海野麻耶と月見秋葉のエピローグ

「やばい! お兄ちゃん! ホットケーキ燃えた!」


 目の前のフライパンの中で、真っ黒に焦げたそれから火柱が立つのを見て、そう叫ぶ。


 クーラーの冷たい風に混ざって焦げ臭い匂いがリビング中に充満した。


 すると2階から乱暴にドアが開く音がして、階段を駆け降りてきて。


「またかお前!」


 廊下から顔を出したお兄ちゃんは、鬼のような形相でそう叫ぶ。


「ごめんっ! ってわっはぁー! 天井焦げてる! パパに怒られる!」


「おま、バカっ! それどこじゃねえだろ! とりあえず水かけろ水!」


 するとお兄ちゃんは洗面台のほうへと走っていき、バケツに水を汲んでくると、それをフライパンに向かって振りかぶる。


 いつしか見たその光景に、私は思わず鼻を鳴らした。


 よかった。お兄ちゃんいつも通りに戻った。



 

「あぁ、まじで寿命縮むわ」


 床を雑巾で拭きながら、そうため息を吐くお兄ちゃん。確かに、その顔は疲れ切っているようにも見えなくもない。


「んー、なんでだろ。マヤ、今の所100%ホットケーキから火出るんですけど。鬼こわなんですけど」


「お前のホットケーキを燃やす能力の方が鬼こわだっつーの」


 その後に、「バカたれお前も手伝え」ともう一つの雑巾を私に向かって投げる。それをヒョイっと避けると、直後、スマホが震えた。


「おいお前」と、言うお兄ちゃんを無視して、スマホの画面を見た。


 そして、思わず、「あ……」と声を漏らした。そっか、前回にあったのはもう2ヶ月も前なんだ。


「なんだ? 誰かから連絡来たのか?」


「……うん。私ちょっと出かけてくるね」


「あ、おい!」


「ごめんお兄ちゃん! 後でコーヒーときのこの山買ってくるから!」


 そう言って、自分お部屋から財布とスマホを持ち出し、靴を履いて外に出る。


 途中、コーヒーときのこの山を買って、いつもと反対方向の電車に乗った。




「コンチわーっす」


 そう息を吐きながら、ガラス張りのドアを開ける。日中だと言うのに、薄暗い事務所内。それに合わせて効きすぎるクーラーの風は、なんだか不気味に思えた。


「あれ、いないのかな? コンチわーっす。お邪魔しま」


 と、その瞬間だった。


 何か冷たいものが私の左足首をがっしりと握る。思わす「ひぃっ!」と声をあげて、足元に視線を向けた。


「……早く……よこしやがれください……ですぅ」


「うわぁぁぁ! でたぁー!」


 私の足を掴んでいたのは、乱れた黒い長髪と、オーバーサイズの白いTシャツ。そして、羨ましいほどに白く長い足を協調するようなホットパンツを履いた、ギャルの幽霊だった。


 後ろに下がろうとしたが、うまく足が動かず、尻餅をつく。


「やばい! 襲われる! ギャルの幽霊にマヤの貞操犯される! マヤもこの探偵事務所で働かせられるぅ!」


 するとその幽霊は、私の上半身の方へと手を伸ばし、ゆっくりと顔を上げると、


「茶番はいいから、早くそれを……」


 そう言って。ぐったりと項垂れる。


「……なんだ、バレてんだ」


 そう呟いて、ゆっくりと立ち上がった。




「……ふぅ、助かったのです。ありがとうございます、麻耶さん」


「本当それ、マヤが来なかったら、干物になってたよ?」


 テーブルを挟んで、秋葉さんがペットボトルに口をつける。ごくごくと喉を鳴らすたびに、ペットボトルのコーヒーはかさを減らして行った。


 私と、秋葉さんの出会いは約2ヶ月前のこと。お兄ちゃんと葵ちゃん。それとコト姉のことでぐちゃぐちゃしている時に、ネットで見つけた。


 てか、ホームページのインパクトが凄すぎて、思わず連絡してしまったのだ。だって、


「ところで、信じてもらえたでしょうか、『解決率100%お代、学割あり。(学生のみお代はコーヒーときのこの山、面白い話)』と言うキャッチフレーズは」


 そう言いながら、早速きのこの山を食べ始める。


 そんな彼女を前に私は「ハハっ。信じるも何も、それ以外なくね?」と、返した。本当に秋葉さんは、コーヒーときのこの山以外、要求してこなかったのだから。


「てか、秋葉さんのその能力って本当になんなんですか?」


「私にもわからないですが、まぁ小学生の頃に急に身につきました。なので今麻耶さんが『ホットケーキ燃やして家出てきた』と言うのも、知っています」


「うわ、まじか」


「まじです」


 そう言って、コーヒーを口に流し込む。私は秋葉さんからもらったチョコミントアイスを、木のスプーンで掬って口に入れた。


 爽やかな香りが鼻から抜ける。


「……でも、まぁ正直、私はびっくりしましたよ麻耶さん」


「ん?」


 そう聞き返すと、秋葉さんはきのこの山を一つ口に入れ、飲み込んだ後に言葉を切り出す。


「あの依頼ですよ。えーっと翔さんと葵さんを……あ、いや言い方変えましょう。『その能力でお兄ちゃんと葵ちゃんをくっつけて欲しいですぅ〜はわわぁ〜!』」


「え、それ麻耶の真似ですか? 鬼ほど似てなくてウケる」


 あははと私は喉から息を漏らすと、チョコミントアイスを口に入れる。


 同じタイミングで秋葉さんもきのこの山を食べた。


「まぁ、なんにせよ本当、秋葉さんって変わってますよね。はっきり言って変人です」


「ん。どこがです? ファッションも男性からウケのいいものを選んでますし、しっかり確定申告もやっているのです。普通の一般人じゃないですか」


「えー、でもマヤの依頼も平気で受けるあたり変ですよ」


「なるほど、ちなみに、なんでマヤさんはあんな依頼をしたのですか? 正直そんなに頭を突っ込むつもりではなかったでしょう?」


 そう言って、秋葉さんはペットボトルに口をつける。漆黒の瞳に反射した私は、ふふっと笑みを浮かべた。


「もぉ、聞かなくたって分かってるくせに。秋葉さんのえっち」


 そう言って、食べ終わったアイスのカップを持ちゴミ箱に捨てる。


「それじゃ、そろそろマヤ帰りますね。今日はうちに葵ちゃんが泊まりに来るんです」


「そうですか、お気をつけて」


 変わらず無表情の秋葉さんはそう言って、玄関まで付いてくる。


 再びガラスのドアを開けると、蒸し蒸しした空気が流れ込んできた。


 そして、一歩外に踏み出した瞬間。


「麻耶さん」


「はい?」


「先ほど、私のことを変人と言いましたが、あなたも大概じゃないのです」


「……ふふっ、お互い様です。でも私は秋葉さんのこと好きですよ、葵ちゃんの次に」


「えぇ、知っているのです。それに私は麻耶さんのことを買ってるので、いつでも困ったらここにきてください。高校卒業したら、正社員として月収30万出すので」


「やった。就職先決まり。それじゃ、秋葉さん、また暇ができたら」


「えぇ、いつでも」


 そんなやりとりをして、ドアが閉まる。


 私は再び駅の方へと歩き出した。




 ガラスのドア越しに麻耶さんの綺麗な髪の毛を見送る。そして完全に彼女の後ろ姿が見えなくなると、椅子に座り、飲みかけのコーヒーを口に流し込んだ。


「あんなに可愛らしい容姿や振る舞いをして、一番裏があるタイプですね」


 普通、自分と好きな人を……と言う考えなら理解はできる。ていうか、何回かその類の依頼を受けたこともある。


 だが、麻耶さんはそうじゃない。


 葵さんとお兄ちゃんをくっつけて欲しいと、私に依頼してきた。


 それも大切な親友のため……とかじゃない。


『お兄ちゃんと、葵ちゃんがくっ付けば、ずっと葵ちゃんといられる』


 そう。麻耶さんは、麻耶さん自身が葵さんとずっといるために、こんな依頼をしてきたのだ。


 麻耶さんは、狂ってしまうほど、葵さんのことが好きだったのだ。


 きっと私だけが全貌を知っているのだろう。


 三角関係に見えて、ずっと歪な四角形の形を保っていた彼女らの関係。


 『純愛』と呼ぶにはあまりにも汚れていて、『不純愛』と呼ぶにはあ、あまりにも真っ直ぐすぎた思い。


 片方は全てを失って、片方は全てを得た。


 それはまさに、


「悲劇にして喜劇……ですか」


 飲み終わったペットボトルをゴミ箱に向かって放り投げる。


「本当、麻耶さんも大概じゃないのです」





海野麻耶と月見秋葉のエピローグ  『黒幕』


 




 

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妹の友達とセックスした。 あげもち @saku24919

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