2-19.境界争いならぬ教会争いの気配が
本編で出てくる宗教組織に関する諸制度および教義等については、実在のものとは一切関係がありません。
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「いえ、聖職にあるというだけで、そんなに驚かれるほどのことでは」
「とんでもない!」
代官さんが声を上げて、ギルマスのミコラさんがうんうんとうなずいている。
そりゃまあ、女性の輔祭というのは少数派だし、見たことないというのはわからなくもない。でも、教義上認められているというだけじゃなくて、過去にも前例はいくらもある。それに、主教様あたりならまだしも、輔祭あたりでありがたがられることもないはずだ。
「つまり、わたしに、いや……わたしがこの地を訪れたということ自体に、何らかの意味がある、と?」
「ああ。もともと、この町、いや、この周辺一帯は、真正教古典派の信徒が多数派で、町にある教会も古典派のものだけでね」
「そのようですね」
隅から隅まで探し歩いたわけじゃないけど、信徒が礼拝できる施設は、古典派の教会しか目に入らなかった。真一教の礼拝所はないようだし、少なくとも動いた範囲では、伝統派の教会もなさそうだから。
しかし、宗派ごとに教会を分けるというのも、何だか無駄のような気もするんだけどな。定期的な儀式ひとつとっても、午前に伝統派、午後に古典派とかやれば、便利だと思うんだけど。使わない聖像や演壇なんかは取り外し可能にして、片付けたり取り出したりすればいいじゃん。それから小部屋を真一教の礼拝所にして絨毯敷きにすれば、これも簡単だ。もともと、どの教義にしても、礼拝所や聖堂についての規定があるわけじゃなくて、儀式や礼拝に即した形で作られていったものなんだから、原理的には宗教的意味があるわけでもないのだ。
でも、そんなことを口にしたら、袋だたきにあうだろうことは、わたしでもわかる。めんどいとは思うけど、ここは、せいぜい“話のわかる穏健派”程度に振る舞っておくのがいいんだろう。
「それが、伝統派の教会組織には、気に食わないようでな」
「布教活動を認めよ、ということですか。でも、現場の教会にそんなこと言われても」
その地の宗教は、領主様なり王様なりが規定したものに限定されることが多い。だから、その地を治める人が古典派なら、その地で認められるのは古典派のみに限定され、それ以外の宗派は表だって活動することはできないし、信徒が信仰を明らかにすることもできない。移動する商人などの例外を除き、これに従わない場合異端と認定されて討伐の対象になることさえあるという。
つまり、支配者がどのような宗派を選択するかが、宗教勢力によって重要ということになる。宗教の存在意義を考えれば、くだらないことこの上ないけれど、それが現実だ。
そして、このあたりは、古典派を支持する領主と、伝統派を支持する領主が、モザイク状に混在しているのだという。そうすると、いわば陣取り合戦の様相を呈することになる。
それは理解できるけれど、それなら、領主なり何なりに働きかけるべきだ。下々がどうこうできる話ではない。
「いや、そうじゃない。むしろ、伝統派の教会組織からの通達が、妙なんだ。領主の信仰には触れない、布教もしなくていい。ただ、教会だけ建てさせてくれればいい、それも今月中に、と」
「は?」
領主様の信仰が変わらないのなら、黙認してほしいというのなら、まだわかる。表に出ないように時間をかけて信徒を増やしていったり、政治的手法で信仰を変えさせたりと、いろいろやり方はあるだろう。
でも、教会だけ欲しいとか、今月中とか、意味がわからん。
「つまり、教会という拠点だけが欲しい、ということですよね」
「ああ。しかも、教会を建てさせてくれるなら、什一税も免除すると」
「什一税?」
「えっと、輔祭様なら、知っているよな。真正教での什一献金。それを、税金にするというもの」
什一献金とは、収入の十分の一は神のものであり、神に捧げるべしというものだ。本来は寄付にするものを、税金としてルール化するわけね。ちなみに、真一教にも教義に基づく税があるけど、主要目的は救貧に限定されているし、徴税基準は財産だから、根本的に違うものとみるべきだろう。
「まあ、民が納める税を、領主様が教会に渡すわけだ。本来、そういう徴税業務は、手数料を稼ぐことができるけれど、什一税でそれをやると、教会の分が目減りしてややこしいことになるから、手弁当でやるわけだな。当然それは、大きな負担になる。しかし、それも免除する、ってわけだ」
「そこまでして、どうして?」
「わからん。ただ、古典派に対して、何か仕掛けてこようとしているのは、間違いないと思う」
そういえば、あの伝統派の連中、古典派の教会で、言いたい放題だったよな。宗派と関係なく、あんな連中に、神の教えを語ってほしくないと思ったよ。
「教会の司祭様は?」
「“おお、神よ”と祈りを捧げておられるが、正直なところ、あまり役に立たなさそうだ」
わたしも一応輔祭なんだけど、その前で、ぶっちゃけた発言するね。まあ、割と偉い立場に居る人が、こういう言い回しをするのは、嫌いじゃない。腹を割っているということだし。
「だからといって、わたしに何かを期待されても、困りますよ。悪者を懲らしめるような術を持っているわけじゃありませんし」
「ああ、そういうことじゃないんだ。この町に滞在している古典派の一派が、マニエーレヴへ行こうとしているのは、知っているよね」
「ええ、そのために、得体の知れないのを確認してきたわけなので」
「そいつらへ、護衛名目で、着いていってほしい」
「わたしに護衛が務まるとも……そもそも、あの連中を守りたくはないですし」
護衛といわれても、戦闘能力がない、観察眼もまだまだ、そもそも即時対応力を磨いていないわたしには、荷が重い。前者についても、純粋な本音だ。
ここで、ミコラさんが話を引き取る。
「君の実績は知っているさ。そのために、準備を三つしておく。その一、冒険者ギルドが指定したD級以上の冒険者を四人つける。その二、任務外自由行動権を認めさせる。その三、君をD級に昇格させる」
「疑問というか、質問したいことだらけなんですが……まず、わたしをD級っていうのは? D級って、完全に一人前の冒険者ということですよね?」
「表面的には、困難な任務を二つ続けてあっさりとクリアした、というのが理由。実際の理由は、その厄介な敵の倒し方だ。これは、カールリスの証言で確認するが、君、退治する時に、聖水を使ってないだろう」
「……まあ、ご想像にお任せします」
「それだけの能力を実績で評価させてもらえば、D級というのは、必ずしも過大なものではない。C級ともなれば、単なる難敵の退治程度では無理があるが、D級なら問題ないさ」
「はあ。それで、任務外自由行動権、とは?」
「護衛というのは、護衛対象の安全を確保するのが目的だ。これは当然だな。しかし、護衛対象が危険にさらされたとしても、その場での命令権は、依頼者、すなわち護衛対象側にある。その結果、護衛対象が恐怖におののき、どう考えても悪手という命令を下すことがあるんだ」
なるほど。冷静に見れば、敵の親玉を叩けば解決するのに、ひたすら自分の身の回りから離れるなと厳命して、かえって窮地に追い込まれる、とか。ありそうだ。
「でも、そういう命令は、護衛本来の目的にかなうものじゃないですし、緊急時にまで適用できるわけじゃないですよね?」
「一般的には、な。だが、領主や傭兵団のように、もともと部下が居て指揮するのが前提という場合は、戦闘時でも、冒険者はその命令に従う必要があるんだ。敵前逃亡も禁止だしな」
「えっと、古典派の聖職者でも、ですか?」
「教会だって傭兵を使って軍事行動を起こすことがあるし。だから、聖職者の護衛ってのは、冒険者はやりたがらないんだ。報酬がいいかわりに、危険は多いし、ストレスは溜まるし」
「あ、それで、この町まであの聖職者の護衛をしてきた人、ボロカスに言ってたんですね」
「ま、そういうこった。だけど、これを認めなければ多分護衛なんか誰も受けませんよ、と言やあ、向こうもそれ以上は言えねえだろうから」
ふむ。そうだ、一番肝心なことを聞いておくのを忘れてた。
「それで、他ならぬわたしを指名した、その理由は、何ですか? 例の悪霊を退治した実績だけ、ってことはないですよね」
「ああ。単純に言やあ、あの聖職者連中と、冒険者の護衛を単純に一緒にさせたら、いつか必ずぶつかる。その緩衝役になってほしいんだ。聖職者の君なら適任、というわけだ」
「つまり、護衛対象から見れば、宗派が違うといっても聖職者の身分がある以上、うかつなことをすれば政治問題になるから、わたしには手を出さない。そういうことですか。ああ、D級にする、っていうのは、それも含めて」
「そういうことだ。他の冒険者から見て、それなりの立場だと示す必要があるからな」
ほう。
「条件は悪くないですね。それで、連中を向こうまで届けたら、また戻ってくるんですか?」
「いや、戻ってきてもいいし、そのままマニエーレヴに留まってもいいし。どうせ、旅の途中なんだろ? それなら、成果報酬分は向こうのギルドで受け取れるように書類を作っておくから」
「わかりました」
そういう次第で、かなりいけ好かない連中だけど、そいつらをマニエーレヴへ連れて行くことになった。
その後、重傷を負っていたカールリスさんは無事に回復して、二人の冒険者に切りつけられたこと、冒険者たちはさっさと逃げ去ったこと、その間わたしが独りで戦闘を行っていたことを証言。二人の冒険者は、任務中の他の冒険者への殺人未遂、報酬の不正請求、取り調べに対する虚偽申告、その他諸々の罪状で、かなりしんどいことになるらしい。わたしはもちろん、無罪放免。それどころか、カールリスさんへの応急処置と搬送で、金一封まで受け取ってしまった。
代官さんの話によると、二人の背後関係は特にないらしくて、オッドアイの生意気な小娘の言うことなんか聞いてられっか、ということだけらしいけど、なんだか匂うよね。
マニエーレヴ自体は、いろんな人がたくさん出入りする、にぎやかな都市らしい。楽しみだ。
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次回は2022年1月26日(水)投稿予定ですが、諸状況が芳しくないため、更新できるかどうか微妙な情勢です。当日17時に更新されていない場合は、2月2日(水)の更新となります。
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