きょうを読むひと
判家悠久
2023 -Omen-
2023年6月17日土曜日。あのコロナ禍はすっかり季節風邪の扱いになり、新型コロナワクチンとインフルエンザワクチンを併用する事で、ソーシャルディスタンスをどうしても守りつつの日常になる。多くの企業体は、その都度の対応が酷く面倒になり在宅勤務に大きく傾倒せざる得なかった。
そんな仕事とプライベートの境界線が無い日常は、各人のルーチンで区切るしかなく、ここで新たなプランナー商法が確立する。とは言え俺は光さんから教わったルーチンで土日はトレーニングと朝早くはウォーキングへと出掛ける筈なのに、スマートフォンのアラートが気持ち早くももう鳴った。思わずガバと起きたがまだ日が出ていない、そうルーチンのアラームは5時に設定してる筈がどうしたかだ。
ただ悩ましげに起きては、畳の5手向こうのスマートフォン台に辿り着いた。表示されていたのは、現在は使われていないSNSのFullfaceの、懐かしい通称kyo9teamのグループのコメント通知が上がっていた。一瞬で懐かしい刻が戻ってきた。kyo9teamのグループのそれは、段階的解消となった俺の勤める上場一部の立松親和商会オンライン営業部教育法人課第9チームの、ごくプライベートの非公開グループのものだ。
オンライン営業部教育法人課第9チーム発足は立松勝平部長のごく気紛れで、当時のメンバー精鋭が集められた。俺一番年下の篠田麻琴に、破天荒御子柴光さん、シングルマザーでも手腕抜群の浮田綾華さん、居住まい丁寧な氷室諭美さんの4人の男性二人女性二人編成だった。
足で稼がないオンライン営業部に何が出来るかの社内の評判は、コロナ禍の急案件でもトラブル回避のBtoB信用を一手に担う立松親和商会の伝手を存分に活かして、呆気なく吹き飛ばした。
何せ国内外問わず通販会社を筆頭に、この商品無いかの問い合わせ殺到で、古参社員の伝手は勿論、最低信用以外のトレードサイトも拾い上げ、無い物は町工場で手作りして貰った。
そう逆にチーフ職の俺が面食らってる。これら集まった5ヶ国語はそういうニュアンスだからと麻琴さんファイトだった。俺以外ノンキャリアも、何故に機械翻訳以上に意を酌めるかはただ海千山千の猛者かと日々身が引き締まった。
積み重ねた信用から、俺達kyo9teamは社内から賞賛と相変わらずの嘲罵を貰う事になるのだが、上場一部の商社ならば出世競争はどうしてもあるかと、その時は軽く考えていた。
中でも光さんの最上級の発露の通知は今でも覚えてる。2020年11月25日朝4時、日が出ていないのにスマートフォンのFullfaceのグループ通知音で叩き起こされる。
【麻琴さん。今だったら干渉しないと思うけど、正統学習塾の12億円案件決まった筈だから、導入マニュアルの見直ししておいてな】
そう光さんはいつも弾んだアドバイスとジョークを飛ばす。それ故にミディアムボブの容姿と相まって破天荒扱いされるのが実に勿体無い。
六本木本社の週一勤務でも、足で稼がないと身なりが自由だからとか、あいつは気紛れだからとか、調子に乗ってるなとか、通りすがりに聞こえる様に態々社員様が吠えてくれる。また扱いに困るのが、社内匿名掲示板も光さんを指すであろうの足の引っ張り合いが目に着いた。
2022年8月31日に、光さんが突然会社を一身上の都合で退職した。
表向きは実家の家庭の事情で立松部長直接の退職届けが、俺に相談も無く受理された。ただ最後にお別れに、部下としてではなく一先輩として光さんが電話挨拶をしてくれた。ありきたりに何故ですも。
「流石の俺でも法人営業部のしつこい言い回しには呆れて物も言えない。これ以上、麻琴さんも綾華さんも巻き込みたく無いから、俺は降りる。世話になったが世話もしたから、こんな感じでまた何処かで」
ちょっと、も言う隙もなく会話は終わった。感慨より怒りが湧いた。俺はそのまま立松部長のオフィスに駆け付けた。
「麻琴チーフね。キャリアとノンキャリアの言い分ならキャリアを重んじるのが立松親和商会の安定たる社風だよ。結果体制は固持され、それで幾多もの苦難を乗り越えてきた。事件にならない沙汰なら、大いに看過するのも管理職の義務だろう。まあ切ないが、あのままでは、光の持ち前のバランスでしつこい連中の左顎砕いたら、皆が気まずくなった筈だ。ここは光の意思を大いに尊重しようよ」
まだ今日です、時間は有ります、ここは光さんを出世させるべきではも最後は言い淀んでしまった。
立松親和商会の鉄則、地方私立大卒は一律ノンキャリア、都内一流国立大私立大でキャリア組だから、その高き壁を越えるには年一度の昇進試験で95点取らないと現実的には不可能なのは、社内のキャリアセーブシステムで規定と身上書を見て深く知ってる。
そのログから読み解くに、光さんはとても面倒臭いのか、ひっかけの難問題の筆記試験は飛ばして、70点そこそこでいなたく試験を閉じる。そうだろうの立松部長の視線は深く悟るしかない。
確かに光さんの普段の行いから俺が最大加点しても試験通過は難しい。キャリアの壁はただ厚く、立松親和商会の将来を憂いるなら、一ノンキャリアの事など瑣末の事か。業績なんてたまたま回ってきたお鉢次第と、いつの間にか社内では定説になってる。それは会社組織ならば止む得ない体制でもある。
それから俺と綾華さんの2人体制は続いた。
そもそもは4人体制だったが、2021年9月に諭美さんが実家の大農園を継ぐのと積極的な婿養子結婚で抜けて、3人体制となり、見えない歯車が狂い始めたかもしれない。
光さんと諭美さんは確かに付き合っていた筈と思うので、好奇心が勝って俺は8度目にして光さんに問い質せた。
「ああ、このままだと諭美と何となく結婚するかもな、普通にな、」
それから1ヶ月も経たずに、諭美さんは強引にもどうしても実家に継ぐ事になって婿養子結婚もした。俺は光さんに嘘は良くないも泣きつくも。
「そうか、俺の事で、転がる事はままあるだろう。物事は表裏一体、まああのクールビューティの諭美なら大切にしてくれるって、な、」
そう、光さんのたまにどぎついコメントは、ただ真逆になる。知っててやってるなら、光さんは酷い方過ぎる。
そこから諭美さんが抜けたまま、俺と光さんと綾華さんの3人体制で進み増員はされなかった。管理職としては今更派遣社員も何かだし、立松部長も4人も3人も君達の能力ならば大して変わらないだろうと一笑に付された。
ただそこから綾華さんのヒステリーはまま増えた。何れものクロージング案件を担当していたものを、諭美さんの撫でやかさの職務分担が、どうしても綾華さんに回ってきたので苦労はただ掛けてしまった。その日々の慰労は、光さんが公私共に宥めては、辛うじてボーダーラインは守られていた。
まず諭美さん、次に光さん、誰も替えの効かない先輩だからこそ、去って行くの寂しい。俺は何となく東京の国立大に入ってキャリア入社したが、本来の志とは、より良い生活を届けるを胸に刻んでいた。それが身近な仲間すら守れぬとは、俺は只管若いしか無い。
スマートフォンをしばし眺めている。光さん、どうしてるんだろうか。そんな苦い思いが再び去来していた。そして珍しい朝の通知音。徐にスマートフォンをタップし通知を開いた。光さんのグループコメントは急角度の斜めから入って来た。
【今から例の大大津波の事を書き連ねるが、信じて貰えれば非常に助かる。】
SNSをここ数年席捲しているのが、2025年7月5日に太平洋側で大大津波が起こり日本にも未曾有以上の何かを齎すの予知夢の事。そのリアルな日付からコメントが拡散し、日本国民が今も動揺している。総理官邸も動くが、科学的根拠は一切無し。その発端の関連13アカウントは何れも捨てアカウントで悪質なデマそのものと都合7分で切り捨て、一度限りの官房長官の一般会見は終えた。ただ広がった動揺は一定のタイムラインの枠外に行くまで消えはしない。
そして光さんのコメントは続く。
【名古屋の51階建のJRセントラルタワーズの半ば迄に大津波が達する。】
【国立競技場に救助ヘリ多数も、全て要人向けで市民の大暴動が起こる。】
【大大津波からがらも、巨大船舶借り上げによる一斉避難が国内外各地に散る。】
【真昼の新宿を歩いていると、春夏でも白い灰が途切れなく降る。】
【静岡を境に、40歳未満は西へは立ち入れない。】
やれ光さんは相変わらずかなも、確かに歩が落ちる。普通に太平洋側で大大津波が起こるならば、西日本が飲み込まれ、原発が稼働していたら、それはそうだろうの黙示録だ。そして。
【拡散された大大津波の予知夢はほぼ当たる感触だ。俺はこれに限らず折々で不都合な未来を逸らして来たが、所詮俺はクラスに一人いる霊感のただ強い者にすぎない。ここにその2億人に一人の強烈な予知者が現れたら、俺だって叶うものじゃない。】
いや、クラスに一人の霊感強いって御出身の青森ローカルでしょう、首都圏だと国立競技場と神宮球場に10万人集めてもいるかいないかですって。そうではなく、こうお話し畳み込まれてもと、フリックを続ける。
【そう、薄々気づいてるかもしれないが、俺の数少ない予知夢は誰かに言えば逸れる。そうであって欲しい時は、沈黙し又は許容範囲の今日日に時間を折を見ての報告をしてる。】
ここで突っ込みがある筈も、休日の早朝、この時間に、俺と綾華さんと諭美さんが付き合えると思ってるのだろうか、光さん。いや待てよ、着席ランプは全て点灯しているよ、朝早いな皆。そうか、光さんのあまりのほぼ不可逆的な希少な能力に、俺と同じく、受け入れるのに時間が掛かっているかもしれない。そう着席ランプは今も尚点灯中。そう、見届けてる息遣いは感じてる。
【取り敢えずごめんは言っておく。この逆予知夢をもっと自分に活かせも、これから言う事は必ず聞いて欲しい。この最悪過ぎる大大津波の予知夢の縛りから逃げる方法を残しておく。これを拡散してぶつけるのではなく、このグループの4人だけが何も言わず信じれば逸れる筈だ。ただ、既に拡散させた大大津波の予知者は多くの人を巻き込み過ぎて、巨大な想念を作り出している。微かな手を打っても二分八分で分が悪い。兎に角逸れても、小見出しに到来するかもしれないので、深く見守っている。了】
俺はスマートフォンをゆっくり台に置いた。コメントを何度見もしてしまうだろうがすっかり頭に焼き付いている。首都圏でも際どいか、だがそれは忘れた頃の地震で想起せざる得ない。
そして光さん信じるかは、まずあの方は直感が尋常では無い、カードゲームは法則無しに強い、天気はほぼ当たる、ここで光さんの名台詞がどうしても浮かぶ。
「降ってる雨は、どうしても止められないって」
そう、既に雨は降っている。光さんは精一杯の警鐘を鳴らしているが、そのほぼ不可逆的な希少な能力を信じずに、この5つが拡散されようものなら、人が募りに募って無邪気でとてつもない想念になる。どうしても人に語ってはならない。そして俺はその史上最悪の日々が来ない事をただ願うばかりだ。
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