2025 -Threats-

 光さんの渾身の告白から3年が軽く経つ。この期間は俺にとってもの激動は、いやしがないサラリーマンならば成り行きだろうか。今は故あって岩手県大船渡に居を構える。


 その契機は、2024年7月に東京都条例オンライン職務規則遵守三則が一斉施行される。早い話が東京都の会社に緊急の用事が無ければ出社するなの本筋だ。

 東京都議会では保守派閥が議案を上げるも、現実的では無いかの世論が動くが、この先もワクチン接種が続いて、幾つも流行波が来るのならば、これはやむ得ないだ。

 何よりは現職の東京都知事が生命を重んじる超保守派であり、都議会招集ままならずは政務怠りである。言い返せない都議員が吹っ切れて、圧倒的多数で可決になった。時の政府は新型コロナウイルスの再びの流行に備えての東京都の英断止む無しの見解を出した。

 俺は立松親和商会一族経営の重鎮立松勝平部長に、東京はもう駄目です千葉に本社移転しましょうと進言するも、抉る程のカーブで却下された。


「いいね、悪くは無いよ。ただここがね、未来人との受注契約があって2029年迄ISMのCOBOLサーバーを預かっておかないといけないんだよ。何せ37年物だから下手に動かしたら部品を一から作り直せるかだからね。麻琴チーフの思いは汲むが難しい話かな。ここで言える事は、時代を先取りしたオンライン営業部がより進化するね。何を総務課が拱いて週一回出社を容認するものだから、うちの社員の大半が首都圏から離れて居を構えては、交通費の支給が嵩みに嵩んでね、大いに良い機会かとは思う。麻琴チーフも日本国内で高速通信が網羅されてる地域なら、拘らず引っ越しても構わないからな」


 まず話は半分だ。立松部長は南アフリカに火力発電プラント2つ卸してるから、未来人のそれはあるやもの話だ。と言うべきか、何処まで手広いんだ立松親和商会は。

 立松部長はどうするの視線を投げ掛けるが聞いてはいけない一線は守る。ただこの機会ならばと俺は光さんの逆予知夢の話を、光さんって独特な勘ですよねと、負けずに抉るカーブで投げ返した。


「ああ光ね、どうしてるかねあいつは。そう独特な勘も何も俺達競馬仲間さ、あいつは良さも何もかも、君たち以上に察しては来たつもりさ。ふっつ、ただ光が分からないのが、メインレースで延々外れ馬券を買うのかが謎だね。まあ私が馬主にならないのがそこさ。光の御勘気に触れて持ち馬が一生賞とは無縁になってはダービー馬が何より可愛そうだからね。麻琴、言っておくが男子の察しとは程々が良い。結婚したら同輩が凝り性同士だと苦労するからな。まあその位の距離感で正解かな」


 そう立松部長の競馬観覧会には、光さんが来いで3回スーツで出席しては各競馬場の貴賓室でお相手した。今となっては、光さん競馬弱いのかだけど、日頃の立松部長との衝突の鬱憤をお返しした訳か。

 もっとも全てが逆予知夢で見れる筈も無いから、互いに勝負師な訳でもと、いや食えない。輪を描いて食えないは、その競馬観覧会の列席には川澄純一郎東京都知事も加わるから、互いの上層部との便宜が作用してる事は、これも安易に触れてはいけない事にしておく。


 この東京都条例オンライン職務規則遵守三則前から、立松親和商会内ではAI確認アシストシステムが走る事になる。重要書類作成アシストに、世界市場の翻訳妙案、メール作成校正の主たるが機能し、オンライン営業部の仕事はより捗り、条例施行後にチーム制は発展的に段階的解消になった。

 立松親和商会はこのIR活動で株価が最上更新され、取引先の評判も上首尾となった。


 この条例施行によって、立松親和商会は真っ先に正式通達で週一の本社勤務は無くなり、オンライン営業部員部員は日本国内の高速通信が網羅されてる地域の何処に住んでも構わないになった。

 シングルマザーの綾華さんは光さんの逆予知夢の件も有り、迷わず故郷の函館で変わらず仕事に励むことになった。

 そして俺は実家の古河に帰る筈も、実家を引き継ぎ結果幸せな結婚をした諭美さんが何処で漏れ聞いたか、大船渡の大農園が人手足りないから家賃ロハで、諭美さん実家経営の民泊の一室に収容される事になった。ここは古河も大船渡ほぼ安全でしょうの強制で、諭美さんの論破に勝てた試しはまるで無い。



 そもそも何で俺達がこうもフットワーク軽いかは、ここは光さんが深く関わる。光さんの夕食たかりで各家訪問されては、険しい査定が始まり馴染みのカウントオフの買取営業が呼ばれては、残らず断捨離させられた。俺は余りの部屋の広々ぶりの落胆するも、光さんは。


「そうか、うちの姉貴も本好きなのだけど、このスペースにこの本があるだけで幸せなのって、そういうの本末転倒だよな」


 そんなこんなで手元にある近代装備は、スマートフォン、世界通販大手AS OrionのFirstHDタブレットにスマートスピーカーと、部屋は小ざっぱりなものになった。いや楽園マークのNexthanのノートパソコンは辛うじて残されたが、完全に仕事用になってより良いオンオフ加減にもなった。手に届く所に勉強資料は無くなったが、探す気力があれば、自らの嗜好は広がって悪くは無い傾向だ。


 ◇


 そして程なく、諭美さんに導かれた丘陵地帯の大船渡ライフはあまりに快適に尽きた。皆から身体思ったより動くね、定年過ぎてもいればは、答えに困るが自然と笑顔にはなる。

 このマイライフ振りを、立松親和商会の社内コミュニケーションスペースのビデオ通話で食い付いてきたのが小関星蘭で、以前オンライン営業部教育法人課第9チームへとインターン研修引いては将来有望入社の女子だ。そしていつの間にか、俺の上の民泊美空荘2階に移植している。

 諭美さんにとってはようこそなのだが、そこにやや納得してないのが諭美さんの妹氷室梨乃さんで、何故かあれこれと押し掛けてくる頻度が高くなった。スムージーレシピがこれでもかで、国道沿いに十分お店開けますよと、美味しさからどうしても褒めてしまう。これは俺の管理職としての悪い所か良い所かは、良いにしておく。

 ただお褒めに免疫に無い梨乃さんに素直に言うものだから、話が弾むと自然に採算ラインはどうのこうので熱意を持って相談される。諭美さんは事あるごとに仰る。


「麻琴さんの本能の八方美人。何れどちらからかに刺されるから、敢えて成り行きにしなさいよ」


 と、きつく言われた。そこ迄もてる要素は無いが、光さんレクチャーのLA系列の中古店巡りピックアップのオシャレセンスを引き継いだからかは、アメカジが再び回って来てるかだった。


 ◇


 時は軽く流れ2024年11月に、例のFullfaceのkyo9teamのグループビデオ通話が開かれ、青森に来いへになった。発起人は写り込んで来た光さんのあれ妹いたかなだが、年齢不詳の姉御子柴波留との自己紹介が丁寧にも長く、どうしても同席するらしい。


 そして、懐かしき立松親和商会オンライン営業部教育法人課第9チームの交流会は、青森・大船渡・函館は東日本方面とあって、青森日帰りプランの酒席に着くことになった。

 青森市本町の丸旭割烹での酒席は慎ましく進み、11時開始14時解散の即日解放がしおりだ。こうして再びそう言えばの距離感が胸にこみ上げるものが有り、決して悪くは無いものだ。

 集まったメンバーは、発起人の光さんの姉君波留さんは地元晴耕雨読書店本店の副店長。日焼けが今もの光さんは現在は鮮魚仲買人で朝早くからの天職。諭美さんは実家大農園経営に民泊女将。綾華さんと俺は未だ立松親和商会で今はオンライン営業のスペシャリスト。

 皆コロナ禍でも辛うじて食いっぱぐれはしていないのは、はからずも良い傾向だと思う。そして長男を預けてきた綾華さんが青森の地酒でほろ酔いになってはくだを巻かざる得なかった。


「光さんも、あれでしょう、先が見えちゃうから、諭美の件とか、kyo9teamにも良からぬ事起きると思って、身を引いたんでしょう。それ何か違うわよね、違うでしょう、そうよ、どうしてなのよ、ねえ。と言うべきか髪を切れ、光、」


 綾華さんは得てして悪酔い傾向だが、その通りだと思う。そこで姉弟のノリがつい出る。


「いや切れも何も、襟足が凄い癖毛だから伸ばしてようやくだから無理。って、この弁明何十回目だよ」

「そうかな光、私も同じ襟足癖毛だからベリーショートだけど、何か容姿逆で不思議な姉弟になっちゃうのは、まあそれも個性よね」

「青森寒いから、丁度良いでしょう」

「全く、そう言うのはマフラーを編んでくれる女子探しなさいよ」

「とか言って、そう言うの波留さんがいつも用意してくれるでしょう、そうだよね」

「もう。こう言う事してるから、互いに恋人候補が入ってくる隙が無いものよね」


 俺達は地酒の威力で爆笑のままだが、皆光さんのあのやや不可逆的な逆予知夢に触れる事なく、姉弟漫談に日も高いのに酔いしれる事になる。


 終わりしな、俺は光さんに出すべきものを持って来ては立松親和商会印の封筒を差し出した。光さんは何それと封筒からライフプランサポートのパンフレットを興味なさげに引き出す。

 そう立松親和商会は、どうしてもの因果か訪問営業職は今や2割に迄削減され、ほぼオンライン営業に移行しては空前の人不足に陥っている。いや人はいたがAI確認アシストシステムが馴染まなくて、結局は会社を去っていった。訪問営業職のこの期に及んでの口癖は勘の良さを主張するが、AI確認アシストシステム導入で明らかになったのは根拠の無い経験則の積み上げで、立松親和商会のリニューアルには全くの蛇足だった。

 ここで立松親和商会ゆかりの人材復帰策が講じられて、光さんもエントリーリストに上がった。コースは2つ有り、複数年契約のエージェント制度と、昇格の無い長期OB制度。光さんは読むに読んだ。


「今更帰参して、同じ事するのもどうかでしょう。それにAIあるなら、立松親和商会に居残ってくれた優秀社員の奮闘に沿ったディープラーニングで仕上げた方が、より効率的じゃないかな。俺はそう思う」


 光さんはけんもほろろにパンフレットをパサと置いた。ここで皆が突っ込む事なく、立松親和商会の草分けオンライン営業とは、全てがぶっつけ本番のマニュアルの無い困難さでもやりがいのある仕事で、光さんこそがよく知ってる筈だ。しかし敢えてそう言う姿勢なら、何時でも冷やかしに戻って来てどうぞと、察して改めて座を笑わせた。


 帰り際は、諭美さんがまた青森に来ても良いかと伺うも、姉様波留さんが勿論生き延びてねと、がっちり握手してハグもした。御子柴姉弟は共に感受性の輩かと、微笑と一緒に嬉し涙が溢れ、口々に再会をどうしても誓った。


 ◇


 そんなありふれた掛け替えの無い日常も、忘却に置きたい最悪の欠片がどうしても戻って来る。



 大船渡は盛夏でも就寝はエアコンを切っても快適だ。そんな夢ごこちのままに、Fullfaceのグループ通知音で敏感にも起こされた。それは光さんからだった。


【夢の中で暦を見た。2025年7月27日。今日。朝日が上る中、俺は遥か南洋の丘台にいた。ラジオの最大警報では大大津波があと3分で第一波が到達しようかで、アジア各国に次いで西日本らしい。そして来たる海を根こそぎさらいめくり上げる大大津波が迫り、その光景に居た堪れず目を閉じた。そして床から再び目を開けた時は、このコメントの直前で、過去の事例から、この時間帯からはもう覆せない様だ。どうしても来てしまう。ただ俺の見た先の5つの予知夢は段階的に逸れると思うので、推移を見守るしかない。今日なら言える。俺の言葉を信じてくれて有難う。】


 堪らず目を伏せた。拡散された予知夢の2025年7月5日の大大津波は世界の何処でも起こらず、SNSでは何を期待していたか、その日から3日でコメントが途切れ、ありきたりの日常に戻っていた。

 そう光さんの逆予知夢は消滅では無くて、逸れるだ。俺達はただ逸れる事を深く願っていた。俺達は折良く移植先の被災地圏外で助かるのは、光さんが遠因の導きがあればこそと今になって去来する。

 光さんどうしては、決してこの口からもこの心からも出ないだろう。仮に光さんの見た逆予知夢5つを、SNSで拡散しては科学的根拠無しを誘導しても、その中に悪しき者の力が作用すれば、手に負えない想念で混沌を生みかねない。聖書に幾つにも生まれた救済とは、穏やかなところから始まったかもしれない。



 俺はこの虚無感の中、明朝直ぐそのまま、知れず大農園を歩いて大輪のひまわり畑の中にいた。この稀代の大大津波の予知夢はどうして来るのは理解していた。そして多くの人が亡くなり、俺達の首都圏以北は助かる。

 どうにか出来なかったのか。出来やしない。しかし光さんの逆予知夢でどうにか分散されてゆく筈だ。それでも不意に涙が出てはひまわり畑に両膝をついた。これから始まる悲劇に、耐えきれず泣き、そして喚いた。俺はもう見失っていたので、その声の大きさが分からない。

 不意に右手に温もりが来て、右腕、そして背中が包まれた。


「大丈夫よ、麻琴さん。そういう弱さも大切なのよ」


 俺はどうしても、大農園にいつも早出の梨乃さんに縋り、ただ心地良い抱擁の中に沈んだ。今日この後僅かで、大大津波が来ると言うのに、俺は、何をしてるかだ。来る、声を出そうにも肉体は嗚咽が先になってる。



 そして遥か遥かから遠くの聞いた事の無い劈く音が、この大輪のひまわり畑の丘陵地帯でも聞こえる。太平洋を深く切り裂く音が、この現実を受け入れろとばかりに響き届く。


 開いてはいけない門の向こうに、多く人が歩む列が続く事だろう。俺達は何年も前から悼んでいた。それがどうにか届いて欲しいのが、ただ細やかな願いだ。どうにか慈悲を、今日ここに。


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きょうを読むひと 判家悠久 @hanke-yuukyu

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