第4話 夜更けを待つ停留所

 この街は何度来てもあまり心が落ち着くことは無い。常にどこかで気を張らないといけないような気持ちになってくる。

 周りの雑居ビルの周りにある駐車場。そこにある不釣り合いな高級車。それを背に立てられているホストクラブの看板には、何か役職のあるらしいホストがポーズを決めて立っている。男たちは快楽の場所を探す。女たちもそんな居場所を求めて繰り出しているかもしれない。

 輝かしいネオン看板の下で泥酔した若者が嘔吐し、いろんなものを撒き散らしている。通りがかりのラーメン屋を入り口から覗くと試験会場の学生のごとく、一心不乱にラーメンを食べている。外からはガラス張りのバニーガールがお酒を出す店がある。駅の地下道でダンボール布団にして横になっている人もいれば、階段隅にしゃがみ煙草をふかしながら向かいの通路の奥を凝視している人もいる。

 小さい粒の雨が降り始めた。事前の予報では降るとは言っていなかったのに。雨宿りをするところも無いので、僕はコンビニに立ち寄って、アイスコーヒーを一つ注文した。

店の隅にある四人くらいしか座れないカウンターでアイスコーヒーを飲む。喫茶店のカウンターより味気なく、照明はギラギラとして、バックで流れるのは流行りの音楽や商品のプロモーションなどだ。背を向けているのはマスクや美容用品などのコーナー、端へ行けば栄養ドリンクコーナーがある。どれも自分に向けてしつこく主張してくるような気がした。

 カウンターの前の大きな窓ガラスには、雨粒が斑点のようにポツポツとひっついていた。その向こうには鞄を傘がわりにしながら駅へ急ぐ女性や、雨もお構いなしに次はどの店へ行こうか相談する男性の集団が大きな声で喋っていた。そして、ふと店の外から中へ焦点を移すと疲れ切った顔でコーヒーを飲む自分の姿が窓に映っていた。僕は思わず視線を逸らし最後の一口を飲む。携帯の時計を見ると駅前のバス停にA方面行きのバスが到着する時間が近づいている。僕は急いでこの万能で気の休まらない喫茶店を出て、窓の外の連中の仲間に入りバス停へ急いだ。

 息が切れる程走った割には、バスの発車時刻には少し余裕があった。僕は後ろの席を陣取り、外を眺めた。屋根からは溜まった水滴が窓へ、やる気のない流れ星のように降りてきている。時刻は午後十一時前になる。この時間になると混むどころかかえって空いているようだ。動き出したバスの中から知らない街を通過する。知らない街が前から現れ後ろへ去っていく。僕には何でもない景色でも、さっきの停留所で降りた人にとっては、この街が帰ってくる場所なのかもしれない。

 バスに揺られて二十分程が経ち、そろそろ自分の家があるA付近かと身構えていた頃、僕の携帯にメッセージが届いた。

「再来週、キャンプに行かないか」

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夜更けを待つ停留所 紙飛行機 @kami_hikoki

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