていらっしゃる」
チノルをバカにしたような口ぶりに俺は冷静ではいられなかった。チノルの腕を振りほどくようにしてレクイエムに向かってカードを発動しようとしていた。
そこにレイは続けて冷静に聞いた。
「それで、あなたたちの目的はなに? 私たちから本を回収して、さよならというわけではないでしょ?」
レクイエムは立つのが疲れたのか椅子に腰かけた。
「……私はあくまで中立にいたいのですよ。でも、契約上、女王様の約束が果たさなければどうにも自由になれないのですよ。私これでもまだ七十代なんですよ」
どう見ても二十代にしか見えない。
「あなたたちと違い長生きできるのですよ。でもまぁ、呪いに近いかもしれませんね。私は、あなたでいう師匠を探しているのです。あなたの師匠はいろんな世界を旅をしては、いろんな魔法道具(アイテム)を置いていくのですよ。その中に、私の呪いを解く魔法道具もあるのがわかりまして、ずっと後を追いかけて探しているのです。もちろん、この仕事が終わり次第、旅を続けるつもりです。
ここの女王様はかわいそうな人ですよ。ずっと同じ時間を繰り返しているんですから。
あ、私ですか? 本をもらい次第、女王様に届けてこの世界から移動するつもりですよ。女王様はなぜか、あなたたちに興味がありそうなので簡単に見逃してはくれませんでしょうが……まあ、いいでしょう」
レクイエムは再び立ち上がり手を差し伸べながら「さあ、本をよこしなさい」俺は我慢できずについ口を滑らしてしまった。
「渡すかボケェ!!」
レクエイムは頭を左右に振り
「そうですか、仕方がありませんね」
と身を構えた。
俺達も身を構えた。レイやチノルからは明らかに表情が険しくなった。いかせん俺は魔力感知が苦手だ。相手の力量がさっぱりわからない。だが、二人にはわかっているようだ。穏便に済ませたいようでレイはずっと冷静を装ってパニックになるのを黙っていた。チノルは俺を止めに入っているものの焦りと緊張から魔法の杖を手放さずにいた。
女王様といい、レクイエムといい、この世界でいったい何が起きているというんだ!!
レクエイムの指が動き出したと思った瞬間に俺達の体は遥か上空に吹き飛ばされた。それまであったはずであろう建物はあとがたもなく消し飛んでいた。
俺たちはレイの魔法によって上空で浮遊することで地面に叩きつけられることはないと安堵したのもつかの間、レクイエムは黒い翼を羽ばたかせ、俺達とは別の方角へと飛んでいった。それは西だ。西の方角に崩れかけた白い卵型のドーム状の中にうっすらと建物が辛うじて残されているのが見えた。
俺たちはレクイエムを追いかけようとしたが、その前にレクイエムは腕を大きく広げ、俺とレクイエムの間に巨大な竜巻が発生した。俺達は竜巻の中に吸い込まれそうになったが咄嗟の起点でチノルが俺達を弾いたおかげで竜巻の影響を受けずに逃れることができた。
だが、落とされた場所は北に位置する町だった。
**
「ここは……」
俺たちは北の町に振り落されていた。レイのクッション性の魔法のおかげで体には大したダメージはなかった。
だが、レイやチノルは疲弊していた。無理もない二人とも無理に魔法を使わせてしまったからだ。
特にチノルは文字魔法以外ではほとんど使えないはず。それを空中でやってのけたために息するのもやっとだろう。
「みんな……いますぐ、ここから移動するぞ」
俺は二人を抱きかかえ、その場から逃れる。もし、ここにレクイエムの配下が来ていたとしたら、今の俺達では絶対に敵わないからだ。まずはこの場を離れないといけない。
しかし、先ほどの衝撃で町が騒がしくなるどころか一人っ子出てこない。この町は東と同じで廃墟のようだ。
俺は比較的崩れてはいない廃墟に侵入し、二人をベッドの上に寝かせた。
ただ違うことは、このあたりに建物が全くないことだろうか。おそらく、先ほど見たあの白い球体の下なのかもしれない。それかもしくはあの球体自体が地下から隆起(りゅうき)してできたものなのだろうか。
とにかく今はこの町を離れることを優先しよう。レイたちの体調を考えるのなら急いだほうがいい。
「主人公……師匠から頼まれていたことがあるの…ニャ」
「おい、起きて大丈夫なのか!?」
チノルの顔色があまり良くない、相当体力を消耗しているはずだ。
「うん……その本……を……」
そこで力尽き、意識を失ってしまった。
「師匠……なんだよ頼み事って……それに、お前まで気を失うなよ……くそ!」
俺も疲れているんだろう。頭がうまく働かない。こんなときになにか思い出せないなんて最悪すぎる。
そのとき、「誰か助けてくれぇえ!」どこからか助けを求める叫び声が上がった。どうせ幻聴だろうと最初は思っていた。
しかし
「だれか! だれかいないか!」
またも、悲鳴が聞こえてきた。俺はすぐに立ち上がろうとしたが足に力が入らない。さっきの衝撃のせいか俺は両足の感覚が鈍くなり立つことすらままならなかった。
レイに至っては疲労困ぱいのため動ける気配がない。「くぅ……」情けない自分に腹が立つ。
俺はその場に倒れこみ力尽きる。誰かがずっと声を上げているが、瞼すらも開けるほど力が足りない。
***
目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。真っ白い…ここは天国なのか? いや、俺は上半身を起こし辺りを見渡した。俺と同じようにベッドの上に横たわるレイとチノルの姿もあった。
「気づいたようだね」
女の人の優しい声が聞こえる。窓際に立っている女性がこちらを見ながら両手を組み、足を交差して立っていた。
俺は慌てて立ち上がった。
「いつつつ!!」
思わず足を両手で抑え込んだ。あのときの怪我はまだ完治していないのか痛みが増した気がした。
女はゆっくと近づき俺の足に触れた。
「かなりひどい怪我をしていたから回復薬で治療はしたけど……まだ動けるまで時間がかかりそうね。もう少し休みなさい。ここは安全。怪物はいないから」
女の人は立ち上がり部屋の電気を着るなり、「なにかあったら、呼んで。隣にいるから」と戸を開けた。
「待ってください。あなたの名前は……」
「私の名はルルカ。君の名前は」
「主人公だ!」
ルルカはクスっと鼻で笑うと
「冗談はやめなさい。本当のあなたの名前を聞きたいのよ」
俺は真面目に答えた。
「それが、あなたの名前なの? 変わった名前ね」
「よく言われます」
「まあ、いいわ。薬はここに置いていくから自由に飲んでね。あと、食べ物はチューブ状の携帯食料だけから、それしかないからごめんね。それじゃ、おやすみ」
そう言ってルルカは扉を閉めた。
俺たちはまだ傷が癒えない。レクイエムの言動も気になるが……、しばらくは動けそうにもない。体を癒し、必ず奴らのところに行く。おそらく、師匠のありかを何か知っているのかもしれないから。
終末次元旅行 黒白 黎 @KurosihiroRei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。終末次元旅行の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます