てをつなぐもの
「これ、お土産です」
「ありがとねえ。後で一緒に食べようね」
「はい」
九尾の妖狐を横切り、丸くて白い箱に入った栗パイを手渡した際に、巴に目線で以て九尾の妖狐と話してらっしゃいと優しく諭されて苦笑を零した烏天狗。深々とお辞儀をして石化してしまった九尾の妖狐の首根っこを掴まえては微かに床から浮き立たせて、引っ張りながら縁側へと向かったのであった。
「りんごの妖精さん。回転焼きはここで先に食べようか」
二方を見送ってのち、巴は背もたれのない小さくて丸い椅子をりんごの妖精の前へと置いては、自身も林檎の妖精の横に同じ椅子を置いて座り、シンク台に置いていた皿を持って、回転焼きはどれがいいかと尋ねた。
「きっと長丁場になるだろうから、栗パイは夕食後に頂くことになると思うんだよ。だから、夕食作りを手伝ってもらっていいかい?」
「ええ」
りんごの妖精は黒餡を、巴は白餡を選んで、ゆっくりゆっくりとしばし無言で食しながら、目は前の食器棚に、耳は互いと縁側へと向けた。
無言を破ったのは、りんごの妖精だった。
巴が先に食べ終えてから、淹れたばかりの熱い緑茶をりんごの妖精に手渡した時だった。
りんごの妖精は座ったまま身体をまるごと巴へと向けたので、巴もまたりんごの妖精へと身体をまるごと向けた。
喉が焼けそうなほどに甘い黒粒餡の回転焼きも。
密着させれば手が火傷しそうな緑茶の湯呑も。
自由になれて、美しいものの傍にいられて、今は、浮足立ったこの身では翻弄され続けているだけだが。
「巴さん。家にお誘いいただいたばかりなのに、不躾なお願いをすることをゆるしてください。もちろん、嫌だと思ったら断って」
「はいな」
陽だまりのようだ。
目を細めたりんごの妖精は気づかれぬように胸中で大きく息を吸っては吐いて、シンク台に湯呑を丁寧に置き、やおら巴の湯呑を掴む手をやわく包み込んで。
とてもやわらかくほほえんだ。
「美しいものには美しいものが集まるわ。銀杏も。九尾の妖狐や烏天狗があなたの元に集まったように。私は。私ね。美しいものが好き。大好き。あなたも、あなたの周りもすべて美しいの。だから。だから、ここに一緒に住んでいいかしら?」
「ああいいよ」
間髪入れずに応えられたりんごの妖精。くしゃりと顔を歪ませた。
本当は。
本当はずっと望んでいたのかもしれない。
この人の傍に。と。
実を食してもらえたなら、叶えられたのかもしれない。
けれど、どうしてか。
その気が微塵も起きなかったのは。
「巴さん。ありがとう。でも。もうちょっと考えた方がいいわ。あなた何でも受け入れ過ぎじゃないかしら」
「あの世のじいさんにいっぱい土産を持って行きたいからね。それに。いいや。それよりも、生きていたいからね。私の生き方がこれなんだ」
うん。
いつのまにか包み込まれていた手を認識した瞬間。
深く頷いたりんごの妖精から一筋涙が伝ったかと思えば、とめどなく流れ落ちてきた。
あらあら。
巴はエプロンのポケットからハンカチを取り出して、そっとりんごの妖精の頬に添えた。
りんごの妖精はその手を頬に押し付けてはもう片方の巴の手を繋ぎ、そっと瞼を閉じた。
「巴さん。ごめんなさいね。強欲で。お願いがもう一つあるの。私の名前をつけてくださらない?」
「じゃあ。うんと頭を悩ませないとね」
「ええ。でも今日中にお願いね。あの二方に胸を張って言いたいから」
「うわあ。難しいねえ」
「ふふっ」
(2021.11.24)
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