22 朝と夜と星空と

 空気が変わっていくのが分かった。

 ここは北の果ての聖地、アンサン聖池。

 しかしその寒さは頭上に広がっていく空と共に消えていった。

 

「なんだ……これ……」

 

 空が朝と夜、その2つに綺麗に別れ、広がっていく。それは半球状になっているようで後ろを振り返っても見えるのは池ではなく空になっていた。

 呆然と見上げたアイラがポツリと呟く。

 

「これは……まさか」

「グルルルルルルルッ」

 

「そうだよ〜〜っ! 今頃気がついてももう遅い! あははっ!!」

「……苦しんで……死ぬ」

 

 声の方向を見ると手を繋いだ少女2人がこちらに歩いてきていた。

 近くで見るととても小さい。パッと見た印象でしかないが10歳前後なのでは無いだろうか。よく似た顔の2人は、本当に先程まで戦っていた相手なのかと疑うほど幼かった。

 もう空は飛んでいない。纏ったローブは少し汚れているが、大きな怪我を負っているようには見えなかった。

 

「そんな……コリンが命を賭して護り抜いてくれたのに……っ」

 

 倒せなかったというのか。

 

「アイツはほんとに無駄死にだったね〜〜!! アタシ達に反抗なんてしなければ生きていられたのに!!」

「……無能」

 

 ブチッと頭の中で何かが切れた音がした。

 

「てっめぇらはあああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」

「サクライ!! 駄目ですッ!!!!」

 

 アイラが止める声が聞こえたが関係ない。こいつらは絶対に1発殴らないと……っ!

 

 

 

「「折れろ」」

 

 

 

 バキッ。

 という音が体内に響き、踏み出した足がバランスを保てなくなる。

 何が起こったのか分からないまま俺は地面に転がった。

 

 そして遅れてきたのは、激痛。

 

「あぐっ……ああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっっっっ!!!!??!!!!!!?!!」

 

 右足が熱い。いや、熱いなんてものじゃない。自分の足から感じる痛みだということが信じられないほどの痛みが今俺の脳に届いていた。

 

「グワルルルゥァァアアアアアアッッッッ!!!!!!!!」

 

 ギンが怒り狂い2人の少女に飛びかかろうとするが、

 

「「伏せろ」」

 

「ギャウッッッ?!」

 

 ビタン!!! と地面に叩きつけられるように地面に伏せさせられるギン。その目は憎しみを込めて2人の少女を見つめているが動くことはできないようだった。

 

 なんだ? 何が起こっている?

 激痛で正常な思考ができない。何か、何か何か何か何か!!

 

「あははははっ!! さっきまでの威勢はどこいっちゃったのかなあ〜〜??」

「……無様」

 

「ぐ……ぅ……っ!!」

 

 考える。そうだ、この距離なら吸い込まれることなく魔法が当たるかもしれない……っ。

 そろそろと手を動かしギターの弦へと指を伸ばす。

 今だ……っ!!

 

「トライっ」

「「外れろ」」

 

 ボコッという感覚とともに指先の感覚が無くなる。腕に力を入れることができない。

 

「ぐっふぅっああああああああああああああああああああああぁぁぁあぁぁあぁぁぁっっっっっつっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 そして激痛が肩を襲った。

 経験したことの無い痛みに涙を流しながら悲鳴を上げることしかできない。

 

 何が、何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何が何がっっっっ。

 

「サクライッッッ!!!!!!!!」

 

「おっと〜〜分かってると思うけど、動いたらアイラ皇女も同じ目に遭わせるからね?? この状況を正しく理解しているなら反抗は無駄だって分かるよね?」

「……隷属、しろ」

 

「…………っ」

「はっ……はぁッッはぁっ……」

 

 脂汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪めて浅く息を吐き続ける。

 何が……起こって……、

 

「あはははははっ!!! 今まで守ってきた女が自分を助けることすらせず私達に従っているのはどんな気持ちかなぁ〜〜??? ねえ、聞かせてよ聞かせてよ聞かせてよ!!!!!!」

「……えい」

 

「がッッッッッぐっうああぁっっ!!!?!?!!!」

 

 肩と足を同時に蹴飛ばされ転がる。全身がバラバラになるような痛みに呼吸ができなくなった。

 

「やめてください!!! やめてっっっっっっ……!!!!!!!」

 

 アイラが悲鳴をあげるが少女達の蹴りが止むことは無い。

 

「お前は〜〜〜〜一体何なんだ?? めちゃくちゃ弱いのに防御だけはカチカチでさぁ」

「……えい、えい、えい」

 

「くぁっっうぐぅああああああああああああああああああっぐふっあアアアゥアッッッ!?!!!?」

 

 意識が遠くなってきた。このまま気絶してしまえば楽になれる……。

 

「「起きろ」」

 

「んグゥッッッ?!!」

 

 バチ!!!!!!!! と頭の中で強力すぎる静電気が弾けたような痛みに飛びかけてた意識が覚醒する。

 

「寝かせるワケないよねぇ〜〜? 今からお前は私達に屈辱を味合わせた罰を受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けて受けた末に死ぬんだからさ!!!!!」

「……快感」

 

「ォゥロッッ」

 

 あまりの痛みに視界が明滅し、嘔吐してしまった。苦しい、苦しい、

 

「あははははははっっ! きったな〜い!! ねえ、アイラ皇女! これ舐めてよ!!」

「……這い蹲れ」

 

「ぁが……やめ……ろ、ァイラ、そんなことをする必要は……」

 

「そんなの、お前が決めることじゃないよね〜?」

「……弁えろ」

 

 ドゴッ

 

「ぶぐっっッッッッ!!!?!!」

 

 顔を思いっきり蹴飛ばされ、その先でまた蹴飛ばされる。一瞬で口の中には血の味が回った。

 

「やめてっっっっっ!!!! やります、やりますからっっ……」

 

 その声に顔を蹴る足が止まる。ニヤニヤと2人の少女がアイラを嫌らしく見つめているのが分かった。

 

「あははっウライの姫様の汚食事ショ〜だぁ〜!」

「……無様」

 

 アイラが近づいてきて顔布を外し、膝をついて俺の吐瀉物に顔を近づける。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいサクライ……」

 

 そしてその汚物に口をつけた。

 

「あはっあははははははははっっっっ!!! ウライの皇女が! 巫女が!! 男のゲロを食べてるよ〜〜っ!!」

「……滑稽」

 

「う、うぐぅうぅぅぅぅっ」

 

 どうして? どうしてこんなことになったんだ。

 痛みに妨害される思考を回転させて考える。アイツらはただこちらに近づいてきただけ。俺を煽り、殴りかからせたところで呟いた。

 ただ一言、折れろ。と。

 その後もギンを地面にはりつけたり、肩への痛み……おそらく脱臼だろう。を意図的に起こしたり。

 いや、俺はこれを、これを知っている。

 

「ぁ……あっ……」

 

「およ? キミもこれが何か、気がついたのかにゃ〜〜?」

「……今更」

 

 そう、本当に今更だ。

 でも想定なんてできるわけがなかった。

 

 

 

 自分以外の誰かに固有結界を使われるだなんてことを。

 

 

 

「アイラ皇女が固有結界を使えないのは有名な話だからね〜〜っ? こうして返される心配も無く安心して虐められるってワケ!」

「……無能」

 

 カラカラと笑う2人の少女に、地面に顔をつけたアイラの肩が震える。

 視界が真っ赤に染まりそうなほどの怒りが頭を支配しているのに動けない。これは恐怖だ。

 痛みによる支配。

 最も手軽で最も効果的な手段である。

 

 固有結界。

 全てが術者の思いのままの空間。

 この中に取り込まれたら最後、術者の意思で解放されない限り抜け出すことは不可能だ。

 最強の魔法でありこの帝国の法律で実質禁忌とまでされているもの。それをこんなにもあっさりと使う。

 

「おま、えらは……カルム・エルスタインの側近なんだ、ろ……? いいのかこんな簡単に固有結界を使って……」

 

「ん〜〜〜〜? なんで?」

「……理解不能」

 

 本当に何を言っているのかが分からないという顔でこちらを見る少女2人。

 

「この国では固有結界の使用は固有結界を使われた時に限り許されていたはずだ……。そんな皇太子に近い立場のお前らがこんなことをしたら、問題になるんじゃないのか」

 

「いや、だからさ〜〜」

「……意味不明」

 

「な、んだよ……」

 

 そして心底呆れたという表情で吐き捨てた。

 

「誰がそれを証言するんだって〜〜話」

「……目撃者、0」

 

「は……」

 

 絶句するしか無かった。

 こいつらの価値観は、壊れている。

 人を殺してもそれを見ている人がいなければ、証言をする者がいなければ無実だと、そう言っているのか。

 

「固有結界を使えるアタシ達に喧嘩を売ったのが間違いだったんだよキミ〜〜? 選択肢を間違えなければ生きて帰れたかもしれないのにねえ?」

「……多分、それは無いけど」

 

「っ…………!」

 

 生きて帰れたかもしれない。

 死が喉元まで迫っていた。こいつらが言っているのは脅しなんかじゃない。やると言ったら本当にやるだろう。

 クレーターで息絶えた沢山の兵士達、俺達を護ってその命を散らしたコリン。

 

 みんな、本当に死んでしまったんだ。

 

 あまりにも当然のように次々襲い来る現実に脳が麻痺していたが、これは間違いなく現実。日本で暮らしていたら絶対に有り得なかった現実なんだ。

 

 ポキッと。何かが折れた。

 

 もう何をしても。

 何を言っても。

 

 この先に待っていることは変わらない。

 

 それなら。

 

 楽に。

 

 痛みは少なく。

 

 

 

 死にたい。

 

 

 

「ぅ……ぁ……」

 

 痛みからではない涙が一筋頬を伝った。

 何も無い、意味も無い人生だったのかもしれない。流れに任せてダラダラと生きてきた。それでもこの世界に来てアイラと出会って、何かが変わるかもって。何かを変えられるかもって。淡い期待を抱いてここまで旅をしてきた。

 でも全部無駄だったのか。何もかも、無駄だったのか。

 

「あ〜あ、大人しくなっちゃったよ」

「……これはこれでつまらない」

 

 なら、もういいか。

 大人しく運命を受け入れるしか道が無いのなら……。

 

 視界の端でキラリと何かが光った。

 

「…………」

 

 聖盾カイカン。コリンの遺品だった。

 

 

 

 ──俺の次はお前だ、アイラ様を護ると決めたのなら最適解を選び続けろ。他の何にも構うな。

 

 

 

「っ…………!!!」

 

 違う。

 俺は、コリンと。英雄と約束をしたんだ。俺は1度アイラを守ると決めた。それならばそれを曲げるな。コリンが守ったものを次は俺が守らなきゃいけないんだ。

 

 僅かに顔を上げてアイラの方を見る。

 アイラもこちらを見ていた。

 汚れてしまったその顔で、しかしその目だけは一片の濁りも無く。

 出会ったあの日から変わらない美しい目だ。

 

 そうか、そうだよな。

 何のためにここに……いや。

 この世界に俺がいるのか。それを示すんだ。

 

「──あるはずの星空を眺めているばかり」

 

 そっと、呟くように。

 

「──いつかは掴めると信じていた幼い自分はもうどこにも存在しなくて」

 

 そっと、音にのせる。

 

「──いつの間にか見上げることすら無くなっていた」

 

「ああ〜〜ん? 何歌ってんだキミ!! あははははっ!! なんだ辞世の歌かなぁ? 楽器型の聖具を持ってるだけあって美しい最期だねえ!! アタシ達の心をそれで動かすことができれば苦しまずに殺してもらえるかもね〜〜〜〜っ!!」

「……見物」

 

 少女2人はそれを見逃した。

 

「──それでも確かにそこにあるもの

 忘れていても必ずいつも」

 

 アイラと目が合う。

 

「──空の彼方のその向こうに

 夢見た空はあるはずだから」

 

 彼女は泣きそうなくらい綺麗な顔で微笑んだ。

 あぁ、俺は歌うよ。君の為に。

 君を守る為に────!!

 

 素早く脱臼してない方の手を動かしギターの弦を撫でた。

 

 

 

 星が、零れる。

 

 

 

「なっ……〜〜〜〜っ?!」

「……!」

 

 星の無い朝と夜の狭間を、俺を中心として広がった星空が埋めつくしていった。

 

「こ、これは固有結界ッ?! そんなまさかこんな、こんな奴が」

「……まずい」

 

 慌てて俺を止めようと近づく2人。

 だがもう遅い。

 

「跳べ」

 

「ッ〜〜〜〜ぅがっ!!!!!」

「……っっきゅぅっ!」

 

 俺が軽く手を払うだけで遥か向こうまで少女達は弾き飛ばされていった。

 その隙に自分が痛みを感じる部位に意識を集中させる。アイラを治した時は自分の身体の状態をアイラに転写した。今回はその時の自分の身体の状態を今の自分へと重ねるイメージを持ってみる。

 

「ふっ……ぅ……!」

 

 たちまち、ホゥと暖かい光が患部に宿り、体の芯が熱くなる感覚が訪れる。そしてその熱が今の自分とピタリと重なった時。

 

「ごめんなアイラ、もう大丈夫だ」

「信じてました……サクライ」

 

 立ち上がってアイラの元へ。

 手を差し出し一緒に立ち上がった後に、涙を浮かべた綺麗なその顔をそっと拭う。

 

「あ…………」

「ごめんな、汚しちまって」

「……いいえ。こうして貰えただけで満足です」

 

 そう言って笑うアイラが堪らなく愛おしく感じた。

 

「ギン、今楽にしてやるからな」

「ご主人……お主は」

 

 その美しい毛並みの身体にポンと触れると先程までの拘束が嘘のように立ち上がることができた。

 

「……やはりご主人は我のご主人だ」

 

 満足気な顔でスリスリと頭を擦り付けて来る。

 

「ごめんな、苦しかっただろ?」

「ご主人なら切り抜けると信じていた。どうということは無い」

 

 撫でながら謝るとそんなふうに誇らしそうに返してきた。

 そこにアイラがやって来てぎゅっと俺とギンを同時に抱きしめる。温かくて柔らかい、心から落ち着ける場所だ。

 俺は幸せ者なんだな。

 

「な~~~~に大団円みたいになってんのお……?」

「……不快」

 

 弾き飛ばした向こうから2人が歩いて戻ってくる。大分頭にキているようだ。

 

「キミのような男が固有結界を使えるなんてことは流石に予想外だったけど〜〜分かっていればどうってこと無いんだよね」

「……実力も人数もこちらが上」

 

 瞼の端をひくつかせて今にも殴りかかってきそうな様子である。

 

「アイラ、固有結界同士の勝負って何が勝敗を分けるんだ?」

「……私も使えるわけでは無いので受け売りにはなりますが、固有結界とは自分自身の魔力を自分の心象風景にのせて解放するもの。つまりどれだけ強いイメージを持っているかということと、魔力量が勝負を分けます」

 

「そう! アイラ皇女の言う通り、固有結界同士は魔力量対決!! イメージの力が強ければそれを凌駕することもあるけれど、あの程度の魔法しか使えない魔法使いには私達2人を倒すことなんて絶対無〜〜〜〜〜〜理〜〜〜〜〜〜!!」

「……というか何故あの程度の魔法しか使えず固有結界使えるお前……」

 

 なるほど、魔力量勝負ね。

 

「お前達。降参するなら今のうちだぞ」

 

「は……?」

「……え?」

 

 2人がぽかんと口を開ける。

 呆気に取られている様子がおかしくて、思わず吹き出してしまった。

 アイラも吹き出してこそいないが横を向いて震えている。

 白髪の少女がダンッッッと足を踏み鳴らした。

 

「ああああああああああっ!!! ほんっっっっとう〜〜〜〜に1番苦しい方法で痛めつけてぶっ殺す!!!!!!!」

「……虐殺」

 

 2人が繋ぎあった手を頭上に掲げ、全身から立ち上るほどの魔力を解放した。朝空と夜空が狭間の星空を推し潰そうとその勢力を拡大していく。

 

「あはははははははっっっっ!!! はぁ……はぁ……っどうなの?! これでもアタシ達はまだ少しの魔力を残している!! もうっ……限界でしょう!!!」

「……投降勧告。後に虐殺」

 

 肩で息をしながら2人はこちらに諦めろと伝えてきた。こちらが諦めればその先にあるのは最も苦しい死のみだ。

 そんなものを受け入れるわけがない。

 

「サクライ」

「ご主人」

 

 アイラとギンがその手と鼻先で俺の背中をトン、と押した。

 

 ああ。こんなに多くの観客がいるのは久しぶりだ。

 

「……それじゃあ聴いてもらおうか。フリーターシンガーソングライター、今は神の使いやってます。桜井トウシで……"伸ばして"」

 

 弦を押さえてそっと歌をのせる。

 

 

 

 ──あるはずの星空を眺めているばかり 

 

 毎日を死んだように生きていた俺は歌に縋っていたのかもしれない。

 

 

 ──今の僕にはそれしかできないけど

 

 こうして歌っていればいつかなにか変わるかもしれない、誰かが俺をこの場所から連れ出してくれるかもしれないって。

 

 

 ──信じ続けて祈り続けて 

 

 連れ出された先が異世界になるとは流石に予想して無かったけども。

 

 

 ──変わらずに輝いてる 

 

 でも俺はこの世界で沢山の大切なものに出会った。元の世界で暮らしていたらきっと出会えなかったかけがえのないもの達に。

 

 

 ──星に願いを 

 

 だから今なら言える、あの時の俺に。

 

 

「俺の、勝ちだ」

 

 星空は本当にあったよ。

 

 

 

「こんっっっのおおおおおお〜〜〜〜ッッッッッッッッッ!!!!!」

「……もう、無理」

 

 断末魔と共にドサリとひっくり返った2人の少女と俺達の上には物言わぬ美しい星空がひたすらに広がっていたのだった。

 

 

 

 

 

「……よし、こんなもんでいいか」

 

 ラク、メイと呼びあっていた白黒少女2人をしっかりと縛り上げて転がす。アイラ曰く、

 

「魔力切れですね。ただでさえ固有結界というのは人1人の限界量の魔力を使うものなんです。その上でサクライの無限の魔力に対抗しようとなんてすれば……」

 

 見事魔力がスッカラカンになり、意識を保つことすら出来なくなる……ということらしい。

 ワレスで購入していたロープを有効活用できて良かった。

 

 

 

 3人でウガメルを池に返してやり、静かに手を合わせる。

 ありがとうウガメル。次会う時は最初から友達になろうな。

 

 その後はアイラの意向で兵士達の埋葬を行っていた。

 

「どうだ〜調子は?」

「半分程できました〜!! ドッグタグで判別できた方からこちらに運んできて頂けるとありがたいです!」

「あいよ〜」

 

 魔法で穴を掘るアイラの元へとギンと2人で遺体を運んでいく。

 簡易的な墓ではあるが、無いよりは良いだろう。雪と土を掘ってその下に埋め、人物が分かる目立つ遺品を上に乗せていく。

 

「この方達はウライを守ろうとしていた立派な兵士です。せめて私達の手で弔ってあげたくて」

「ああ、俺も同じ気持ちだ」

 

 遺体の中には原型を留めないほど損壊してしまっているものもあったが、アイラは嫌な顔1つせず丁寧に弔っていく。

 

「こんな簡単なものでごめんなさい……。せめて貴方達が天の国へと迷わず行けることを祈っています」

 

 日が傾き始め、寒さが身に染みてきた。

 

 残るはコリン。他の兵士と同じように遺体を埋めたあと、聖盾カイカンを墓に被せるようにそっと置く。

 

 (コリン……俺は約束を守れたかな。何度も折れそうになったけれど、それでも俺達は今ここで生きている。お前から受け取った意志を胸に、これからも共に歩いていくよ)

 

 顔をあげると横ではアイラが静かに涙を流していた。

 こんな風に国民1人1人の死を悼むことができる優しい彼女は為政者には向いていないのかもしれない。

 それでも俺は、そんなアイラが導く国を見てみたかった。

 

「よしっ! それじゃあ日が落ちきる前に少しでも西に移動しておくか! 次の目的地は西の四方祭壇、トウトウ聖丘だ!!!」

「はい……!!」「ワフッッ!!」

 

 歩き出した俺達の足跡を降り出した雪がそっと隠していく。

 まだ1つ目、この先にもきっと困難は沢山あるに違いない。それでもアイラとギンと一緒なら乗り越えていける。そんか確信があった。

 

 

 

 様々な人物の運命を変えたこの戦いは後にアンサン聖池の闘乱と呼ばれ、その最中で命を落とした、国を愛する誇り高き英雄コリンの名と共に永く語り継がれていくのであった。

 。

 。

 。

 。

 。

「ん……あ……あん?」

 

 陽の光の眩しさと寒さで目を覚ます。

 一体俺は何を……?

 

 上に雪が積もった寝袋のようなものからモゾモゾと抜け出し辺りを見渡す。

 雪景色、クソでかい池、そして森。

 

「っっ…………!!!」

 

 全てを瞬間に思い出す。

 

「あの野郎っ……!! 一体どこへ!」

 

 慌てて立ち上がり人影を探すが誰もいない。サクライやアイラ皇女どころか仲間すらも1人もいなかった。

 

「なんだコリンのやつ……俺を置いていきやがったのか……?」

 

 この様子だとアイラ皇女を捕らえてもう全員引き上げた後か。なんて薄情な野郎共だ。

 

「ったく……いてて……あいつ、思いっきり殴りやがって」

 

 鼻の骨が折れているかもしれない。ヤイタに帰ったら医者に診せなきゃいけねえな。

 そこでふと、景色がどこかおかしいことに気がついた。アンサン聖池の前にはこんなに大きなクレーターが存在していただろうか。

 足元には人の頭ほどの穴が無数に開いているし、一体ここで何が……。

 とりあえず1番目立つクレーターに向けて歩いていく。この時は事後調査くらいの気持ちだったんだ。

 

「…………は?」

 

 クレーターの中には盛り上がりに剣が刺さっているオブジェクトが無数に存在していた。これはまるで……。

 

「っっ…………!!」

 

 心臓が嫌な鼓動を刻んでいる。

 信じたくない。信じられない。そんなことはありえない。

 

「ぅ……あ……?」

 

 1番近くの盛り上がりの上に置いてあるドッグタグを見る。

 

 行きの馬車で隣に座っていた兵士の名前だった。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 息を切らせながらその隣、そのまた隣と次々に確認していく。

 

 間違いない。全員今回の捜索部隊の構成員だった。

 外周から次々と確認していって遂に中心。見ないように見ないようにしていたその場所には。

 

「あ、あぁぁ……」

 

 聖盾カイカンとコリンのドッグタグが置いてあった。ガックリとその場に膝をつく。

 

「うあ……うわああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!!!!!!」

 

 これは悪夢だ。きっとそうだ。これが覚めれば俺は帰りの馬車に揺られ、気絶していたことを部下達に弄られながらヤイタへと辿り着くに違いないんだ。

 しかしどれだけ叫ぼうとも、自分の頬を抓ろうともこの現実は重く俺へとのしかかったままだった。

 

「何が……どうして……」

 

 アイラ皇女やサクライが全員やったのか……?

 状況だけを見ればそうとしか言えない。しかし本能がそれは違うと告げていた。

 アイラ皇女もサクライも俺達を傷つけないように立ち回っていたように見えた。だからこそその甘い隙に付けこもうとしていたわけだったのだが。

 

「…………?」

 

 反対側の外周に何かが転がされている。ふらりと引き寄せられるようにそれに近づく。

 生存者か?

 それならばこの惨状の説明ができるかもしれない。

 少しの希望を抱きクレーターを登っていく。しかしそこに寝ていたのは。

 

「女…………?」

 

 10歳ほどの白と黒の髪のよく似た女児2人がスヤスヤと眠りこけていた。あまりにも安らかな寝顔に、その身体が縄で縛られていなければ、ここで彼女達が寝ていることを当然のものとして受け入れてしまいそうだった。

 

「おい……おい。起きろ、おい」

 

 白い髪の方の頬をぺちぺちと叩く。

 最初は無反応だったがやがてむずかるように顔を動かし始めた。

 

「起きたか……お前、この状況について何か知っているなら俺に……うぉっ?!」

 

 瞬間、バチッと目を開けた少女が飛び上がるように立ち上がる。ギョロギョロと周りを見回し警戒しているようだ。

 

「アイラ皇女と男はどこに行ったかわかる?」

「……あ? それはむしろ俺が聞きたいというか……お前は何者なんだ」

 

 縄でぐるぐるに縛られたまま辺りを見回していた白い髪の少女は、やがて諦めたようにその場に座り込んだ。

 

「は〜あぁ〜逃げられちゃったかあ〜」

「逃げられた……? じゃあやっぱりこの惨状は……」

 

 アイラ皇女達が……。

 

「ん〜? いや、違うよ? これは……」

「……ラク」

 

「うぉっびっくりした!! お前も起きてたのか……」

 

 白い髪の少女の隣で寝ていた黒髪の少女が突然会話に割って入ってきた。

 起きて立ち上がったことに気が付かないほどの存在感の無さだった。

 

「……この人達は皆アイラ皇女と一緒にいた男にやられた。私達はカルム様の命で助けに来たけど時すでに遅し……。返り討ちにあって転がされた」

 

 うねうねと縛られたまま動く黒髪の少女。しかしそんなものはもう視界にすら入っていなかった。

 

 ──この人達は皆アイラ皇女と一緒にいた男にやられた。

 

 それを聞いた瞬間、全身の血が沸騰し全身に鳥肌が立った。

 サクライが全員、殺した。

 

「は、はは……はははは」

 

 耳鳴りが、痛いほどに脳を震わせる。

 奴が、殺した、また、殺した。

 みんなみんな、コリンまでをも。

 

 殺した。

 

「サクライィィィィィッッッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

「うわっびっくりした〜〜」

「……わぁ」

 

 奴だけは必ずこの手で殺してみせる。どんな手を使おうとも、何をしようとも。

 

「お前ら、奴らはどっちに行った」

 

「わかんない……アタシ達ずっと魔力切れで気絶してたし〜」

「……被害者」

 

「……そうか」

 

 次に奴らが行くとしたらどこだろうか。北のアンサン聖池に来たということは四方の祭壇を巡ったりしているのか?

 だとするならば。

 

「お前達、カルム様の命でここまで来たと言ったな」

 

「ん? うん〜そだよ〜」

「……直属の上司」

 

「ならば俺をカルム様のところまで連れて行ってくれ。奴らの次の目的地が分かるかもしれない」

 

 この情報を手土産に、アイラ皇女捜索チームの本部に入り込もう。そして必ず奴の……サクライの尻尾を掴んでみせる。

 

「ふ〜〜ん? そうなんだ。まあアイラ皇女北方捜索隊唯一の生き残りって名目なら会えると思うけど」

「……私達もその方が都合が良い」

 

 白髪の少女が頷き、黒髪の少女も同意する。

 

「それじゃ〜とりあえず帰ろ〜!」

「……縄、解いて欲しい」

 

 

 

 2人の縄を切り、帰り支度を整えている時にふと思い出した。

 

 ──もし俺がこの盾を握れなくなった時はアルナ、お前がカイカンを使え。

 

 クレーターの中心へと下り、コリンの墓の前に立つ。奴はこんなことになることを予想していたのだろうか。あれはまるで遺言だった。

 カイカンを持ち上げてみると、予想していたより遥かにずっしりとした重みが腕にかかった。これを持ってアイツはいつも……。

 

「コリン……俺はお前と、ここに眠る全員の仇を取ってみせる。そんなことをお前は望んでいないかもしれないがな」

 

 自嘲気味に笑いそっと目の端を拭う。

 感傷は全てここに捨てていく。ここからは全て、サクライを追い詰めこの手で葬ることにのみ全神経を注ぐのだから。

 

「……訓練兵時代からの腐れ縁だったが、何だかんだ楽しかったぜ。これからは俺1人だ。精々そっちで退屈して待っとけよ、親友」

 

 過去の全てに決別をする意でコリンの墓に背を向ける。

 これから歩く道は険しいものになるだろう。それでも俺はやり遂げてみせる。

 

「お〜いアルナ〜置いてくぞ〜!」

「……愚鈍」

 

「置いてくってお前ら馬車運転できねえだろ……。はいはい今行くよ」

 

 馬車に向かって歩きながら、そう親友と過去の自分に別れを告げるのだった。

 。

 。

 。

 。

 。

 あるはずの星空を眺めているばかり


 いつかは掴めると信じていた幼い自分はもうどこにも存在しなくて

 いつの間にか見上げることすら無くなっていた


 それでも確かにそこにあるもの

 忘れていても必ずいつも

 空の彼方のその向こうに

 夢見た空はあるはずだから


 あるはずの星空を眺めているばかり

 今の僕にはそれしかできないけど

 信じ続けて祈り続けて

 変わらずに輝いてる

 星に願いを

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神様はシンガーソングライター あんこ @sippoppo

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