2-21.溜まってるならスッキリさせましょう

キリのいいところで区切ったため、今回は短めです。

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「で、デザートにはヴァリェーニキ。こっちは普通のジャガイモなんだけど、こっちは中に挽肉を入れてみたの。何でも、東方のヴァリェーニキは、皮の中に肉を入れるそうなんで」


 また歓声が上がる。うむうむ。


 ヴァリェーニキは、ジャガイモにタマネギやキノコを混ぜてあんを用意して、これを小麦粉で作った皮でくるむ、ウクリーンの家庭料理。どの家でも食べられるだろうけど、だからこそ家ごとの違いが大きいんだよね。もっとも、小麦粉の皮で何かをくるむというのは、割とどこでも頭に浮かぶやり方だから、類似の料理はあちこちにあるらしい。


「でもよ、最初から出してくれてもいいじゃねえか」


「そうすると、こればっかり食べちゃうでしょ。だから、最後のデザートに持ってきたんです。肉入りの方はほぼほぼ創作料理ですから、食べてもらえなくても心痛まないですし」


 残っちゃった場合は、製造者が責任をもって処分致します。


 見ると、さっき声を張り上げた男の子、オットー君って言うんだけど、彼は肉入りヴァリェーニキに手を出そうとしない。うーん? 普通のヴァリェーニキはむしゃむしゃ食べてるし、食欲がないというわけでもなさそうだ。


 あまり他の人に聞かれない方がいいかもと思い、彼の後ろからすっと近寄って、首筋を、ちょん、と突っつく。


「う、うわあっ!?」


「ええっ!?」


「な、何すんだよ、いきなり」


「いや、びっくりしたのは、あたしの方なんですが……まあいっか。それより、そのヴァリェーニキの中身、豚でもオークでもない、牛と羊の合い挽きですから、普通に食べられると思いますよ」


 彼が肉入りの方を食べようとしなかったのは、食欲がどうとかじゃなくて、肉そのものを避けようとしていたからだろう。でも、羊肉ソーセージはむしゃむしゃ口にしていた。そう考えると、豚やオークを食べられないと考えるべき。


「……だから、何だってんだよ」


「えー、だって、急にしかめっ面になられたら、作った方としては立場がないですし。……それとも、まずかった、ですか?」


「けっ」


 今日は月が明るいけれど、彼の方が背が高いから、わたしからは見上げるような格好になる彼の顔は、逆光になってよく見えない。


 そして、ぷい、とあっちを向いてしまう。


「誰も……たく、ない……なんて、……ない……」


 何だかブツブツつぶやいている。あまり機嫌がよくないようだ。このまま彼の側に居ても、なんだか雰囲気がよくなさそうなので、いったん撤収する。


 わたしは、知らない人と一緒に食事するのって、とても心地いいんだけどね。自分にとっては大して珍しくもない食事に対する反応を見ると、自分の生きざまが外からどう見えているのかがわかる。逆に、人様が食べているものに初めてありつければ、純粋に楽しい。


 もっともこれは、社会的な立場によって、随分変わる。前世がけっこうなお偉いさんだったスタニスワフは、お客さんと食事をするのって準備も心構えも大変だから、あんまり好きじゃなかったそうな。ホスト側の場合は、相手の立場や身分に応じた席順や配膳、そして相手と自分の関係性を考慮してのメニュー、その他いろいろ、考えなきゃいけないことがたくさんある。ゲスト側の場合は、提供された食事がどのようなメッセージなのかを真剣に読み取って、場合によっては主君に合図を送らなくてはいけない。だから、なるべく避けたい、らしい。


 でも今回は、少なくとも二人の反応を見る限り、悪くないと思うんだけど。オットー君は結局、こっちに背を向けたまま、独りで黙々と食べてる。あんまりおいしそうじゃないな。


 食事の後に片づけを済ませても、彼だけがそっぽを向いている。これじゃ、夜が明けた後の行動にも差し障るかもしれない。ギスギスするようになった原因……とはいかないまでも、契機になったのはわたしみたいだから、わたしの責任でフォローしとかないと。


 そんで、独りだけになりたがっている理由、アレじゃないから。そうだとしたら、わたしが手を貸すことはできるし、彼も幾分明るくなれるかもしれない。


 そう考えたわたしは、残る二人に声を掛ける。


「何だかオットー君、ちょっと沈んでるっぽいんで、元気づけてきたいんですが。ちょっと人目のつかない……そうですね、あの大きい樹の向こう側あたりで」


「あん? いや、いいけどよ。まあ、あと二時間ぐらいしたら交替で仮眠になるが、それまでのうちなら。でもまた、なんで」


「ええ、彼、何だか随分溜まっているようなので。どうせなら今の機会に、スッキリさせてあげたいなと」


「「スッキリ……」」


「周囲にはしっかり結界を張っていますから、防御面では問題ないと思いますよ。ただ、声が漏れてしまうかもしれないですけど」


「「声……」」


「わたしもちょっとご無沙汰気味なんで、加減ができるかどうか。まあともかく、準備も整ってますんで、彼と向こうに行ってきますね」


「「準備……」」


 二人とも、口を開けて固まっているけど、そんなに驚くほどのことなんだろうか。


 背を向けると、かわいいフリしてあの子割と……なんて声が聞こえてきたけど、どういう意味なんだろう。

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無自覚のうちにいたいけな少年を落としてしまったようですが、ヤーセミンは生娘で、そもそも男と付き合った経験はありません。念のため。

次回は2022年2月9日(火)投稿予定です。5日(土)の更新はお休みさせて頂きます。

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西方見聞録 ~無自覚暴風少女が巻き起こす世界動乱記~ 前浜いずみ @MaehamaIzumi

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