かえるもの
焼いてくれないのかよ。
縁側から庭へと放り込まれた九尾の妖狐の眼前には、いつのまにやら烏天狗の風によって集められていた銀杏の葉や実の山があって。
即座に硬直を解いた九尾の妖狐は倒れていた身体を起こして狐火を発生させたが、銀杏の山に発火させることなくその場で土下座をした。
その衝撃で銀杏の山は崩れた。
「巴さんをおまえと勘違いしてすまなかった。おまえに気付けなくてすまなかった。あの時手を離してすまなかった。迎えに行けなくてすまなかった。自分磨きに時間がかかって。自分磨きの最中ですまない。外見も変わってすまなかった」
はあ。
烏天狗の溜息とも返事とも取れる一言に、九尾の妖狐は大袈裟に肩を鳴らした。
烏天狗は立って九尾の妖狐を見下ろしたまま、静かに口を開いた。
「俺も手を離してすまなかった。けど、まあ、一度離れた方がいいと思った。言っとくが、別れるつもりは毛頭ないからな」
「はい」
「巴さんにわざと俺の匂いを山ほど残したのは、巴さんを護るためと。まあ、おまえを試す意味もあった。十割十分、勘違いするとは予想していたから失望はしていない」
「面目ない」
「外見もいい。おまえがそうなりたかったなら」
「はい」
「自信がないのもいい。多分だけど、おまえはずっと自信がないままだ。この長い月日の中旅をして気付いていると思うが。どれだけのものを身に染めようと。例えば誰もが。俺が完璧だと褒め称えたとしても」
「はい」
「けど、俺の手はもう離すな。まあ、その前に俺が離さないが」
瞬間、蛙よろしく、ガッと勢いよく飛び跳ねた九尾の妖狐は烏天狗に突進する勢いで抱き着き、両の手を背中に回してきつく抱きしめた。
「もう離さねえ」
「おう」
抱きしめて失敗したと九尾の妖狐は後悔したが、今はめいっぱい密着させていたかったので、離しはしなかった。
例えば今、過去も未来も拝めはしないだろう笑顔が見られなかったとしても。
(ううううう)
そもそも烏天狗にもめいっぱい抱きしめられているのでどう頑張っても見られないわけだが。
「ただ浮気は二度までだ。三度目があったら今度こそ本当にさようならだ」
「えっちょっちが、ちがうって!」
ぼそりと呟かれた離縁宣告に隠していた耳も尻尾も飛び出すばかりか、九尾の妖狐から分離すると言わんばかりに外へ外へと伸び続けてしまった。
(肝に銘じろばーか)
烏天狗はくすりと笑って、御馳走するものが増えたなと思いながら目を瞑った。
久方ぶりの九尾の妖狐は火傷するのではないかと予想していたのに、驚くほど心地いいぬくもりだけがそこにはあった。
一週間巴の家で寝泊まりしていた烏天狗は九尾の妖狐と共に、双方の長に挨拶に行くと言って、しばしこの家から離れることにしたのだ。
妖怪と人間の時間の感覚は違う。
もしかしたら巴と話せるのは最期かもしれないと、烏天狗も巴も互いの身体を大事にするようにと、知恵袋と土産をいっぱい行き交わせている間、九尾の妖狐はにやりと挑戦的な笑みをりんごの妖精、もとい、リヨンに向けては胸を張った。
「光栄に思えよ、リヨン。俺に食してもらったおかげで俺もおまえももっともっと美しくなるぞ」
絶句。ついで、呆れ。苦笑。無言で九尾の妖狐から薄雲がかかる空を見上げては軽く冷たい空気を身に取り入れて間を置き。
リヨンは真正面を向いては、美しい微笑を湛えて言ってやった。
「次に帰ってきた時に美しくなかったら、巴さんがどう言ったってこの家の敷居は跨がせないから覚悟しなさいよ」
九尾の妖狐と烏天狗は手を高く上げて、巴はいっぱいいっぱい手を振って、リヨンは上品に手を振って。
「「行ってきます」」
「「行ってらっしゃい」」
見送って、見送られた。
「銀杏さん。また騒がしくなるようよ」
「ああ。リヨンさん。巴さんが喜ぶな」
(2021.11.24)
錦上花を添う/りんごのいと 藤泉都理 @fujitori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます