15
土曜日になった。
今日は乾を待たせないように、早目にカフェについていた。今日はフランクに自分のいつも来ている服を着ていった。わざわざ着飾った所で、それは自分の素ではないと思ったし、逆に乾に失礼だと思ったからだ。
自分の何を見せるのか、それはもう決まっているから、それを見てもらうだけだった。待ち合わせの場所に、待ち合わせの時間前に乾は当然のごとくやってきて、久しぶりに乾と顔を合わせたら、なんだかいつもよりかわいいなと思った。
乾が自分の飲み物を買ってきている間に、俺は家から持ってきたiPadを開いて、自分のスマートフォンと同期させたメモ帳を出した。出したメモ帳の中身は全部見せずに、自分がメモ帳を書き始めた動機みたいな物を綴った一番最初に書いた文章を出した。
「お待たせしました」
乾は敬語を時折使っていて、でも人の呼び方は雑で、自分の行動で相手を振り回すのが好きなのか、そうじゃないのか分からないけれど、でも、心の底では大事にしているのか、人の事をどう思っているのか、分からないそぶりだった。それが俺にとっては、苛立ちではなく、ちょっとした緊張と、興味を惹かれるような、そういった存在として機能している・・・とか考えたら俺は乾の事をまるで人間じゃないみたいに思っているけど、でも、実際そういう形で、他の人にはない魅力に俺は惹かれたんじゃないのか。とか、色々考えている間、乾は俺の顔を一心に見つめてきた。
「乾に、見せたい物がある」
思わせぶりな言葉を吐きながら、自分のメモ帳を見せた。正確にはiPadのメモ帳の文章だけど。パッドを両手で持った乾は、メモ帳の文章を読み始めた。これは何ですか? とかそういう一言も何もなく。じっとスクロールしながら、俺の書いた初めての文章を読んでいた。書いてある内容は、偉く単純で、なんでこのメモ帳をかきはじめたのかという日記だ。日記を読ませている。高校で初めてあった女の子に。
冷静に考えるととて恥ずかしい行為だと思った。
俺はいったい何をしているんだろう。まるでポエムを読ませて、何が書いてあるのか分からないみたいじゃないか。しかも、乾は内容なんてどうでもいいと思っていて、書いてある内容ではなく、文字が書いてある物ならなんでもよかった。そういっている相手に見せて、ってか俺はなんで見せているんだろう。
初めてできた友達、というか友達になりたいと思った相手に、自分から距離を置いて、拒否した相手の言葉に甘えて自分の好きな物、ってか俺の自己紹介だ。これは。それをただのメモ帳に託している自分がいたたまれなくなってきて、俺はこのカフェから一刻も早く逃げ出したくなった。でも無表情に俺のメモを読んでいる、いや、真剣に読んでくれている乾の表情を見ていたら、感想が欲しくなってきたのも事実だった。
「………」
そんなに長くないはずなのに、時間は全然過ぎていかないのに、なめるように見られている気がした。本当に俺は、まだか? まだなのか? と言いたくて仕方がなかった。
「坂口は、物を書く事が好きなんですか?」
「…え?」
乾に一言言われた俺は、固まった。文字通り、肩が硬直化して、両肩は上りに上がって、両手を膝の上に乗せて、椅子の上で正座しているような気分だった。気分処じゃない。実際の姿勢に出ていたと思う。
「ありがとうございます」
乾はお礼を言って、俺に返してくれた。
「…読んでくれてありがとう」
「なんで私を避けたんですか?」
乾からの質問が始まった。メモ帳の内容とは関係のない質問だった。それはずっと沈黙していた間に溜まっていた乾の疑問みたいな物が、溢れているみたいだった。その時、俺は乾が、そうだたの同い年の女の子だった事を、その意味をもう一度思い出して、背中が氷り始めた。
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