2-17.逮捕されちゃったぞ
「……つ、つかれた……」
カールリスさんを背負い、不眠不休で歩くこと一日半。やっとサブレネフの町に戻ってきた。
わたしがくだんの悪霊を退治した後、重傷を負っていたカールリスさんに応急措置を施すことができたのは、ひとえに、わたしと行動を共にしてくれている霊たちのおかげだ。
傭兵隊長だったヤンは、止血や傷口の処置などの方法を。聖職者だったヤコブは、聖水を使って体内の造血機能を活性化する方法を。スタニスワフは、事後の証拠物件や傷の残り方の確認を。そういう、わたしが知らない、できないことを教えてくれた。彼らが居なければ、カールリスさんの命がなかったのは間違いない。
わたしも治癒霊法は行使できるけれど、治癒霊法というのは、体内を動く霊力を制御するものだ。低体温症の時に血流を活性化させたり、鬱状態の時に神経機能を回復させたりすることはできる。おかげで、冷え性で悩むこともない。しかし、こんな霊法は、ケガには何の役にも立たない。物理的な身体修復を行う治癒魔法というものはあるけれど、わたしには残念ながらできない。
自力でできたのは、生活魔法を使っての傷口の洗浄と消毒、そして、肉体から離れつつある霊を肉体に押しとどめるための施術、この二つだけ。
肉体が生を持って動けるのは、その中に霊が入っているからだ。厳密には、霊がない状態でも、生理的には死んでいないと判断できる可能性はあるけれど、その状態から蘇生できることは、まずない。蘇生できたとすれば、それは霊がすでに肉体から完全に離れていない状態だった、あるいは、離れている霊を体の中に再び取り込むことができた、ということであって、それは、まだ死亡が確定した段階ではない。
つまり、一般的には、死者を蘇生させることは不可能。それでも、死んだ人をよみがえらせたいというのは、残された人の切実な願望として、理解できる。神の教えに反する、いや、それを否定するかのごとき行為だけれど、感情は十分に理解できる。そこにつけこんで、蘇生魔法を試みましょう、そのためにはお布施が必要です、なんていう自称聖職者も居るらしい。金だけ取って、やってみたけどダメでした、もう寿命でしたね、で終わり。禁忌を犯した依頼をしているものだから、依頼主側にも大きな非があるわけで、詐欺だと表沙汰にされることもない。ところどころ場所を移動すれば、目をつけられることもない。悪賢い商法だ。
閑話休題。
ともあれ、カールリスさんの霊は、肉体から徐々に離れつつあった。これが、自分の意思で離れる、あるいは、離れても自発的に肉体に戻ろうとするのなら、別に気にすることはない。霊脱といって、霊を自分の肉体から外に出す技術を持つという人も存在すると聞く。でも、霊が肉体から自然に離れようとするのは、その人がまさに死につつあることを示すものだ。生理的な処置はさておき、霊的な処置は、わたしができる範囲でやらないといけない。戦闘の直後で霊力が減っている状態だから、残っている霊力をほとんど使い切ることになってしまったけど。
そして、それほど体力があるわけでもないわたしが、ヘロヘロになりながらも町まで一人でたどり着けたのは、相棒のフェリットが憑依してくれたおかげだ。わたしは、自分の体内にある霊を外に出すことはできないけれど、自分の外から体の内へ他の霊を呼び込むことはできる。この場合、その霊が肉体を持った場合に有する力を、わたしが使う事ができる。フェリットは生前牧羊犬だったから、方向感覚も脚力もある。
もっとも、オリジナルの肉体が全く鍛えられてないのに、一睡もせずに進んだものだから、体中が痛い。眠い。重たい。すぐにでも横になりたいけど、その前にやるべきことはたくさんある。
町の入口には、わたしが最初に来た時と同じ門番のおじさんが立っていて。
「うん? ……き、君は! そ、そこに背負っているのは、カールリス殿か? 生きているのか?」
「はい、生きてます! ですが、かなりの重症です。この町にいい医者は居ませんか?」
「いや、医者ならここに呼ぶ! 悪いが、ここで待機してくれ。おい、この二人を待合室へ案内しろ!」
ここまで来たんだから、場所さえ教えてくれれば、医院へ直行するのに。単なる負傷で、感染症でもないと思うんだけど。まあ、わたしは医者じゃないから、何ともいえんが。
もう、動けない。一歩も。待合室には椅子が置いてあるけど、座ってなんかいられない。床にへたり込んで、そのまま意識を落とした。
どれぐらいたっただろうか。
足音が聞こえてきて、気が付いた。やっと医者が来たか、と思ったら、なぜだか、ドカドカと武装した連中が入ってくる。
まあ、魔物や悪霊によるものとすれば不自然な傷だし、検分は必要だよね、そんなのんきなことを思ってたら。
「ヤーセミンだな?」
「……そういうあんたは誰よ」
何だよ、この男は。自分の身分も名前も明らかにしないで、人の名前を勝手に呼ぶなよ。
いや、違う。こいつはどうして、わたしを名指しで呼ぶのか。まあ、ろくでもないことになりそうだけど。
「名乗ることはできないが、カールリス氏殺害未遂の件で、事情を聴取する。来い」
やっぱ、そう来たか。ふむ。この男個人には、特に邪心は感じられない。わたしに対する敵意も害意もないから、指示された命令に従っているだけなんだろうけれど。
要求が通る可能性はあまりないけど、わざわざ刺激する必要もないよね。
「名乗れないにしても、所属する組織の名前とか、せめて依頼者の立場ぐらいは。相手の正体も何もわからないのに、ハイそうですかと、ほいほい着いていけるはずはないでしょう」
「……」
「だいたい、冒険者ギルドに登録している冒険者が、事実上の指名依頼で帰ってきたところなのよ。話を聞くなら、ここでいいでしょ、わざわざギルドに行かなくても」
「ともかく、来い」
「ぎゃあ!?」
わたしは無理やり腕を捕まれて、わけもわからないままに、ずるずると引ったてられていくことになってしまった。
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次回は2022年1月22日(土)投稿予定です。
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