ある日うちのネコが翻訳アプリを使ったんだけど
杉浦ヒナタ
第1話 ノブナガ、心の闇をあばかれる
「起きてノブナガ。大変だよ」
あたしは、窓際で丸くなっているネコのノブナガに呼びかけた。
「なんじゃ蘭丸。もう少しで
ノブナガは、くわーっと大きなあくびをすると、面倒くさそうに起き上がった。そのままお尻を高くあげて伸びをする。
「どんな夢を見てたのよ。あ、こら、カーペットで爪研ぎしちゃダメだってば」
このノブナガ、いつからか中の人が別世界の織田信長とつながっていて、近所の
ばりばりと床を掻きむしっているノブナガを抱え上げると、あたしはそれを目の前に差し出した。
「ふん、その型落ちのスマホがどうしたと云うのじゃ」
人が愛用しているものを型落ちとか言うな。織田信長の口からスマホという言葉を聞くのも何だかではあるが。
「これを見て。ネコの言葉を日本語に翻訳できるアプリなんだよ」
あたしの膝の上でくつろぐノブナガは興味無げにそれを一瞥する。
「それはかの翻訳コンニャクのようなものか」
いや、ドラ〇もんの秘密道具じゃないし。
「なるほど、技術は進歩するものじゃのう。で、わしに何の用じゃ」
決まっている。あたしはそのアプリを起動した。
「はい、何かしゃべってみて」
「のう、蘭丸よ」
なぜかノブナガは怪訝そうな声を出した。
「わしの言う事はすでにお前に伝わっておるではないか。それを、なぜまた翻訳する必要があるのだ」
「え?」
そう云えばそうだった。
「しまったー、また無駄な課金しちゃったよ」
あたしは頭を抱えた。
「ふん。一時の流行りに乗るからじゃ」
がっくりと肩を落とし、あたしはスマホの画面を見た。
「あれ。何か翻訳されている」
きっと、さっきしゃべった言葉だ。
(=^・^=)『腹がへった』
「おお、ちゃんと翻訳されてるよノブナガ」
それをノブナガに見せる。
「おい。わしはこんな事を言ってはおらぬぞ」
あ、また翻訳された。
(=^・^=)『退屈だから遊んでくれ』
「なるほど、なるほど」
あたしはノブナガをひっくり返し、お腹のあたりを撫で回す。
「止めぬか、この愚か者め。手打ちにしてくれるぞ」
(=^・^=)『相手をしてやる。かかって来い』
あたしとノブナガは顔を見合わせた。
「これは、何となく合ってるみたいだね」
「ふむ、まんざら捨てたものではないかのう」
ノブナガはパタパタとしっぽを振る。
「さて、そろそろ食事の時間ではないかのう」
「やっぱり、お腹空いてたんじゃないか」
うにゃうにゃ、と声を出しながらドライフードをむさぼるノブナガ。
そっとスマホを近づける。
(=^・^=)『うまい! うまい!』
……それは織田信長じゃなく、たぶん別の人だと思う。
☆
せっかくなので他のネコでも試してみることにした。
あたしはノブナガを連れて外に出る。
平松元気健康堂薬局の店先では、大きなネコが長くなって日向ぼっこしている。見るたびに太ってくる気がするが、ここの飼いネコのたぬポンくんだ。
「前はもっとスリムだったのにね」
「これではネコかタヌキか判然とせぬのう」
あたしたちに気付き、たぬポンくんは気だるげに顔をあげた。
にゃう、と一声鳴く。
「どうじゃ、翻訳できたか」
「あ、出来てるよ」
(=^・^=)『人生は重荷を負うて長き道を行くがごとし』
たぬポンくん、思ったより哲学的なこと考えていたんだな。たった一言にこんな意味を持たせるとは。さすが、のちの天下人(ネコ)だ。
「おのれ、たぬポンめ。生意気な」
ふーっ、と唸るノブナガ。それもすぐに翻訳される。
(=^・^=)『腹がへった』
……もうちょっと他の事も考えようよ、ノブナガ。さっき食べたばかりでしょ。
あたしたちの背後で、うきー、という鳴き声がした。
「あ、ヒデちゃんだ」
相変わらず変な鳴き声だ。日吉神社の近くで飼われている差し歯のネコだ。なので、差し歯のヒデちゃんで通っている。
実はたぬポンくんと、このヒデちゃん、それにノブナガは、ここ樋本商店街の覇権を争うライバルなのだ。
ヒデちゃんはあたしとノブナガを睨むように近づく。ノブナガも背中の毛を逆立て、一触即発の雰囲気だ。
ヒデちゃんがもう一声鳴いた。これはきっと宣戦布告に違いない。
(=^・^=)『お姉さん、一緒に遊ばない?』
目的はあたしか。ノブナガ、全然相手にされていないぞ。
「おのれ、ひとを
ノブナガが憤然としている。そしてそれもすぐ翻訳された。
(=^・^=)『退屈だ。遊んでくれ』
本当にライバルなのかな、この
「ひとつ気になっているんだけど」
散歩から帰って、あたしはノブナガに訊いてみた。ノブナガは洗面台に上がって溜まった水を舐めている。
「なんじゃ、改まって」
「ノブナガ、あたしの事をどう思っているのかな」
かっかっ、と笑ったノブナガ。
「ふん。貴様など食事係の小姓としか思っておらぬわ」
(=^・^=)『大好き♡』
おおう。やはりそうか。
「むふふ。このツンデレネコ」
「なんじゃ。なんと翻訳されたのじゃ」
「見せないよーだ」
あたしは指でノブナガのしっぽの付け根あたりをとんとん、と叩く。
「おのれ、またそうやって誤魔化そうとしておるな。あうあうあう」
ノブナガは変な声をだして口をぱくぱくさせている。
「貴様、あとで頭蓋骨に金箔を貼って、わしのエサ皿にしてくれるぞ」
(=^・^=)『やはり腹がへった』
おわり
ある日うちのネコが翻訳アプリを使ったんだけど 杉浦ヒナタ @gallia-3
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