2-18.黒幕はやっぱあいつらか

 問答無用で連れてこられた先にあったのは、町の中心部に近い事務所だった。屋敷ではなく、町のいろいろな事務作業を行っている場所らしく、いろいろな人が出入りしている。両腕をガッチリ極められながら歩くのって、しんどいんだけど、緩めてくれない。


 ただ、事情聴取というのは本当のようで、犯人扱いで牢に放り込まれるというわけではなかった。事務所に入って二番目の扉を通ると、それまでの割と乱暴な取扱いが一変して、対応が急に丁寧になる。なんだか、容疑者から客人へと立場が急変したようで、少し気持ちが悪い。


 案内された先は、ごく普通に椅子が並んでいる部屋。応接室というよりは会議室だろうか。部屋の壁面には本棚が並んでいるけれど、入っているのは、権威や教養を示すような書物ではなくて、書類が山になって積まれている。実用本位の部屋ということになる。


 そこに待ち構えていたのは、三人の男。左側に、門番のおじさん。右側に、ギルドマスターのミコラさん。そして真ん中に、細身で少し神経質そうな感じの、四十歳ぐらいの人物。その男が口を開く。


「わたしは、この町で代官を務めている、ヴィリネフスキという。今回は、手荒なまねをしてすまない。ちょっと、人には聞かれたくない話があるもので、君が容疑者として連行されると見えるように仕向けさせてもらったのだ」


「はあ」


 何がなんだか、よくわからない。でも、代官のすぐ側にギルマスが居るということは、表沙汰にできないといっても、後ろ暗いことではないだろう。たとえば犯罪者を捜査中で、その動きを悟られたくない、といったことかな。


 門番のおじさんは、すまん、という風で、片手を顔の前に上げる。そういえば、ずかずかと男が乗り込んで来たところには、門番のおじさんはいなかったな。単に、通常業務に戻っていたと思っていたのだけど、緊急事態発生と判断して、連絡に回っていたのか。


 ミコラさんに目をやると、軽くうなずいて。


「カールリスの傷を応急処置して、運んできてくれた点、まずは感謝する。処置が適切でなければ、そして全速力で連れてきてくれなければ、あいつはもう生きていなかっただろうからな。そして、あの傷は恐らく、魔物や動物によるものではない。違うか?」


「わたしは、カールリスさんがケガを負った、いえ、襲われた場面を、実際に目視したわけではありません。魔物が消滅したのを確認して、カールリスさんたちが居る場所に振り返ると、傷だらけのカールリスさんが独りで倒れていた。それだけです。でも、傷を見る限り、ミコラさんの推測通りかと」


 まあ、あの二人が襲ったんだろうね。剣のような武器でグサッと刺したような感じだったから。死なずに済んだのは、切っ先が急所を通らなかったからで、応急処置をしなければ、さほど時間がたたないうちに、出血多量で死亡していたのは間違いない。トドメを刺す必要がなくても、殺意があったと見ていいだろう。


 言い分としては、手に負えない魔物が出たとでもいって、逃げ帰ってきた。ところが、わたしがカールリスさんを連れて戻ってきたものだから、わたしがカールリスさんを傷つけたということにでもして、開き直っている、ってか。


「“彼ら”の証言は知りませんが、わたしが把握していることを申します」


 魔物そのものの詳細とかは、ここで今話すことではない。そうではなく、誰が何をやったかを、順を追って説明し、それに説得力を持たせる方が大事だ。


 幸い、彼らは二人の行動に懐疑的のようだ。わたしが何かをやった可能性は残しているかもだけど、それはわたしと彼ら二人がどのような関係だったかによる。嫌疑を晴らすというほどのことは必要なく、実態解明に対して素直に協力する姿勢を見せれば、まあ、心配することもないでしょ。


 そう考えて、時系列に沿って、わたしが自分で直接見聞きしたことと、そうでないものの前後の状況を考慮して可能性が高い推測をはっきり分けて、説明していく。前者は、誰に対しても話すことができる証言として扱われることを想定しながら。


「しかし、あいつらがカールリスだけを殺そうとして、君を残したのは、心当たりがあるか?」


 あ、殺そうとした、ってことは、もう確定事項なんだ。それなら、わたしが直接関与しているという可能性を、とにかく排除するようにしないと。


「そうですね、襲撃の実行はともかく、その背後に犯行を指示する者が居て、ターゲットとなるカールリスさん以外には手を出さないように厳命する、あるいは、それ以外の者は利用価値があるとして保全せよと言った、そういうところでは」


「いや、それは無理があるだろう。前者なら、カールリスだけに絞る理由が、そもそもない。後者なら、利用価値がある君を放置している」


この回答は予想通りだ。よし。


「それでは、こう考えればいかがでしょうか。魔物と直接戦闘したのはわたしだけだったのですが、その状態でわたしに近付くと、彼ら自身が危険なので、わたしは放っておいた。そして、わたしが対峙している対象が危険なものであり、かつ、それに対処できる人間は罪を着せる対象として適切であると認識していた、と」


「!」


 表情を険しくしたのはミコラさんだけ。他の二人は、表情を変えない。いや、これは表情を変えないようにしているのではなくて、わたしの言っている意味がわかっていないんだろうな。そのミコラさんは、体を前のめりにする。


「君は、聖水を使えるという。つまり、聖水を使える人間として危険視されている、ということかな?」


「その可能性も否定はできませんが、何分わたしは旅の者ですから、この地で、聖水使いが危険視されているかどうかは、わかりかねます。ただし、聖水を使えると触れ込んでいるのに実際には使えない人間にとって、聖水を使わなくてはいけない状況に追い込まれた場合は、聖水を使える人間を手元に置いて言うことを聞かせなければいけない、ということは、想像できます」


 うん、我ながら、なかなか汚い言い方ではあるね。要は、聖水を使えると触れ込んでいる人間が黒幕だ、と言っているわけだ。そして、できもしないのにそんなことを言っている連中は、この町の中ではあいつらしか居ない。


「そ、そんな……いや、しかし……それなら……」


 代官さん、かなり悩んでいるね。気の毒ではあるけど、こういう時には悩んでもらうのがお仕事なのだ。がんばれ。


 代官さんが頭を抱えていると、それまで黙っていた門番さんが口を開く。


「なるほど。それなら……辻褄が合うな。それにあの連中は伝統派ばかりが正統って考えていて、うちの町の司祭様なんか異端みたいに見てるしな。輔祭様なんかアゴで使って当然と思ってるだろ」


「「輔祭様?」」


「なんだ、ご存じなかったんですかい。このお嬢ちゃん、身分は……って、これ、言っちゃいけなかったのかな?」


「いえ、別に、秘密にしているわけじゃないですから」


 ここで、最初にこの町に来た時のように、機密に立ち会う際にまとうオラリを出して、背筋を伸ばしながら。


「改めまして。大司教猊下より輔祭職を拝命しております。聖水の製造と使用ができる、F級冒険者です」


 ええええっ、という声が、会議室に響いた。

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