赤いきつねとタイムマシンと隣のキミ

春海水亭

お湯を注いだら好きなことをしてお待ち下さい

「お湯を注いで、五分待つ……そんな時代は終わったんだ」

 科学部部長の丸山はそう言って、ニヤリと笑った。

 丸山がこのような表情を浮かべる時、彼の科学的情熱が変な方向に結実したことを千屋は経験からよく知っている。

 そして変な方向とは、正解に向かう方向とは大体が遠く離れていることも。


「ほら、見てくれ!タイムマシーンだ!」

 科学的方向性の違いで独立した青面高校自称第二科学部の寂れた部室に、得意満面な丸山の声が響き渡る。

 しばらく丸山は拍手を待って「タイムマシーンだ!」と「時間を操作する奴だ!」と「家で作ってきた!」を繰り返すが、彼の求めるものは与えられない。

 丸山がタイムマシーンと呼ぶ謎の機械は電子レンジほどの大きさで、電子レンジの形状によく似ていて、横のつまみやボタンの配置が電子レンジのそれによく似ていた。


「タイムマシーンだぞ、千屋さん。すごくないか?」

「電子レンジじゃないですか?」

「電子レンジを改造したんだ」

「何を言ってるんですか」

「電子レンジの科学的可能性については、後で述べることにしよう」

 そう言って、丸山は鞄から学食で買ったカップうどんを二つ取り出した。


「論より証拠、赤いきつねで試してみようか、ちなみにキミは赤いきつねと緑のたぬきどっちが好きだい?」

「赤いきつねです」

「そうか、良かった……緑のたぬきも美味しいけど、長いほうが実験には丁度いいからね」

「私、緑のたぬきも食べたくなってきました」

「……今、赤いきつねしか無いんだ」

「私、育ち盛りだから一個じゃ足りないかもなんですよね」

「そうかい、僕も育ち盛りだよ」

 丸山は千屋の言葉を軽く流すと、赤いきつね二つにそれぞれお湯を注ぐ。


「お湯を入れて五分……それが、カップうどん業界の常識だ。だが、僕はお湯を入れたらすぐにカップうどんを食べたくてしょうがないんだ」

 そう言いながら、丸山は赤いきつねを二つタイムマシーンの中に並べる。

 カップうどんが二つも入ると、タイムマシーンの内部はぎゅうぎゅう詰めの有様である。


「そこで、このタイムマシーンが登場する。タイムマシーンの扉を締め、スイッチを押すと過剰な電気の力で内部の時間が加速する……フィクションに登場するように過去に行くことは出来ないが、時間を僕たちが見ているよりも未来に運ぶことが出来る」

「ようするに?」

「十秒待つと、五分が経つ」

 自信たっぷりにそう言って、丸山がタイムマシーンの電源を入れる。

 その瞬間――さほど明るくもなかった青面高校第二科学部中の電気が消えた。


「落ちましたね、ブレーカー」

 千屋の言葉に、丸山は何も言わずにタイムマシーンの扉を開き、赤いきつねを取り出す。

 

「……基本的なことを忘れてたよ、電気がないと機械は動かない」

「本当に基本的なことでしたね」

「……残念だ、最近は失敗続きだったし、キミに成功した機械を見せたかったんだけどなぁ」

 しょんぼりと落ち込む丸山に、千屋は言う。


「成功は次に取っておくとして、部長が望んだお湯を注いですぐに食べたいっていうのは私が叶えてあげます」

「えっ」

 窓の外から燃えるような夕日が射し込む。

 太陽を背に受けて千屋がニヒヒと笑う。


「タイムマシーンなんか無くても、好きな人とお喋りする楽しい時間はあっという間に過ぎちゃうんですよ」

「……えーっと、じゃあ何について話そうか」

 赤く染まる頬を心のなかで夕日のせいと言い訳しながら、丸山は話題を探す。

 おそらく、何について話しても楽しいけれど。


「そうですね――」


 赤いきつねは、待つ五分すら楽しい。

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赤いきつねとタイムマシンと隣のキミ 春海水亭 @teasugar3g

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