2-20.まずは胃袋をつかもう作戦
「はい、こっちは牛肉と豆のスープ。こっちに羊肉ソーセージの香草巻き、牛脂で焼いたやつ。自家製だから、味にはあまり期待しないでね。パンは白パン、黒パン、赤パンとあるから、好きなのをどうぞ」
「「「おおおおおっ!!!」」」
悪霊を退治しにいった時には、本当に最低限の装備だったけど、今回は移動距離が長めなので、途中で野営することになる。
単純に歩いているだけ、あるいは何かあった時にその都度対処するだけならまだしも、一夜を明かすとなれば、他の冒険者との関係をよくしておかないといけない。だけど、わたしは唐突にD級に格上げされただけで、霊を除けば戦闘能力は皆無だし、戦闘要員の能力をかさ上げする支援スキルを持っているわけでもないから、盗賊や野獣などが出てきたら、足手まといでしかない。いや、狭義の戦闘能力だけじゃなくて、偵察したり、攪乱したり、そういう意味でも戦力にはならない。胸を張って話せることでもないけれど、そういうネガティブな情報を隠しておくと、馬鹿にされるだけでなく、不信感を強くするし、それは避けたい。この前の二人の冒険者みたいに、信用してはならないような連中なら話は別だけど、最初から警戒心を最大にしておくべきではない。
そう考えて、わたしは彼らに対して、自分の能力と力量を、割と正直に話しておいた。
霊術師であること、生活魔法が得意であること、そして、パーティーを組むのであれば、特に長丁場になった場合に後者が役に立つであろうこと。そして何より、戦闘が発生してしまった場合は、相手が悪霊などごく一部を除いて、戦力にならないであろうこと。
今回は、わたしを含めて、四人の冒険者で護衛を構成することになっている。全員がD級ということもあって、それほどギクシャクする気配もなく、最年少のわたしも、すんなり受け入れてもらうことができた。
三十ちょい前ぐらいの男性剣使いが一人、二十代半ばぐらいの女性魔術師が一人、わたしより何歳か上の男性槍使いが一人。護衛の人数としてはいささか心もとない気もするけれど、件の悪霊を除けば、この区間は比較的穏やかだから、これでいいということらしい。いいのか。
――でも、気を緩めない方がいいですよ。悪霊を祓った後は、霊気が極端に希薄になるので、弱い霊が大量に引きつけられます。ですので、注意を怠らないように。わたしも、常に気を付けるつもりです。
この提言は、すんなり受け入れてもらえた。具体的に何をするというわけではなくて、霊に注意した方がいいですよ、というだけのことだから、まあ、反発が起きることもないよね。
問題は、依頼者である、例の聖職者の一団。顔合わせをした途端、第一声がすごかった。
――貴様らの雇い主は、我々だ。貴様らは、我々の言うことだけを聞いていればよいのだ。
こう言うだけで、しっしっ、と犬を追うように手を振られる。取りつく島もない。これで、どうやって護衛しろというのか。仕方ないので、リーダーを務めることになった最年長の冒険者が、一応決まり切った確認事項だけを口頭で述べて、それだけ。前途多難だ。
――もう、あれ以上は無理だな。粛々と仕事をするだけだ。俺たちは俺たちで、ギルドに報告できる程度にやろうぜ。
リーダーがこう言うのも、仕方ないね。護衛としての最低限の義務は果たすけれど、後はもう、ほっとこう。それが、冒険者四人の総意になった。
でも、パーティーメンバー同士の関係は、いい状態にしておきたい。それに、生活魔法ならまかしとき、って言っちゃったしね。
だから、野営の時に、それなりの料理を振る舞ったんだけど。
「すげえよ! これだけの料理、店出せるじゃねえか!」
「ねえねえ、香辛料の使い方、絶妙じゃない! どうやったの!?」
なぜだか、年長二人から、質問攻めを喰らう。あれー? これはちょっと予想外。
ちなみに、いい匂いを嗅ぎつけたのだろう、聖職者連中が、それを寄越せ、って言ってきたけど、代金を請求したら、プンスカして去って行った。そりゃそうでしょ。材料費はもちろん、運搬の費用と調理の費用を考えれば、それなりの値段になるよ。だいたい、食事は別だからな、貴様らには何もやらんからな、って念を押したのはそっちでしょう、と言ったら、黙っちゃった。出立前に交渉してくれれば……いや、それでも、あんな連中に振る舞うメシは持ち合わせてねえな。
「いやいや、家事を手伝っていた田舎娘の手料理ですから」
「何言ってんのよ。あたしも冒険者になってそれなりになるけど、野営の時って、干し肉と乾パン程度が普通で、魔物を狩った場合にはそれを焼いて食べるぐらいよ。こんな、大きな町のレストランじゃないと口にできないようなもの、道中でお目にかかるわけないでしょ?」
「そうなんですか? まあ、アイテムボックスの容量は、それなりにありますが」
素材の調達については、こう説明しておけば大丈夫だ。魔術だけで構成するアイテムボックスは、その中に入れた場合でも時間は経過するから、食べ物などはどんどん劣化していく。それでも、昨日のうちに用意したのなら、食べられること自体には問題ないから。
「そうじゃねえよ。料理の技術自体が、すげえってことだ。だいたい、町で食べるやつって、味が薄々じゃねえか」
「まあ、普通に暮らしているなら、それでいいんですけど。冒険者が仕事を受けているってことは、体を使ってるわけですから、脂を多くして濃いめにしてます」
「いや、そんなことまで、普通は頭回らねえってば。……嬢ちゃん、なんで冒険者なんか……いや、今のは聞かなかったことにしてくれ」
冒険者という職業は、間口が広い。どのような立場の者でもなることができ、その実績のみに応じて評価が定まる。賤民だろうが一般平民だろうが都市民だろうが貴族だろうが、そんなものはいっさい関係ない。
見方を変えると、冒険者には、いろいろな過去を負った人が集まってくる。
そういうわけで、冒険者は、その過去についてあれこれ探るのは、大変に失礼なこととされている。どのあたりまでが探ることになり、どのあたりまでが世間話になるかの線引きは難しいけれど、そういうものだという常識は、冒険者でない者にも共通している。
だからこそ、彼は口をつぐんだのだろう。
「いえ、大丈夫ですよ。まあ、単純な話ですよ。あんなオヤジ嫌だ、いいオトコいないかな、って、村を飛びだしただけなんで」
「あー、嫌いな筋からの縁談が来た、ってやつだね」
苦笑しながら、お姉さんが話す。よくある話なんだろう。
「いえ、そうじゃないんですよ。会ったこともない、大都会の偉い人から、妾になれって」
「なんだよそれ!」
黙々と羊肉ソーセージにむしゃぶりついていた、わたしの次に若い男の子が、おっきな声を上げた。さっきから、こっちのことをちらりとも見ないで、ひたすら食べることに専念してたみたいだから、ちょっと驚く。
「いや、なんだよ、って。経済力のある人の妾ってのも、悪い選択肢じゃないよ。ただ、会ったこともない人から、頭ごなしってのが嫌だった、ってだけで」
「そんなんじゃない! いや、夫人を複数持てるってのは、いいんだよ。そうじゃなくて、そういう、その、なんだ……」
「?」
ごめん、何を言ってるのかわかんない。冒険者として初心者だからなのか、田舎者だからなのか。
リーダーと姉さんが、何だかにやにやしてるけど、いったい何なんだろう。
まあ、食事自体は大好評だったようだし、お互いの距離も縮まったみたいだから、よしとしておこう。
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次回は2022年2月2日(水)投稿予定です。
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