乙女座から愛してる。
みらいつりびと
第1話 乙女座から愛してる。
新月の夜、星灯りだけが地上を微かに照らしていました。
ひばりは草叢の中で息絶えたように深く眠っておりました。
記憶しているふたつのダイヤルのうちのひとつを回しました。
「
「令爾令! 悲愴な声ですわね。どうされましたの?」
令爾令は地球に住む高校三年生の女の子。地球で一番可愛い子です。
莉羅野莉羅は令の従姉で、大学一年生だった女性。天国で一番美しい人です。
ふたりはとても仲が良く、つがいの白鷺のようでした。
「あたし先程、
真理緒真理は乙女座にいる大人の女性。乙女座で一番尊い方です……。
令は地球環境守護公社社長のひとり娘です。
ぼろぼろに壊れた地球を百年に渡って立て直し、いまも護りつづけている公社。
気高い理想を実現しようと日夜活躍している
美しく成長して、中学生のときから地球環境守護アイドルとして歌ったり、踊ったりしています。高校生になったころには、その人気は世界連邦随一になっていて、地球で一番可愛い女の子と多くの人が認めていました。
令のマネージャーとして、彼女を影から援けていたのが、ひとつ年上の従姉、莉羅でした。
莉羅の父親は澪の兄、
令爾雷は人類を守るため、公社軍を率いて莉羅野師団を撃滅し、羅理を殺したのです。
令爾家は忘れ形見の莉羅を引き取りました。
莉羅五歳、令四歳のときのこと。
令はふさぎ込んでいた莉羅を光でつつむような清らかで明るい幼女でした。
「りらちゃん、たんぽぽのわたげをとばしてあそぼうよ!」
「…………」
「りらちゃん、サワガニがかわいいよ!」
「サワガニ見たい……」
莉羅の凍っていた心は令の光で溶けて、ふたりはたいていの実の姉妹よりも仲がよくなりました。
莉羅はパパを殺した雷をけっして許すことができませんでしたが、令を見ること天使のごとくで、令爾家でしあわせに暮らすようになっていったのです。
令が可愛らしさ無比の女の子だとしたら、莉羅は麗しさ無双の女の子でした。ですが、彼女は成長しても、表舞台には出ませんでした。ほとんどの人類から怖れられ憎まれていた羅理のひとり娘。彼女は黒子に徹して、アイドル令をささえつづけました。
「今夜は地球一大きいトキオドームでライブですわよ。がんばって、令」
「莉羅が見守ってくれているなら、土星の環でだって歌えるよ!」
令はさらさら黒髪ショートで、すらっとした子鹿のようなスタイル。小顔で童顔。男性からも女性からも圧倒的な支持を受けている美少女。
莉羅は銀髪天然パーマで、メリハリのあるスタイル。パワフルな胸で、腰はきゅっとくびれています。顔立ちだって、令に劣らないほどの美少女。でも彼女は極力目立たないように振る舞っていました。令の侍女のごとく。
令がなんの憂いもなくアイドル活動に打ち込めるのは、莉羅がいるおかげでした。
ああ、でも半年前、月面基地ライブハウスで自爆テロがあったとき、莉羅は身を挺して令を守り、亡くなったのです。
令爾令高校三年生、莉羅野莉羅大学一年生の春のことでした。
乙女座スピカ系パール星は、地球環境を守護する技術を提供しつづけてくれている百年前からの友好星です。
その若きクイーンが真理緒真理です。
腰まで届くピンクのストレートヘア。気高くも美しいご尊顔。愛情深きお人柄。パール星人すべてが真理を愛していると言っても過言ではありません。
令は中学二年生のときから、地球と乙女座パール星の友好大使をつとめ、三次元像を乙女座に送って、かの地でもアイドル活動をしていました。
地球人とパール星人は似た姿と文化を持っていました。
令は乙女座でも大人気。クイーン真理は彼女にひとめ惚れしました。
【令爾令、きみはなんて可愛らしいんだ! 素敵な声をしているんだ! キレッキレのダンスを踊るんだ! 私とつきあってほしい……】
令はまだ生きていた莉羅に相談しました。
「真理さまから交際を申し込まれたの。あたしはどうしたらいい?」
「あの尊い方からのお申し込みを断ることは選択肢にありませんわ。パール星は地球を護る要の技術を提供してくれているのです。それだけだけじゃないわ。あの方は素晴らしい女性。より素敵な人なんていない。お受けすべきよ、令」
「でもあたしが好きなのは……」
「だれか好きな人がいるの?」
「……いや、特にいるわけじゃないよ。わかった。真理さまとつきあう」
こうして、令が中学二年生のとき、真理とのつきあいが始まりました。令は三次元像を送ったり、星間通信でしゃべったりしながら、真理とデートしました。
真理は大海のように懐が広く、大阪芸人のようにユーモアを持っていました。令は実は別に愛する人がいたのですが、真理とのデートを楽しむようになっていきました。
【ああ、ああ、きみといられて、私はこの上なくしあわせだよ。きみがいなくなれば、私の心臓は肋骨を突き破って、地球まで飛んでいってしまうだろう!】
【真理さまはいつもおおげさなんだから……】
【おおげさなもんか。さどおけさだよ!】
【くふっ、地球文化を誤解されていますよ。意味がわかりません】
莉羅が亡くなるまで、令はしあわせでした。
令は真理を水晶のように気高く想い、真理は令を真珠のように大切に想っていたのです。
それはお互いにびんびんと伝わっていました。
遠い光年隔たって、本当には顔を合わせたこともありませんが、その想いだけは伝わり合っていたのです。
ふたりは右手と左手のように両想いでした。ただ、令にはもっと愛している人がいたのです……。
天国に行った莉羅野莉羅。
天国と地上とは、『天地電話』でだけ繋がっていました。
もう身近に手助けすることはできませんが、お話しして、莉羅は令を励ましつづけました。
「がんばって。あなたは地球の希望よ」
「莉羅、会いたいよ……」
「だいじょうぶ、わたくしはいつでも令を見守っていますわ。心は一緒よ!」
「うん。ありがとう、がんばるよ……」
真理も落ち込んでいる令を励ましていました。花のような笑顔を取り戻そうと努め、力づけていたのです。
そして、ついに星間通信でプロポーズ!
女同士なのにって?
いつの時代の話をしているのですか?
「プロポーズ! その台詞を教えてくださらない?」と莉羅は訊きました。
「真理さまはこう言ったわ。『令爾令愛してる。絶対零度の宇宙空間でもこの愛は冷やせない。結婚してくれ……』。星間通信でそう甘く囁かれたの」
「それでお返事は?」
「まだしてない」
「なぜです? ふたりは相思相愛なのでしょう?」
令は返答に窮しました。地球と乙女座は遠く隔たっていて、同居結婚生活を送ることはできませんが、それは結婚しない理由にはなりません。星間別居結婚生活を送れば良いだけだからです。別居結婚生活は別に珍しいことではありません。
「理由は……」令は淀川の流れのように言い淀みました。
「理由はなんですの?」
「真理さま以上にお慕いしている人がいるからよ……」
莉羅は零言絶句しました。令が真理以上に慕っている人。心当たりがありました。
「だれなのです?」
「あたしの口から言わせるつもり?」
地上にいる令爾令は天を仰ぎました。
天国にいる莉羅野莉羅は地を見下ろしました。
「わたくしなのですか?」
「そうよ。莉羅を真理さま以上に愛してる。結婚相手はあなた以外には考えられない」
令は長年隠し通していた気持ちをついに明かしました。隠し切れてはいませんでしたが。
「でも……」莉羅は三途の川が予想していたより濁っていたことをふと思い出しました。「わたくしたちも同居結婚生活を送ることはできないのですよ。この『天地電話』でしか繋がっていないのです。乙女座は冷凍睡眠をして宇宙船でゆくことができますが、天界と地上は次元的に隔離されていて、けっして行き来できないのよ……」
令爾令は沈黙し、莉羅野莉羅も沈黙しました。世界中が黙り込んだみたいでした。コオロギすら鳴いていませんでした。
「ひとつだけ方法があるわ」
「だめですわ。その方法はだめ」
「自殺するわ」
「だめよ。もう切りますわよ、この電話」
「天国へゆくわね、あたし」
「『絶対命令』を発動します。絶対命令、令爾令は寿命以外で死んではならない!」
天地通話が切れました。
「ああ、莉羅野莉羅……!」
令はまだ受話装置を握っていましたが、もう電話は天国には繋がっていませんでした。
令は乙女座に星間通信を送りました。
【真理緒真理さま。令爾令です】
【おお、愛しい令よ。私と結婚してくれるかい?】
遠く離れていても、真理の声は明晰に令の脳に聞こえていました。その声はカッコウのように高く響いていました。
【ごめんなさい。結婚はできません】
びりびりびりとノイズが走りました。
【なぜだ? 私たちは愛し合っていたのではないのか?】
【愛しています】
【では結婚しよう】
【できません。できないんです】
【なぜだ?】真理緒真理の脳声は悲痛でした。
令は本当のことを告げることはできませんでした。もう死んでしまっている莉羅野莉羅をいまも愛しているからとは言えませんでした。
【あたしは普通の同居結婚生活に憧れているんです。乙女座にいる真理さまとは結婚できません】
令は星間通信を切りました。そして脳の深いところに刻まれている星間ダイヤルを強い意志で切り刻みました。友好大使もやめようと決意しました。三次元像は二度と送らない……!
地球もパール星もどうだっていい。真の愛だけがあればいい。
もう乙女座とは連絡できません。
電話柱の中で、令爾令は無音で泣きつづけました。
寿命が短ければ短いほどいい、と彼女は思いました。
乙女座から愛してる。 みらいつりびと @miraituribito
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