田原くん、あっさり手紙を信じる





 保健の先生が来たらしい。

 私と田原くんは大急ぎでベッドの下に隠れた。窓から逃げる暇もなかったので。

 使用済みのコンドームは全部まとめて棚の後ろに押し込む。まさかゴミ箱に捨てるわけにはいかないし――ここでしてたことが、ばれちゃうもの。

 私に引き続いて田原くんが、大きな体をベッドの下に潜らせたところで保健の先生が入ってきた。

 真っ直ぐデスクまで歩いていって、置いてあったバインダーを取る。どうやら、それを取りに来ただけだったらしい。すぐまた保健室から出て行く。

 扉が閉まった後私と田原くんは、顔を見合わせた。お互いおかしくなって、くすくす笑いあった……。


 以上、可能な限り掘り出した記憶をノートにしたため、読み返した。

 大いに迷う。果たしてこれは田原くんに見せていいものなのだろうかと。

(……変に興奮させちゃわないかしら。でもこれ以外のいい方法は思いつかないし。

 頭を抱えて悩んでいるところ、光が差してくる。

 天使が戻ってきたのだ。

 手紙を見もせずに彼は、こう言ってきた。

「感心しない内容ですねえ。もっと他に何か書くことはなかったんですか?」

 あったら書いてる。

 私だって好き好んでえっちな話を書きたいわけじゃないの。でもこれ以外の田原くんとのやりとり、正確に思い出せないのよ、そうしたいとは思っているんだけどね

「いいんですかねえ、それで」

 そんなこと言われても、思い出せないものはしょうがないじゃない。

「分かりました。それじゃあこれを田原さんのところへ持っていってみますよ」

 ええ、お願いね――早速消えちゃった。

 さて、ここからは待ちの一手ね。

 ……時間がかかりそうだから、またカスタマイズに挑戦してみようかしら。

(田原くんがあれだけ出来るのなら、私もひとつくらい何か作ってみたいな。先輩として)

 家の外に出てみれば。相変わらずの砂漠。夜空、大きな土星。

 そして。

「いよぅ」

 ミジンコ悪魔。呼びもしないのにまた来た。

 というか、あなた、随分天使とやりあってたわねえ。

「向こうが喧嘩売ってくるからさ」

 そりゃあね、そういうところもあるかもしれないけどね、やりすぎよ。田原くんの迷惑もかえりみず。

 可哀想じゃない、作ったものをぼろぼろにされて。

「なあに、あいつならすぐ作り直せるさ」

 作り直せたからいいってもんじゃないでしょう。

「そうカリカリすんなよ――それはそれとして、あいつにまた手紙出したんだな」

 なんで知ってるのとはもう言うまい。時間の無駄だから。

「田原がどんな反応してるか、リアルタイムで見たくないか?」

 ……それは正直見ておきたいかも。

「よっしゃ、そんじゃスマホ持ってきなよ。動画中継してやるから」

 どういう理屈でそう出来るのか知らないが、悪魔は言った通りのことをしてみせた。

 画面の中で田原くんは、今まさに、天使から手紙を受け取っていた。保健室で。

 果たして私が書いたものだと信じてくれるだろうか、と固唾をのみ見守る。

「由井先輩の字だ……この読みにくいくせ字、間違いない……」

 ……もっと別の感想はなかったの、田原くん。

「なるほど、確かにお前の字、すげえ下手」

 悪魔には関係ないじゃないの。ほっといてよ。

 まあ、信じてくれたならいいけど。

「……由井先輩だ、由井先輩、生きてるんだ!」

 いえ、死んでるのよ?

 心で突っ込む私のことなど露知らぬ田原くんは、ああ、とため息ついて手紙を抱きしめた。続いて天使に猛烈な懇願を始めた。

「由井先輩に会わせて下さい、由井先輩に会わせて下さい、由井先輩に会わせて下さいお願いしますっ!」

 天使はあっさり彼の願いを退ける。

「それは出来ません」

「なんでですか、由井先輩生きてるんでしょう!」

「いえ、死んでます。ここは死後の世界だって最初から説明してるじゃないですか」

「それならそれでもいいけど、由井先輩いるんでしょう、僕先輩に謝りたいんです、刺しちゃったことを、だから会わせて下さい!」

「駄目ですったら。いくらあなたが後悔して謝りたいと言っても、直に会わせることは出来ません。それがここでの決まりなんです」

 田原くんは目に涙を浮かべ、体をぶるぶる震わせた。

 あ、これは悪い兆候だ。暴れだすかもしれないと思ったら案の定そうなった。

「なんでだよぉ!」

 彼は生前からかってきた同級生をそうしたときのように、天使に張り手を食らわした。

 しかし天使はすっと絶妙な角度で避け、いなしてしまう。

 田原くんの手は大きくスイングした。

 反動で足元がねじれ、顔から床に突っ込む。

 ガンという大きな音がする。

 痛かったのだろう。田原くんは本格的に泣き出した。


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