最終話 鶏肉と三つ葉のバター醬油炒め

「……まあ、おまえが魔女なのは分かった。で、なんでうちに?」

「それは……」

「それは?」

「……大翔が毎日、とても苦しそうだったから」


 ソフィアはオレから目を逸らし、困ったような顔でそう言った。


「魔女はね、この人って決めた人のもとで1年間、人間の生活を学ぶ風習があるの。それで人間のデータを漁ってたら大翔のこと見つけてね、こっそり覗きに来たんだよ。でも大翔、毎日すごく辛そうで」

「…………」


 本当は、「人間のデータって何だよ」とか「ストーカーか!」とか言いたい。言いたいけど。でも――


「……会社の上司と馬が合わなくてな。嫌われてたんだ。そんな中で成績も伸びなくて、毎日罵倒されてたら働けなくなっちゃってさ。面汚しが、二度と顔を見せるなって怒鳴られたよ。まあ、オレは会社にとって不要だったってことだな」


 分かっていたことなのに、いざ口にすると胃がキリキリと痛んで苦しくなる。

 本当に、なんでオレはこんなに不甲斐ないんだろう。

 こんな情けない話を聞かされれば、さすがにソフィアだって――


「……私は大翔のこと、必要だよ」

「……え?」

「私が大翔を必要としてあげる。だからそんな悲しいこと言っちゃダメ!」


 ソフィアはまっすぐオレを見る。


「……昔ね、ある人間に救われたの。劣等生だった私のこと必要だって言ってくれたの。その人がくれた言葉のおかげで、今じゃ私、最高位の魔女なんだよっ。だから今度は私が大翔を元気にしたいって思ったの。私じゃダメ、かな」


 いくら人間不信に陥っているオレでも分かる。

 こいつは本気で言っている。

 本気で、オレのことを元気づけようとしてくれている。


「……なんでオレなんだ?」

「それは――私から言うのはなんか悔しいから、いつか自分で気づいて☆」


 ソフィアは絵に描いたようなてへぺろを披露した。


「使い魔ってたしか絶対服j」

「ああああああああああ! 待って待って! それはちょっと反則なんじゃないですか大翔さんっ!? ああでも無理やり言わされる屈辱もこれはこれで!?」


 ソフィアは泣きそうな顔で縋りついてきたかと思ったら、急に頬を赤らめ身悶えし始めた。

 最高位の魔女は、頭がどこまでも残念らしい。


「冗談だよ。まあどんな理由があるのか知らないけど、オレのこと気にかけてくれる奴がいるってのは、その、嬉しい、かな。ありがとな」

「うんっ! これからはストレスが溜まったら私をサンドバックに」

「あ、会社はもう辞めたから」

「えええええええっ!? そんなあ」


 ソフィアはひざを折り、愕然とした様子でうなだれる。


「でもせっかくだし、1年だけなら一緒にいてやってもいいぞ。おまえと一緒に飯を食うのは、まあ悪くない」

「本当!? やったー! 大翔大好きっ♡」


 正直こんな年頃の女の子と暮らしていくなんて不安しかないが、オレのためにここまでしてくれた気持ちを無碍にするのも気が引ける。


「……もう遅いし、とりあえず飯にしようか」

「ごはん!? なに作るの?」

「鶏肉がたくさんあるから、こんがり焼いて、三つ葉と一緒にバター醬油で炒めようかなと。あとはご飯とインスタントみそ汁かな」

「すごくおいしそうなんですけど! 見てていい?」

「……いいけど暇だと思うぞ」

「そんなことないって! えへへ」



 ――始まりは、こんな嘘みたいな1日だったけど。

 魔女なんて、存在自体が嘘みたいだけど。

 それでも、気づいたらオレの心は少し温かさを取り戻していた。

 

 これから1年こいつと暮らすことで、何かが変わるだろうか?

 社会復帰――できるだろうか?

 そしたら、もしかしたらこいつと――いや、それはないか。


 とりあえずは、日々少しでも前向きになれるように努めよう。

 1人で単調な毎日を過ごすよりも、誰かがいた方がリハビリにもなるだろう。


「ねえねえ大翔!」

「うん?」

「魔女狩り、成功しちゃったね☆ 次は魔女裁判かなっ?」

「狩ってないし、いつでも出て行っていいからな」

「ええええええええええ! 言葉責め? 言葉責めですかっ?」

「うるせえ鶏肉ぶつけんぞ」

「あっそんな! そんな高度なプレイはまだちょっと早いのではっ////」


 ああ、これからにぎやかな毎日になりそうだ。

 【完】

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