短編 オレンジとピンクと青の心情
“恋愛は好きになったほうが負けである”
確信めいた言葉は聴覚ではなく、心の奥底で存在感を放つ。
きっとこの言葉は人々を二分する。
先に好きになり、恋が成就した人は「そんなことない」と。
先に好きになり、恋に欺かれ、敗れた人は「確かにそう通りだ」と。
俺はどうだろうか。そうとも思うし、違うんじゃないかなとも思う。
ずるいという言葉は受け付けない。
ただ1つ確実に言えることはある。
俺が先に好きになり蒔かれた恋の種は実ることなく、月日が流れる。
**
前の恋人と別れてからちょうど3年くらいだろうか。
別れてから1年くらいの間は夢にも出てきて、目覚めも悪いったらありゃしない日もあったが、今は完全に吹っ切れている。
ブロックされたLINEは最後のメッセージに未だに既読がついていない。
ただ、友人づてに聞いた話では元気に生きてはいるみたいだ。
「頑張れ」と心の隅で願う。
元カノにそんなことを思える自分は良い奴と思ってしまう自分も気色悪い。
恋人。
それはどんな影響を人にもたらすのだろうか。
時には喜びを、時には怒りを、時には哀しみを、時には楽しみを。
笑顔と涙がきっと絶えないんだろう。
何より理屈では説明できない心地よさ、温かさがあるんだと思う。
それに包まれている時がきっと至上の幸福なんだ。
別れてから3年間恋人がいない。
そのうちの最初の2年間は強がりでも何でもなく、恋愛をしている暇なんてなかった。
何人かの女性に食事などのデートに誘われたりもしたのだが、全て1回きりのものだった。
ただ、最近は「恋人が居て欲しい」と思うことも少なくない。
「恋人が欲しい」という言い回しは個人的にあまり好きではない。
それから色々な女性とデートをした。
それでもいまいちピンと来なかった。
そこには目の前の女性を好きになろうとしていた自分がいた。
そうじゃない。
ふと瞬間にもしかして好きなのかと気づき、その気持ちが知らず知らずのうちに、自分の意思とは反して、大きくなり、募り募っていくのが恋心なのだと今更気づいた。
初めての恋人ができた中学生のときも、励まし合い、切磋琢磨しながら大学受験を一緒に乗り切った高校生のときも。
そして、更に気づいた。
そんな人はきっと自分の近くにいるんだと。
**
卒業式――いや、正確には学位授与式の後、同じコースでの飲み会。
10分前に着くように来た俺よりも先に来ていた君。
君の笑顔を見ると不思議と安心する。
招かれるように隣に座った。
相変わらず、楽しそうに話す君。
アクションも大きいから全く飽きない。
君の声を聴くと自然と気持ちが明るくなる。
顔が赤い。
もう酔っている。
あまりお酒は強くないみたいだ。
そのせいかいつも以上に距離が近い気がする。
ドキドキというより、安心感・心地よさが全身を包む。
アニメのイベントの話や聖地巡礼の話が1番盛り上がった。
いつも以上に早口になって、表情豊かに語る君はとても可愛らしかった。
自分がオタクであることはいつも隠しているくせに。
「めちゃくちゃ恥ずかしいから忘れて!」って言われても、絶対忘れてやるもんか。
そうこうしているうちに会もお開き。
コース全員で写真を撮って、あとは各々サークルなどへの二次会へと向かっていく。
君は実家から通っているから終電が他の人たちより早い。
またどこかで会える。
そおうは言ってもそれは時間的にも、空間的にも不確かで。
一旦のお別れに君の眼から涙がこぼれる。
泣きじゃくる君の背中を猫を愛でるように優しくさする。
体温が直に掌を介して伝播する。
前の6人くらいの集団から5mくらい離れたところを2人並んで歩く。
「この前のゼミでの飲みが地獄だったから、今日めちゃくちゃ楽しかったな~」
「その件は本当に申し訳ない」
「なんで来なかったの! 来てくれたらまだ話し相手いたから楽しかったのにー」
「でも、今日楽しかったからそれで許してよ」
「しょうがないなー」
信号が赤になる。
前のグループと更に距離が開く。
「ゼミと言えばさ、親友の条件って何? みたいなこと話し合ったよね」
「あー、俺が提案したテーマだ」
「皆が親友いる前提で意見を述べていたのがすごい衝撃だったんだけど。私は本当に親友と呼べる友達がいないからさ……」
「だから俺が親友になるって言ったじゃん」
「あれ、冗談じゃなかったの? あの場を和ますさ」
「冗談半分で確かに言ったなー」
「冗談なんじゃん!」
「でも、もう半分は本気。とは言っても親友って宣言したからなれるもんじゃないよ」
「それはそうだね」
「紬と親友と呼べるくらい仲が良い、これからも仲良くしたい、仲良くなりたいってことだよ」
我ながら少しくさいこと言ってる。こりゃ酔ってるな。
「嬉しいこと言ってくれるじゃん!」
紬は手に持っていた鞄で俺の背中を叩く。
「誕生日だってお祝いしたでしょーが」
「チョコだけどね」
「ないよりもマシでしょ?」
「それはそう。でも、
「おいっ!」
信号が青になる。
「1個下の女の子たち皆おしゃれで可愛かったよねー。
「勝手に1個下を好きってことにしないでよ」
「
「いや、紬が可愛いと俺は思ってる」
「えぇ~、ありがとう」
スーツを着た仕事帰りの人たちは同い年くらいの人たちに追い抜かれる。
アウターの肩同士が触れ合う。
街のネオンと車のエンジン音が周りを彩る。
「紬のこと、好きだよ」
自分でも驚くくらい、自然と口に出ていた。
「ありがとう、私も燐が1番話しやすくて好き」
口に出して気づいた。
「恋愛的な意味で紬のことが好き。付き合いたいって思っている」
歩きながら、君の横顔を見る。
君は前を向いたまま、少しだけ目線を下に落としている。
「ありがと。嬉しい。う~ん、えぇ~~~~」
最後の最後で気づくなんて、どんだけ鈍感なんだ俺は。
「今まで、友達から好きな人とか彼氏になったことがないんだよね。燐は1年生のときから友達だからさ」
「そっか~、ありがとね」
「いやいや! 燐は大事な友達だからこれからもよろしくね」
「もちろん、親友だからな!」
「それ、ゼミのやつ!」
駅に着く。
「またね。また遊ぼうね」
「うん、もちろん」
そのまま紬は改札をくぐる。
「紬!!」
「さっき言ったこと、酔った勢いとかじゃない! 本気だから!」
「うん! ありがと!」
手を振り、やがてその姿は見えなくなった。
改札に背を向ける。
サークルの二次会へと行かなければ。
思わず空を見上げる。
白い息がこぼれる。
またサンプルが増えてしまった。
俺が先に好きになったとき、その恋は成就しない。
色づく世界は青く淡い モレリア @EnEn-morelia
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