由井。悪魔といけないことして後、田原君からお手紙届く





 そして天使の尻尾あたりにすがりつき、声を限りにせがむ。

「お願いです、由井先輩に会わせて下さい! 僕先輩に会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいんですぅ!」

 天使は頑として己の立場を貫き通す。

「駄目です。お会いさせるわけにはいきません。決まりですから」

 田原くんはえぐえぐやりながら、要求のハードルを下げる。

「じゃあ、リモートで顔を確認させてくださいっ!」

 しかし天使は態度を変えない。

「駄目ですったら。それ、会ってるのと変わりないじゃないですか。そんなことしたら、あなた明らかに今より情緒不安定になるでしょう」

 田原くんはまたハードルを下げる。

「じゃあ、じゃあ、電話させてください、声だけでも聞きたいんですう!」

 天使はなおもはねつける。

「いけません。駄目です。そういうことは諦めてください」

 しかし田原くんは諦めない。ハードルをまたまた下げ食いさがる。

「じゃあ、じゃあ、せめて手紙を書かせてください! それならいいでしょう! 由井先輩の手紙を僕に届けるのがOKなら、僕が由井先輩に手紙を送るのもOKでしょう!」

 ここで天使はようやく、渋々といった調子の許可を出した。

「うーん……まあ……それならまあ……かまいません……」

 田原くんは明らかに有頂天になって、万歳三唱。

「やったあ! やったあ! じゃあ、じゃあ、今すぐ書くから待っててくださいっ!」

 机から筆箱とノートを取り出し、一心不乱に私への手紙を書き始める。すごい速度で。

(……よかった、元気が出たみたいで)

 やれやれと安堵した私は、天使が彼からの手紙を持ってくる間、何をして待っていようと考えた。

(あの分だとかなりの長文になりそうだから、天使もすぐには帰ってきそうにないわよね)

 最初の思いつきどおりカスタマイズに挑戦しようか。

 そう思った矢先、ミジンコ悪魔がイケメンの姿になった。そして甘く囁いた。私に。

「そんなことより、もっと楽しいことあるだろ? いい暇つぶしになる」

 息が耳にかかっただけで足元がぐらつく。

 どう、しよう。

 ……いやいやいや、さすがにそれは駄目だろう。駄目だったら駄目だ。頑張れ私の理性。

「そんなこと出来るわけないじゃない。天使にばれたら大変でしょう?」

 心ならずも上ずった声が出てしまった。

 悪魔は小憎らしい笑いを浮かべ、こちらの肩を抱いてくる。

「だーいじょうぶ大丈夫。天使には、ばれないようにしてやるから」

「どうやってよ。私の考えていることが分かっちゃうのよあの人、あなたと一緒で。誤魔化しようがないじゃない」

「やったことを考えなきゃいいんだって。そうすりゃ向こうも読めないんだから」

「無理よ。したことはどうしたって頭に浮かぶじゃない」

「だからさ、したことを忘れりゃいいんだよ」

「無茶苦茶なこというわね。そんな都合のいいこと出来るわけないじゃない」

「と、思うだろ? でもなあ、すごく都合のいいことに悪魔は、人間の記憶を一定範囲消せる能力を持ってんだよ」

「えっ。そうなの。一体なんのために」

「人間を堕落させる時、天使に妨害されないためさ。あいつら俺たちと接点を持った人間がいると知るや、すぐ邪魔してくるからな。対策としてそういう技も必要なわけ。まあ、常に完璧に見破られないってワケじゃないけど」

「じゃあ駄目じゃないの」

「最後まで聞けよ。見破ることが出来るのは、年季が入った高位の天使だけ。お前を担当してるあの天使は、まだペーペーの駆け出しだ。俺の細工に気づくわけがない」

「絶対とは言えないでしょ」

 口を尖らせる私に悪魔は、いけしゃあしゃあとウインクしてみせた。

「いいや、絶対ばれない。まあ俺を信じろよ」

 どうにも胡散臭い信用ならないと思ったのだけど、悪魔があんまり熱っぽく見つめてくるものだから、頭の芯がふわふわしてきて、信じちゃってもいいかもって気になってしまう。

 だって彼はこんなにかっこよくて、セクシーで、ああ、駄目、すごくしたくなってきた。しちゃいたい。ここに来てからずっとしてないんだもの。

「いいねえ、その軽さ。まさに淫乱だ」

 耳たぶが軽く噛まれる。

「おや、もう感じてきた?」

 体の中から暖かい物がじんわり滲み出てくる。

 いやだ恥ずかしい。

 私、体がおかしくなってるんじゃないしら。

 いえ、もう体はないんだったっけ。あるような気がしているだけなんだっけ。天使がそんなことを言っていたような。それともあれは、天使から貰った本に書かれていたことだったかしら?

「どうでもいいだろ、そんなこと」

 ……そうね。確かにどうでもいいかも。

 この乗っかってこられる重み。馴染み深くて落ち着く感覚。

 田原くんは体が大きかったから、もっと重たかったっけ。

 ああ、入ってくる。頭から足の先まで溶けてしまいそう。

「やらしい声出すなあ、お前」

 あなたの声こそ、やらしいわよ。

 すごく、すごく、興奮しちゃう。




 ふと気づくと、ベッドに横たわっていた。枕元には天使から貰った絵本が散らばってる。

 退屈しのぎに読んでいて、寝落ちしてしまったようだ。

(……そうだ、田原くんはどうなったかしら。天使が手紙を持って行ってくれたはずだけど)

 今度悪魔が来たら、彼にも田原くんの現状を聞いてみよう。

 そう考えたところでタイミングよく、クリオネ天使が戻ってきた。分厚い封筒を羽のような手に挟んで。

「由井さん、田原さんからお手紙です」

 あら、あの子返事を書いてくれたの?

「はい。お手紙を、あなたが書いたものだと信じてくれましてね。それなら是非自分からもお手紙したいということで」

 信じてくれたなら何より。コミニュケーションをとろうとするあたり、少しは心も落ち着いてくれたのだろう。

 まずまず安堵しながら私は、封筒を開いた。

 十何ページに及ぶノートの便箋に、几帳面な細かい文字がびっしり綴られている。

 うん、これは違いなく田原くんの字だ。いかにも彼らしい。

 さて、内容は……。

『由井先輩お手紙ありがとうございました。僕は元気です。先輩を刺したりしてごめんなさい。本当にごめんなさい。

 僕は先輩に許してもらいたい、仲直りしたいです。先輩がお手紙で書いてくれたあの頃のような関係に戻りたいです。

 僕はあの手紙を読んだとき、先輩の愛くるしい喘ぎ声を思い出しました。

 先輩は僕のが入ったとき、ぎゅうっと強く僕の体を抱きしめて、僕の一部を締め付けて、あんまり気持ちよかったので僕は危うくそのまま出しちゃいそうに――』

 ……とりあえず田原くんは私が覚えている以上に私のしたことを覚えていたようだ。

 長い文の最後は、こう締めくくられていた。

『お返事ください。どうか、どうかお願いします。』

 天使が脇から聞いてくる。

「どうします?」

 ……そりゃあね、するけど。してもいいけど。

「面倒なことにはならないよう、文面に気をつけてくださいよ」

 面倒ねえ。

 絶対そういうことが起き無いとは言い切れないけど、でも、やっぱり書いてあげないと駄目だと思うのよね。もし何かあったとしても、ほら、やり直す時間はたっぷりあるじゃない。

 なにしろ、死んでるんだし。

「ま、そうですけど」






「死後の世界はあるんDEATH」 終


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死後の世界はあるんDEATH ニラ畑 @nirabatake

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