16

「ごめん」

「何も分かりません。それでは」

「俺が悪いんだよ」

「謝罪を求めている訳ではないです」

「そうだよね」

「私は、そう、急に態度が変わってしまって、少し寂しかった」

「態度?」

「顔が暗くなっていて、駅のベンチで座っている坂口をみて、どうしたのかとおもいました」

「申し訳ない」

「謝らないでください」


 終始俺は謝っていて、乾は謝るのではなく、何をその時俺が思っていたのか執拗に聞きたがっていた。なんとなく、乾は怒っていて、俺は怒られていると思った。乾の手元にあった、アイスコーヒーはあっという間に空になっていて、溶けた氷の分まで飲み干していた。今日の乾は本当によく話すなと思った。


「だから、私の事は、、、、」


 乾の言葉が若干つまって、そこで乾は目線を下げた。

 テーブルの方を向いて、じっと黙って、俺と同じく両手を膝の上に乗せて、少し震えていたと思う。


「俺が悪かった。乾の事を、何も見ていなかった」


 乾が俺と同じ様子になって、それから、俺は自分の口を開いた。友達とは何かなんてわからない。そんな事はどうでもいい事に気が付け、俺は。と思いながら、自分の言葉で乾の質問に返していけ。自分を鼓舞しながら、少しずつ俺は自分の口を開いて、先週の土曜日から何があったのか、を伝えていった。


 乾と土曜日に遊んだことは本当に楽しかったけど、そこから、自分の思い込みで乾の心を邪推した。乾が起こしてくれた行動じゃない所で、表情で、雰囲気で、勝ってに不安になって、乾は俺の事が嫌いとか好きではなくて、何も思っていないんじゃないかと勝手に思って、それを何も言わずにぶつけてしまった事を。

 

 本当にこんなことを自分でいう事ができるのが珍しいくらいに、俺は素直になったと思った。でも、それを乾がどう思ってくれたのか、許してくれたのかは分からない。


 「でも…おれは、高校で唯一、乾、きみと、友達になりたかった」


 言えた。本当に、それだけ、この気持ちが恋愛なのかとかそういうのはよく分からない。

 

 「だから、乾が俺に好きな物を教えてくれて、それだけじゃなくて、俺の事を知ろうと思ってくれている事が、本当に嬉しかった。初めての経験だったから。でも、俺には何もなかった。だから、俺にとっての唯一続けてきた事。を乾に見せたんだ」


 一言一言選んでいるつもりが、いつの間にか脳みそで考えているような速度で、声で話していた。自分ではできなかった事。誰かと話す時に、いつも距離を勝手において、自分はクールに気取って、混ざりたいけど、混ざれないみたいな中途半端な気持ちで人間関係が嫌になって、自分と只管向き合う事で、時間を潰していた。あの時とはちがった、俺の言葉が、口からちゃんと出た気がした。


「俺は、」


 言いかけたところで、乾が俺の口を抑えた。両手で、飛び出して、俺のトレイの上にあったアイスコーヒーが盛大にこけて、テーブルの上に散らばった。


「…ごめんなさい」


 乾は両手を解いて、すぐさま店員に拭くものを貰いに行った。濡れているのは乾の方だったので、俺は乾の服を引っ張って、座るように言った。俺は店員から、布と大量のキッチンペーパーをもらってきて、水をふき取り始めた。乾は、珍しくおろおろしていて、自分でも何をしていいのかわからない様子だったので、トイレで服の隙分を取ってきたらと助言ついでにトイレットペーパーを取りに行ってほしいと頼み事をした。


「…」


 ちょっとだけ冷静になると、女の子に口を抑えられる事なんてなかったので、本当にびっくりしていた。いったい何だったんだろあれと思いながら、自分の口がくさくなかったのかと、手を洗ってくるように言えばよかったなと思いながら、拭き終わって出来た大量のゴミをゴミ箱に捨てて店員さんに頭を下げた。この店にはもういられないなと思ったので、出る事にきめて、乾が戻ってきたタイミングで、「一回外に出ようぜ」と声をかけたら、項垂れた乾が首を小さく縦に振ってついてきた。


 今日の乾の服装は、襟が丸くて白いけど、黒を基調としたワンピースだった事と、液体は見事に床に飛び散っただけで、かかったのかワンピースの下の方だけだったので、よかった。靴下は少し黒くなっていたけど、乾に確認したら別に問題ないとの事だった。


「なんで口を抑えたの?」


 何気なしに聞いてみたけど、乾は何も答えてくれなかった。


「…私の、話を聞いてくれた」

「え?」


 乾が何か言った気がした。多分俺は聞こえていたのに、聞き返していた。


「私の話を聞いてくれたから」

「…」

「ありがとう」


 俺は自分の話をしている最終に遮られたので、なんだか乾の中にも言語化できない感情があるのかなと思った。ふらふらとあるいていると、いつの間にか商店街を抜けて、住宅街に向かう路地に入っていて、誰もいない小さな公園があった。昼間の土曜日から、こんな小さい公園に遊びに来る子供たちもいないのかなと思いながら、俺は、ブランコに乗った。久しぶりに乗ったブランコはなんとなく楽しくて、乾も漕ぎ出していた。ワンピースだからという心配もあったけど、別にいいかと思った。小さい子供だった時はそんなの関係なかったし、友達もそういえば、小学生の時は一杯いたじゃないかと思った。あいつらは今何をしているんだろう。

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