俺は無敵のヒーロー

輪島ライ

俺は無敵のヒーロー

 ある朝目覚めると、俺はヒーローだった。



「これは一体……?」


 7畳間のベッドに寝ている俺は銀色の装甲を身にまとっていて、頭にはフルフェイスヘルメットのようなものを被っているようだった。


「目覚めたか、アルティメット・ゼロ。今日も悪の組織との死闘が待っているぞ」

「あなたは?」


 上半身を起こした俺に呼びかけてきたのは、ロングヘアと長身が特徴的な美しい女性だった。


「何を言っている、君はこの世界を守る無敵のヒーローの一人で、私はその指揮官ではないか。記憶を探ってみるといい」

「ああ……確かに、そうですね。俺はこれまでもヒーローとして悪と戦ってきました」


 俺の名前はまだ思い出せないが、自分がアルティメット・ゼロというヒーローであったことははっきりと思い出した。


 この世界を守るため、俺はこれまで悪の組織と死闘を繰り広げてきたのだ。



「まだ寝ぼけているようだから、一緒に悪の組織を倒しに行こう。付いて来てくれ」

「分かりました。でも、この姿では……」

「問題ない。私と君の姿は常人からは見えないようになっているから、表通りを歩ける。思い出しただろう?」

「そうでしたね。では、行きましょう」


 指揮官である女性の後を歩き、俺はくたびれたマンションを出た。



 ヒーローの姿のまま道を歩いているが、誰も俺の方を見ることはない。



「ママー、何か変な臭いがするよ」

「しっ、そんなこと言っちゃいけません」


 小さな子供とその母親が話していたが、俺たちには関係ないだろう。



「そろそろ悪の組織のアジトに入るぞ。ここから裏口に回り込む」

「えっ、こんなに近くにアジトがあるんですか? あと、俺たちの姿は見えないんじゃ……」

「常人からは、と言っただろう。悪の組織のアジトは裏口から潰すに限る」

「なるほど……」


 近くには禍々しい色をした建物があり、あれこそまさしく悪の組織のアジトなのだろうと思われた。


 指揮官に付いてアジトの裏側まで回り込むと、俺は彼女から指示を受けた。



「このアジトは悪の組織が運営する療養所で、ヒーローとの戦いで負傷した戦闘員たちが療養をしている。奴らが回復すればまた善良な市民を襲うから、今のうちに殲滅せんめつするんだ。この剣を使ってくれ」

「分かりました。かわいそうな気もしますが、悪を打ち倒してきます」


 指揮官から渡された長剣を右手に持つと、俺はへいをよじ登ってアジトの裏口に侵入した。


 扉の鍵を剣で叩き割り、アジトの内部に侵入する。



 広々とした室内には全身タイツの戦闘員の姿しかなく、彼らは俺に攻撃的な言葉を発した。


「現れたな、アルティメット・ゼロめ! 我らダークウェーバーが迎え撃ってくれる!!」

「療養所を狙うとは、正義の味方の風上にもおけん! ここで貴様を地獄に送ってやるわ!!」


 戦闘員たちは俺を目の前に身構えているが、その姿勢は弱々しく、一部には車椅子に乗ったまま声をかけている戦闘員もいた。


 この程度の相手ならば造作もないと判断し、俺は長剣を振りかざすと戦闘員に斬りかかった。



「ぐはあっ! これが正義のヒーローの威力か!!」

「くそう、アジトの奥に行って上級幹部を呼ぶぞ!!」


 背中を向けて逃げ出した戦闘員たちだがその走る速度は遅く、中には途中でつまづいて転倒した者もいた。


 背を向けた相手を斬るのは忍びないが、俺はそのまま長剣を振って戦闘員たちを斬り殺した。



 アジトの階段を上がって2階に進むと、そこには療養所の個室が並んでいた。


 ベッドに横たわっている戦闘員たちを次々に斬り殺し、上級幹部らしき怪人も倒した。



 アジトの中にいた戦闘員と怪人を全滅させると、俺はもと来た道を歩いて裏口から外に出た。


 再び塀を乗り越え、外で待っていた指揮官に話しかける。



「療養中だけあって、どの戦闘員もろくに反撃できませんでしたよ。これで今日の仕事は終わりですね」

「ああ、そうだ。君の仕事はこれで終わりだ」


 指揮官はそう言うと、懐から取り出した銃を俺に向けた。



「え?」

「ご苦労だった、無敵のヒーロー君」


 銃口から鉛の弾丸が撃ち出され、俺は胸部に走る痛みと共に意識を失った。







『……本日早朝、またしても老人福祉施設を狙った無差別殺人事件が発生しました。犯人は40代前半とみられる無職の男性です。犯行後、犯人は施設の裏で何者かに銃撃を受けて倒れていましたが、偶然通りがかった救急車により搬送されて一命をとりとめました。聴取に対し、犯人は自らを悪の組織のアジトを殲滅したヒーローだと供述しており……』



 テレビから流れる報道番組を見やり、内閣府総合福祉局の参事官は満足そうな表情をした。


「犯人を始末し損ねたのは残念だったが、こういう場合に備えての幻覚装置だからな。光学迷彩装備と併せて、同じようなやり方はまだ通用するだろう」

「確かに、私の姿は誰にも目撃されていません。ですが、犯人だけは目視していますから、もし警察に私のことを話せば……」

「心配ないさ。物的証拠は何もないし、ただの妄想と思われて終わりだろう。それにしても……」


 執務室の座椅子に腰かけて、参事官はため息をつく。



「私たちはいつまで、このようなことを続ければよいのだろうか。国家財政が破綻し、無職の若者や働けなくなった老人を養う余裕がなくなったのは事実だが、今のペースで事件を起こしても焼け石に水だ。能力のある若者は大陸に行ってしまうから、この国には公務員しか残らない。君には何か解決策のアイディアはあるか?」


 参事官の問いかけに、若手キャリアの女性官僚は笑みを浮かべて答えた。



「幻覚装置を改良し、数百人単位で同じ幻覚を見せられるようにすればよいのです。この国は悪の大国に侵略を受けていて、職のない若者たちが国家防衛のために立ち上がる。老人はいずれ寿命で死にますが、失うものがない若者を一度に始末するにはこのやり方が一番です」


 女性官僚のアイディアに、参事官は黙って頷くと新規の計画書を作成し始めた。





 無敵のヒーローが活躍するには、無敵のヒーローに倒されるだけの理由を持つ悪人が必要となる。


 傷つけても、しいたげても、殺しても許される「悪人」が。



 この国を運営しているのは紛れもない悪人だが、この国にはもはや善悪を議論できるほど余裕がない。


 そして、この国を今の状況に追いやったのが悪人であるという保証もないのだ。



 (完)

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